第10話 テストの終わり、走り出す
学校サボり勉強会が終わって数日。勉強漬けの放課後を過ごした成果か、僕はほぼ万全の状態でテストに臨むことができた。
「以上で二学期期末テストを終了とする。各自解散して良し!」
いかにも厳格そうな教科担当の先生はそう宣言し、教室を去っていった。
「うおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ! ついに終わったぁぁぁ」
「俺達、自由を取り戻したんだ!」
「お帰り! 俺のノー勉ライフ!」
「俺は違う意味で終わったぁああああああああああああああああああああ」
扉が閉まる音と同時に何人ものクラスメイトの声が重なって歓声となる。いつもなら騒がしいくらいにしか思わない彼らの声が、今日だけは少しだけ共感することが出来た。
「ふぅ、取り敢えず終わった」
心の声が漏れる。まぁ、最初からモチベーションが高かったわけではないが、こうして終わりを迎えるとやはり嬉しいものであるということだろう。
「灯、テストどうだった?」
と、前方の席から椅子ごと振り返って葵木が問う。その自信満々な表情からして、多分良かったな、こいつ。
「まぁまぁかな。赤点は流石にないと思うよ。葵木は?」
「私? 私はねぇ、凄く調子が良かった!」
ほらね。もう知り合って半年近い仲だからな。ある程度は分かるようになってきたのだろう。
「おいおい、テスト終わっても勉強の話とか、お前ら勉強好きかよ」
揶揄うように言って、話の輪に入り込むのは愁斗。彼も別に青い表情をしていない当たり、赤点の可能性はなさそうだ。
ちなみに、僕は勉強が嫌いである。
「そんなわけないじゃん。勉強なんてつまらないし」
うん、葵木よくぞ言ってくれた。
って、そう言えば舞代はどうだったんだろう。
ふと気になって、隣の席に座る舞代に目を移す。視界に移る彼女は特に表情が険しいわけでもなかった。むしろその逆。時計の方を見て、呆然としていた。まるで終わりを実感出来ていないみたいだ。
「あの、舞代、テストは大丈夫だった?」
「……………………」
「舞代さーん、生きてますかー?」
「…………ふぇっ?!」
今までの舞代からは聞いたことがない程素っ頓狂な声が上がる。どうやらやっとその意識を取り戻したらしい。
「テスト、大丈夫だった?」
少々、現実逃避の可能性を疑ってしまっている自分の虚像を振り払って舞代に問う。彼女は再びフリーズしかけたが今度はすぐに意識を取り戻し、そして安堵に溢れた表情を作った。
「それがね、何とか赤点は回避できそうな気がするんだ」
「おぉー!」
良かった。取り敢えず、ここ一週間の舞代の努力が報われて良かった。心の底からそんなことを思う。誰かの喜びにこんなにも共感できたのは久しぶりだ。
「六花、赤点回避出来たの?! そっかぁ…………おめでとう!」
「七科ちゃん、ありがとね。でも、まだあくまで自信があるってだけだから」
少し照れた様子で舞代が言う。確かに、彼女の言う通りまだ油断は禁物だ。結果が出るまでは舞代の突破だって確定事項じゃないから。
「きっと大丈夫だよ! あれだけ勉強したんだから」
何でだろう。舞代も十分自信ありげな様子だけど、なぜか葵木の方が自信満々に見えてしまった。
数日後。放課後のホームルームはクラスメイト達の歓喜あるいは絶望が入り混じったカオスの中心にあった。
理由は単純。今日がテスト返却日だからである。出席番号順に返される成績表は生徒の態度を一変させるのだ。
ハ行の生徒が終わり、次はマ行の生徒が成績を返される。ちなみに、ここまで葵木、僕、愁斗は三人ともしっかり赤点突破。残る舞代をこうして見守っている。
「次、舞代こーい」
今日も通常運転の担任は脱力のまま。その手から渡された紙を舞代は神妙な面持ちで受け取り、そして開いた。
瞬間、彼女の瞳孔が大きく開かれ、その表情を驚きの一色が染める。
「六花、大丈夫だった?」
「…………舞代」
「私………………」
顔を俯け、こちらに向かってきた舞代。次の一言が、テストの結果を決定させた。
「…………赤点なかったよ!」
「ほんとに?! …………おめでとう六花!」
もう、泣きそうなくらいに瞳を潤わせた葵木はまるで自分事のようにキャッキャと喜びを言葉にならない声にする。
「灯君…………」
「良かったよ…………赤点取らなくて」
「うん、勉強教えてくれたこと凄く感謝してる」
そう言うと、舞代は僕だけに聞こえるよう、耳に口元を寄せてこう囁いた。
「実は、灯君が教えてくれた社会が一番点数高かったんだ」
「えっ?!」
ひんやりとした吐息が耳全体に伝わり、少し背中の辺りがビクッとしてしまった。
「えへへ」
舞代はすぐに顔を離し、朗らかな笑みを浮かべる。直前の行動も相まって凄くドキッとした。
「でも、本当に良かったよ。これで皆安心して冬休みを迎えられるんだから」
「ん、何言ってんだ葵木? まだ、俺達には一つだけあるだろ? 大事なイベントが」
「えっ?!」
喜びを分かち合っているところ、愁斗が不思議そうに問う。もちろん本人には水を差すつもりなどなかっただろうが、タイミングは悪い。
「どういうこと?」
葵木が心当たりなさそうな様子で愁斗に問うと、愁斗は不思議そうな表情のまま言葉を続けた。
「どういうことって…………うちの名物行事があるじゃないか」
「何だっけ?」
まずいな。転校生の舞代はともかく、在校生であるはずの僕も全く以て心当たりがないぞ。
「何って、マラソン大会だよ? 男女どっちも強制参加のさ」
「えっ、マラソン大会?」
は? 何だよそれ。冗談だろ?
突如として現れたそのイベントに、僕の内心はもう困惑以外の何物でもなかった。
「何でこうなるんだよ」
舞代の補修回避が決まってさらに数日後の今日。もうあと二日で冬休みだというのに、僕たち生徒はと言うと、全員グラウンドに集められていた。
冬休み二日前。どうやら僕の通う高校でその日はマラソン大会を指すらしく、授業は全て休みだ。ただ、代わりに朝から学校の周辺コース、距離にして約十キロメートルを男女一斉スタート、距離関係なしに走らされるのだ。一部の生徒を除いては気の進まないイベントである。
当然ながら僕もその一部の人ではないので今日は何だか気が乗らない。
ただ、気が乗らなくてもスタートコールは行われてしまうというのは何とも酷な話ではなかろうか。
「よーし! じゃあそろそろ一年生はスタート位置に集まるように!」
うちの学校の校長先生らしき人物が出てきて、そんな指示を出す。
「灯君!」
今できる限りの抵抗としてゆっくり移動していると、後方から舞代の声が聞こえた。
「どうした? 舞代」
「何でもない…………わけじゃないかな」
いやどっちだよ。
「あの…………もし、ゆっくりでも良かったら一緒に走らない?」
まさか、僕が並走を申し込まれる日が来るとは。驚きこそしたものの、僕は僅かな思考から首肯に至った。
「あぁ、いいよ。でも、僕あんまりやる気ないから気が変わったらいつでも置いて行ってくれよ」
「うん、分かった。ありがとね!」
ということで、僕と舞代二人並んでスタート位置の最後尾へと並ぶ。この辺り一帯はやる気に欠ける者の巣窟だな。
「それでは位置について…………」
パン!
乾いた火薬の音が響き、一斉に生徒はスタートラインを越えた。
「じゃ、私たちも行こ?」
「オッケー」
乗らない気分に重かった足が自然と今は軽くなっていた。
スタートから僕と舞代は適度に雑談を挟みながらも順調にコースを進む。
「へぇー、愁斗君ってワンダーフォーゲル部だったんだ」
「意外だろ? 今日の持久走も部活のアピールのために上位狙うんだってさ。凄いよな」
今頃はもうゴールしているだろうか。いや、丁度熾烈な争いの最中かもしれない。
「うん、凄いと思う」
体温がないからだろうか。舞代は汗一つかくことなく、それでも少しだけ息が上がっている。何とも不思議な光景だ。
「ちょっと、疲れてきた?」
「うん…………ちょっとね。灯君は?」
「僕はもうヘトヘト。もう止まってしまいたいくらいだ」
話を合わせたわけではなく、純粋にもう結構きつい。汗に濡れた体操服は堪らなく気持ち悪い。
「あはははは、灯君全然そんな表情してないよ」
声を出して、舞代が笑う。何気に彼女の笑い声を聞いたのはこれが初めてかもしれない。声を上げて笑っている彼女もまた、とても可愛かった。
「いや、結構ガチで」
「あと二キロ、頑張ろ?」
「おう!」
仕方ない。ここで止まったらきっと僕はだらけるから。それに、隣に誰かいると考えれば多少は楽になれる。
ただ、そのままの調子で更に距離を走り、残り一キロとなったところで、僕と舞代はその足を止めることとなるが。
「ん、あれ? 舞代さんと、佐倉君?」
学校へと続く少し入り組んだ路地の入口。一人の女子生徒が足を抑えて蹲っていた。
「あなたは…………」
しかも何の因果だろうか、この女子生徒。舞代に急接近して、彼女の早退のきっかけを作ったその人だった。
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