第9話 サボります、学校
「まさか、皆ガチで学校サボるとは…………」
テスト前最後の土日が終わり、迎えた月曜日。本来であれば始業の鐘がなる時間、僕を含めた勉強会メンバーは誰一人欠けることなく佐倉家に集合していた。
そもそもとして、なぜ僕の家になったのか。その理由は至極単純。うちの親から簡単に許可が下りたからである。
「言い出しっぺが何を言ってんだか…………」
「俺がサボらないわけないだろ」
「学校、サボるのは凄く久しぶりだね」
確かに、愁斗はこの提案に乗ってくると思ったが、所謂優等生であるはずの葵木まで参加してくるとは想定外である。っていうか、舞代は初めてじゃないのか。
「さっ、雑談してないでさっさと始めましょう!」
葵木の声掛けに舞代はやる気満々の様子で頷く。基本的に彼女の勉強については葵木とマンツーマンなので、僕と愁斗は二人のサポートが本日のメインだ。
「七科ちゃん、最初は何から始めようか?」
「そうだなぁ…………」
額の手を当てて、葵木は舞代の一枚のメモ用紙を見つめる。そこには今回の期末テスト科目と対策問題の結果が横並びで記されていた。
「取り敢えず…………国語は余裕で赤点突破できそうだから…………最初は数学でいきましょ」
「うっ…………」
やる気満々の表情が一瞬にして崩れる。
これは今日までの勉強会で分かったのだが、舞代は理系科目に対して極度の苦手意識があるようだ。対照的に、文系科目である国語に関しては恐らく僕やノー勉状態の愁斗よりも成績は良い。
「やらなきゃ冬休み消えるけど?」
「うぅ…………はい、お願いします」
とはいえ、冬休みの補修を出汁にすれば抵抗意識は最初からなかったようにモチベーションが上がる。ただ、正確に言えば上がっているのはモチベーションではなく、危機感だが。
「灯、俺たちはどうする?」
流石に、理系科目に関しては僕と愁斗も得意でないからな。舞代と勉強したい気持ちはあるが恐らく不完全燃焼で終わってしまう。
「二人も頑張ってるしさ、僕たちも一応やっとこうぜ」
まさか、自分の口から勉強しようともとれるような言葉が出るとはな。学校をサボったことへの罪悪感だろうか。
多分気まぐれだろうけど。多分…………
「おっ、おう!」
ということで、舞代が葵木とマンツーマンで勉強に励んでいる時間。僕と愁斗も一応勉学に励むこととなった。
「はぁ、はぁ。ううっ、ちょっと休憩したいかなぁ…………なんて?」
勉強を始めてから、大体二時間くらい経った頃だろうか。もう息も絶え絶えな様子で舞代が声を上げた。
そんな遠回しな言い方をしなくても、多分葵木には伝わってると思うけど。まぁ、この状況で言いにくい気持ちも分かる。
「まぁ、そろそろ集中力が切れてもおかしくないしね。じゃあ三十分くらい休憩しましょうか」
案の定、葵木にも舞代の意図は伝わっていたようで、僅かではあるが勉強から離れる時間が確保された。
「ありがとう、七科ちゃん!」
「もう調子良いんだから…………でも、よく二時間休憩なしで頑張った!」
マイペース且つ、さほど気を張り詰めていたわけでもなく僕と愁斗とは違って舞代はその集中力を切らすことなく、二時間粘り抜いたのだ。控えめに言って尊敬してしまう。
「あぁ、僕ちょっとお菓子と飲み物持ってくる。皆お茶で良い?」
昨日の時点で何かジュースくらい買っておけば良かった、と今更ながらに後悔。お菓子が家にストックされていたのはラッキーだけど。
「あっ、私手伝うよ!」
「えっ、でも舞代勉強頑張って疲れてるだろ?」
「私は大丈夫。それに、四人分を一人で運ぶのは大変だよ?」
ここまで言われたら逆に断るのが申し訳なくなってきてしまう。結局、僕は舞代と一緒にリビングへと降りる。ちなみに、舞代の言った通り、案外お菓子と飲み物四人分というのは一人の手に余るものだった。
「お待たせ、お菓子と飲み物四人分」
「おー! 待ってました」
「結構がっつりテンプレが揃ってるね!」
と、迷うことなくお菓子に手を付ける愁斗と感心した様子に反してめちゃくちゃ一度にたくさんの量を取る葵木。四人でも少し余るくらいかと思われたお菓子はもう半分を切っていた。
「って、こいつら配分ってもんを考えずに…………」
「いいよ、いいよ。私、あんまりお腹空いてないから」
少し諦めたような表情で舞代が言う。それはいくら何でも嘘だ。すぐに分かった自分がいた。
体温がないその手が二人に当たるのを避けてるんだろ。あの時みたいにならないように。
舞代と僕が早退した日の記憶が、再び頭の中で大きくなる。
「はい、これ。舞代も食べなよ」
方法を考える前に体が動いていた。掴み取りの要領で、お菓子を舞代の前に置く。突然の行動に彼女は一瞬呆けたような表情を作ったが、すぐに顔を俯かせて言う。
「えっと…………灯君ありがと」
「どういたしまして。こちらこそ、さっきは運ぶの手伝ってくれてありがとな」
「いいよいいよ。体が動いちゃっただけだから」
「そう言えば、勉強、大丈夫そう?」
「うん、七科ちゃんのおかげで理系科目は半分くらいは取れそうだよ」
赤点ギリギリから半分とは、お世辞でなくとも劇的な成長だなぁ
なんていうのは多分、付け足しの感想で、最初に感じたのは安堵だった。
「良かった…………」
「気を抜くのはまだ早いよ灯。六花の場合、あと英語と現代社会が残ってるんだから」
「なるほど」
でも、理系科目の数学と化学を突破できたのはかなり大きいだろう。正直、この二教科に比べれば英語と社会の方が格段に易しい。
「取り敢えず、英語は私が見るわ。ただ、社会に関してはもう完全に暗記だから…………」
「じゃあ、社会は僕が見るよ。どうせ、後で暗記しようと思ってたから」
暗記なら問題を出し合うのも簡単だし、わざわざ葵木の手を借りる必要もないかもしれない。せっかく勉強会をしているのだから、僕も少しくらいは力になりたい。なぜかそう思った。
「なら俺もそっち手伝うわ」
どうやら愁斗もこっち側を手伝ってくれるらしい。僕一人ならともかく、愁斗もいるなら安心だ。
「舞代、どうかな?」
小さな口で美味しそうにお菓子を頬張る舞代へ僕は問う。なぜだろうか、いつも話しているのに、こう面と向かって問うと緊張してしまう。
「うん! お願いしてもいいかな」
再び、内心が安堵する。どうでもいいかもしれないけど、お菓子が口に合って良かったとも思った。
「私からもお願い、一応ちょっとでも自分の勉強時間は取りたいからさ」
と、葵木の方も案外、素に近い声の調子で言っている。どうやら、結構勉強が忙しいらしい。朝は気付かなかったが、よく見ると目元にはうっすらとクマが出来ている。
「よし、任せろ!」
久しぶりに自信を込めて、そう僕は言葉を発した。あれ、僕ってこんなキャラだったっけ。若干分からなくなってくる。
でも、最近はそっちの方が居心地が良いと感じてしまう自分がいるというのもまた事実だった。
昼時を回ってからの勉強会は朝同様にかなりスムーズ且つ集中力が漲っていた。案外、二時間や三時間というのも集中してしまえば長時間というほどでもなく、全ての範囲が片付いた頃にはもう、日の光は地平線の向こうへと消え去っていた。
「取り敢えず、範囲は網羅したし、今日は終わりにしないか?」
「そうだね…………外も結構雪降ってきたし」
よくよく考えてみれば、葵木と愁斗は電車でここまで来ているのだ。帰りが遅くなってしまうのはまずい。
葵木と愁斗を送るため、僕は二人と共に最寄り駅へ向かった。もちろん、それは舞代も同じで、結局お開きの場所は家ではなく、この駅のホームとなった。
「今日結構楽しかったぞ! 俺過去一勉強できたかもしれねぇわ!」
「私も六花と灯と一緒に勉強できて楽しかった。また機会があれば誘ってね!」
二人とも最初から乗り気だったこともあって、とても満足そうな表情をしている。
自分では分からないけど、僕も今日は満足した表情をしていたのだろうか?
いや、多分まだ満足はしていないだろう。でも、少なからず、いつもよりは活き活きな顔をしていたと思う。
「それじゃ、またな!」
ホームのベンチから葵木と愁斗が立ち上がる。電車はガタゴトとレールの上を転がって、彼ら乗客の前で止まった。
「六花、赤点取ったら承知しないからね!」
プシューと、扉の閉まる音。外窓から見える席はもう埋まり切ってしまっている。多分、二人の姿は見えないだろう。
走り出した電車はあっという間に雪降る夜の世界へと消えていった。
「……………………行っちゃったね」
さほど多くない電灯が微妙な暗さを演出するホーム。当然ながら電車も来ないここにいるのは僕と舞代だけである。
「そうだなぁ…………」
「灯君はさ、楽しかった? この一週間」
「楽しかったよ、一人で勉強するよりは断然」
「じゃあ今日は、満足できた?」
一瞬だけ言葉がなくなったかと思ったら、まるで数秒前の僕の内心をそのままコピペしたような質問が来た。
「満足はしてないかな…………」
「…………そっか」
「舞代は、これで満足してるのか?」
「ううん、私もこんなんじゃ全然満足できない。欲張りだね。私も、灯君も」
僕の逆質問に、舞代はすぐさま即答。少しだけ切なそうなその表情に僕も少しだけ胸のざわめきを感じてしまう。
「でも、欲張りじゃなかったらこんなに楽しくないと思う」
「そっか…………………………………………うん、そうだよね」
何か思うところがあったのか、舞代はやけに長い間をおいて僕のセリフに同調の意を示した。
テレパシーがあったら…………いや、きっとそれじゃ面白くないし楽しくもないんだろうな。
こういう時の安直な思考に少しだけ苛立ちを覚えた。
まぁ、いいけど。
「ねぇ、灯君」
「ん?」
何か大事なことを言いたそうな顔つきの舞代に、思わず僕も気が引き締まる。
「今日は…………いや、今日もありがとね。私のために……………………」
そう言って、舞代は優しい笑みを見えた。何となく、それ以外にもなにかありそうな気がしたのだが、流石に訊ねる気にはなれない。
「うん」
「テスト、頑張ろうね」
「もちろんだ。一緒に自由な冬休みをゲットだぜ」
「うん!」
ゆっくりと小さな雪の粒が降る夜に、僕と舞代は二人だけの決意表明をした。
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