第8話 皆でテスト勉強
クラスの席が変わってから一週間ほどの時間が経った。
「やっほー灯! それに六花も」
朝、舞代と一緒に教室の入るとすぐにそんな声を掛けられる。その方へ向くと、僕の前の席に座る葵木の姿があった。
「おはよー、相変わらず元気だな葵木は」
「七科ちゃん、おはよう」
この一週間で僕と舞代、そして葵木と愁斗の関係性は僅かに変化した。舞代の中で、葵木と愁斗の存在がただの席が近かった人から気軽に話せる友達に大きくレベルアップしたのだ。もちろん、そこに僕は直接干渉していない。この結果は葵木と愁斗の人間性が引き寄せたものである。お互いが下の名前で呼び合っているのも、仲良くなったことの表れだ。
「そりゃあ、元気じゃないと学校来ても楽しくないじゃん。やっぱり学校は楽しくなきゃ」
「そりゃそうか」
僕も結構楽観的な考え方をする方だが、やはり葵木の謎理論には負ける。いや、もしかすると常人には理解出来ない何かが葵木の思考を支えているのか。
「何か、灯ぶっ飛んだこと考えてない?」
表情には出ていなかったはずだが、葵木はある程度僕の思考を把握していた。これに関してはいくら、クラスで半年以上仲良くしているとはいえ、流石に怖い。
「何でそうなる?」
「六花もそう思うでしょ?」
「うん、凄い顔に出てたよ」
なるほど、顔に出ていたのか。
舞代の指摘がすんなり頭に入ってくる。数秒前に覚えた恐怖はその姿をポーカーフェイスの欠如という課題へと変えた。
「…………なるほど」
腑に落ちないわけもなく、僕は素直に首肯した。と、その時ドタドタと激しい音を立てながら、後方の扉が一気に開く。
「おっす、今日も早いねお三方!」
言って、教室に入ってきたのは愁斗だった。恐らく、走ってきたのだろう。僅かだが、額には汗が滲んでいる。言うまでもないが、僕たちが早いのではなく、彼が遅刻ギリギリなのだ。
「おはよう、愁斗。相変わらず遅刻ギリギリ」
「愁斗君、おはよう」
愁斗の登場に、葵木はいつも通りの反応。舞代はまだ少しだけ慣れない感じを漂わせながらも、挨拶をする。
「うおー、朝から美少女二人に挨拶されるって! 俺…………もしかしてモテ期到来か!」
確かに、愁斗は客観的に見てもイケメンだし明るくて性格もいいからモテる要素は多く持っている。が、このおめでたい反応がそれをある程度中和しているのもまた事実だった。
「相変わらずおめでたいんだから。そんなんじゃないっての」
「僕も同意見かな」
まっ、そういうところが面白いんだけどな。
「ちぇ、俺だって分かってますよーだ。っていうかさ、来週テストだけどお前ら大丈夫か?」
わざとらしく卑屈な態度を取ったかと思えば愁斗は最速で話題転換をする。
そう言えば、来週は期末テストだったか。あまりテスト週間についての意識がなかったこともあり、テストについても忘れかけていた。
「私は大丈夫ね。こう見えても優等生だから」
「こう見えなくても優等生だろ」
葵木に関してはいつも居眠りせずに授業を聞いている優等生だから大丈夫だろう。クラスの人気者で勉強もできるとは、流石の一言に尽きる。
「ちなみに、灯はどうなの?」
「僕? 僕はまぁ、そこそこかな。別に目標高くないし」
葵木みたいに成績が優秀なわけではないが、僕も目標設定さえ間違えなければ悪い成績を取ることはないだろう。あくまで自己分析でしかないが。
「愁斗は……………………まぁ、大丈夫か」
ここで意外なのは愁斗だ。一見、お気楽少年で何も考えていなさそうだが、実は常にノー勉で半分より上の成績という天才肌である。恐らく、本気で勉強すれば葵木と同じくらいの成績は取れるだろう。
「案外、今回のテストは困らないかもね。まっ、今まで特に困ったことないけどさ」
「…………うっ」
葵木の強者発言に対して、微かに反応があった。まるで痛いところを突かれたかのような声。無論、それを見逃す奴はこの場にいないので、僕らの視線は声の主へと向かう。
「どうかしたか? 舞代さん」
僕たちの視界の中心で舞代六花は明らかに動揺していた。
「えっ?! いやぁ、何でもないよ。うん、何でもない。皆余裕だなぁ、凄いなぁ。あっ、私? 私は別に大丈夫だよ。うん、大丈夫…………大丈夫?」
明後日の方向から動かない視線。めいいっぱい手を動かして何かを伝えようとしているのは分かるが、普段の落ち着いた様子とのギャップが半端ではない。しかも最後には自分でも分からなくなって「大丈夫」が疑問形になっているではないか。もう、これは黒だ。
「六花、もしかして勉強が…………」
「ギクッ?!」
「分かりやすい反応してるなぁ」
「いや、その違うよ! 今のは…………そう、腰だよ! 腰がギクッていったような気がして!」
どう考えてもその言い訳は無理があると思うがな。声には出さないが、内心ひどく思う。多分、数秒後にはその気も変わっているだろう。
「で、本当はどうなの?」
「全然分かりません、ごめんなさい」
案の定、葵木に鋭い視線を向けられた舞代はこれ以上ないくらいに素直な回答をした。葵木、恐るべし。
「でも、意外。偏見で申し訳ないけど、六花って凄い勉強できるタイプかと思ってた」
「ううん、むしろその逆なんだよね。私、昔から勉強苦手で、モチベーションが続かないんだ」
「あっ、僕と同じタイプだ」
「しかも、要領も悪いから皆と同じタイミングで勉強始めたら間に合わないの。でも、モチベはないから、出来る限り一夜漬けで乗り切ろうって思ってたんだけどね」
それは、仕方ない。要領に関しては分からないけど、少なからず僕から見れば同情の余地がある。
「それで、赤点は突破できそう?」
ただ、それが葵木にもあるかと言われると、断じてそんなことはない。
「赤点…………うーん、どうだろう。私転校してきて初めてのテストだからそこのところはちょっと…………分からないかも」
「要は自信がないわけね」
「…………七科ちゃんのおっしゃる通りです」
もう、言い訳すらさせてもらえない舞代を見ていると気の毒に思う。けれど、このまま放置してしまえば、舞代が赤点を取ってしまう可能性は跳ね上がるだろう。
「これは早急に手を打たないといけないか」
そして、数秒の思考の後に葵木は一つの解決策を見出した。
「…………うん! 勉強会をしよう!」
まっ、そうなるわな。
「いいの? 私なんかのために皆の勉強時間を削るんだよ」
嬉しい反面、かなり不安そうに舞代が訊ねる。ちなみに、僕としては別に勉強会の有無に関係なく、削る勉強時間はほとんどないので問題もない。
「私なんかじゃないよ! 友達と一緒に勉強するのが時間を削ることになるわけないじゃん」
「俺も、どうせノー勉だし。全然問題ないぜい」
まぁ、この二人も似た者同士という訳か。いや、恐らく葵木に関しては今回も上位狙うだろうからきっと他で勉強時間を確保するのだろう。愁斗に関してはもう言葉通りで間違いない。
「七科ちゃん、愁斗君…………それに灯君もありがとう!」
もう、今にも泣いてしまうのではないかというほどに瞳をウルウルさせながら舞代は言った。その声、言葉一つ一つには感謝の気持ちが乗って、そこからなる可憐な笑みはもう脅威的である。
「あっ、あぁ。そりゃ…………ども」
「よーし、そうと決まれば早速今日から始めるよっ! 放課後は帰らないこと! 忘れないでね」
テストまで残り一週間の今日、舞代の意外な弱点が見つかると共に僕にとっては人生で初めての友達との放課後勉強会が始まった。
勉強会開始から三日後。
「これは…………結構やばいかも」
曇り空晴れた、放課後。休憩がてら自販機で飲み物を買って帰った僕と愁斗が教室へ戻ると、やや切迫感を伴った声を出して葵木が机に伏せていた。
おっと、これは珍しいな。
「えーと、どうした?」
「想定よりも学力が低い」
「辛辣だな、おい」
仮に事実であったとしても、もっとオブラートに包めよ。関係性によっては人格否定に繋がるかもしれないよ、それ。
というツッコミは一旦放置して僕と愁斗は葵木の席に集まった。
「これは…………」
机上に置かれているのは六枚のプリント。葵木が用意してくれた科目ごと対策問題である。
「…………なるほど」
お世辞にも良いとは言えない点数が六つの中で五つ。僕はここで、やっと先ほどの言葉の意味を理解出来た。
「まさか、ここまでとは…………私もびっくりだなぁ。あはは…………ごめんなさい」
と、いかにも申し訳なく作り笑いを浮かべる舞代。その様子はとてつもなく悲しそうだ。
「別に六花が謝ることじゃないよ。ただ、こうなると放課後だけじゃ赤点回避は怪しいかも」
「あの、赤点を取ったら何かいけないことでもあるの?」
「赤点を取ると、冬休みの四分の三が補修で終わる」
「えっ……………………」
どうやら、舞代はこの期末テストの重要性を知らなかったらしい。今学期のテストはただの学力考査ではない、生徒の自由が掛かった戦いなのだ。
「なぁ、どうにかならないのか? 葵木」
「そうだなぁ……………………せめて、一日詰めれる日が土日と他に最低でも一日欲しい」
いざ言葉にしてみると、中々にハードな話である。土日込みで考えても厳しいとは。どうするべきか。
否、答えはもう既に見えていた。ただ、これを提案していいものだろうか。
「放課後の時間を最大限に増やしたら…………それでも限界があるか」
「うーん…………どうしよう」
気にしていなさそうに振舞ってはいるが、舞代は確実に動揺していた。プリントを握る熱無き手は僅かに震えている。
無論、動揺してるのは僕だって同じだった。この一週間と少しで、僕の日常は動き出したのだ。舞代と出会って、仲良くなって。もしかしたら冬休みだって遊ぶことができるかもしれない。それを補修なんかに邪魔されてたまるか。
強く何ともないはずの意思が僕の口を動かす。
「じゃあ、学校サボろうか。一日だけ」
恐らく、この日一番衝撃的な一言が今飛び出たのだろう。周囲の驚愕はもはや計り知れないものだった。
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