第2話 転校生
ガタゴト、ガタゴトと揺れる電車内。
密集した人々と暖房器具によってその中は少し暖かいくらいとなっていた。
「ふぅ」
ちなみに僕はと言うと、運良く空いていた席に座って一息ついているところである。駅前では酷かった鼻水も、この暖かさのおかげか今は楽になってきた。
にしても雪、結構酷くなってきてるなぁ。
外の光景はそれこそ、冬真っ只中と言っても差し支えないほどの豪雪によって支配されている。
本当に十二月なのか、一月や二月でもこんなに降ることは滅多にないはずだが。
何となく、興味本位で車窓に向かって息を吐きつける。当然ながら吐息は窓にこびり付いて、透明なガラスを曇らせた。
これは駅に着いてからの方がキツそうだ。素人だから分からないけど、何となく天候が良くなりそうな感じはしない。
『次は…………駅…………駅』
と、気付けば降車駅のアナウンスが車内で流れていた。
汽笛のような甲高い扉の開閉音と共に車内に冷気が流れ込む。寒いから出たくない、その念に打ち勝った訳では無い。が、限りあるこの時間への切迫感が僕の背中を席から押し出す。
車窓を眺めて予想した通りの寒さ。まさか、この町で雪色のプラットホームを見ることになるなんて、去年の冬場じゃ想像もつかないな。
電車が再び速度を上げていく。速さ増す風に吹かれた僕はその場に縮こまった。さっきまで暖かな車内にいたせいか、外に出ると余計に寒い。
「まっ、いっか」
どうせ、学校には行かなきゃいけないんだ。それにこの寒さだって学校までの道のりで汗に変わっているだろう。
意思決定を終えて、僕はホームを後にした。改札に定期券をかざし、駅前に広がる人だかりを抜けていく。高校に進学して、もう半年が経とうとしているが、都会らしさ溢れるここには相変わらず慣れない。
ただ、その人だかりさえ突破してしまえば、もう後はあるようでないものである。学生と社会人が多く行き交うエリアはどこへやら、僕と同じ制服を着た高校生たちが皆同じ方向に歩くだけの通学路でしかなくなるのだ。
「うおっ、凄いなぁ」
見慣れた、景色。と言いたいが、今日に限っては否だ。吹き付ける白の突風に学校を目指す生徒たちは皆、目を瞑り身を屈める。進むのがやっとといった様子で「ヤバイ、ヤバイ?!」 「今日寒すぎない!」「飛ばされるって、これ?!」「目開けてらんない!」なんて言っている。
いや、飛ばされませんから流石に。目を開けてられないのは分かるけど。
「はぁ…………やっぱり」
苦しむ通学者たちの声に紛れて一つ。僕はそれを聞き逃さなかった。声のする方向は、丁度、僕の左斜め後ろから左隣にかけて。
「あっ…………」
まじか、と言葉にするよりも先に、彼女はすらすらと僕を通り過ぎていった。誰よりも悠々と、まるで雪と馴れ合うように軽快な足取りで。風に靡く白銀の髪も相まって、一瞬ながらも凄いインパクトである。
「ちょっ!」
反射的に声が出るが、当の本人は全く気が付いていない様子。すらすらと生徒たちの間をすり抜けられ、やがてその姿は校舎の内へと消えてしまう。無論、追い掛けてはみたが、この向かい風では追いつくことは愚か、差を埋めることさえもできなかった。
「はぁ、はぁ」
下駄箱に来ればもしかすると、と思ってはみたが、結果はノー。もし、オーライな部分があるとすれば、ギリギリながらも遅刻しなかったことくらいだろう。
「っていうかさ…………」
息を整えて、思ったことをはっきりと言葉にしてみる。
「あの向かい風の中であんなに動けるって、体幹良すぎだろ」
とてつもなくどうでもいいことだと我ながら思ってしまったのは発言の直後だった。
二階一番奥の教室は日常通り、ワイワイガヤガヤとお祭りムードを演出していた。
「おっ、佐倉おはよう!」
「おはよー」
騒がしさの中心にいたクラスメイトから挨拶。当然、快く返事をする。本当に今日ってなにもないのか。いつになってもこの空気を前にしてしまうと思ってしまう。 まぁ、どうせ何もないのだろうが。
教室の一番端、前から三番目の我が席。座って、一人ゆっくりと読書でもしようか。集中できるかはまた別の話だけれども。
「半年経っても慣れないって感じだなっ!」
どうやら顔に出てしまっていたらしい。本から視線を上げると、気楽そうな表情で前の席の奴が話しかけてきた。
「まぁな」
彼は
「中学の頃はこういうお祭り騒ぎなんてなかったもんでね」
「そりゃ、ここまでのレベルで騒がしいのは中学じゃレアだろうな」
愁斗は椅子に前後逆で座りながら言う。大抵、朝の余った時間を僕はこうして過ごしている。
「そういや灯、今日は遅かったけど、寝坊か?」
「まぁ、そんなところ。あと、寝坊に電車の遅れも追加だ」
「あー、なんか災難だったな」
「まったくだ。この大雪の中、丸腰で待たされることになったからな」
「その格好で外待ちか。うわぁー、想像しただけで鳥肌立ってきた」
「やっほー、灯っ!」
会話に割り込むようにして、聞こえてくるのは活き活きとした明るい声。見ると、ひとりの女子生徒が隣の席に座っていた。
「なんだ、葵木かぁ」
「葵木、おはよ…………って、珍しく結構ギリだな」
「あぁ、電車遅延しててさ。おかげで駅から学校まで走ってくることになったんだから」
そう言えば、葵木も僕とは逆方向だけど電車通学だからな、遅刻ギリギリは避けられない結末だったか。
「にしても、今日めちゃくちゃ寒いね!」
話は変わり、葵木が鼻を啜りながら言う。きっとあの寒い駅前を制服の身の装備で突破してきたのだろう。何だか、同情してしまう。
「そりゃそうだろう。外がこれなんだから」
そんな僕とは対照的に、愁斗はさぞ他人事のように返した。いや、そりゃぁ君は家近いからな。
「愁斗は家が近いから関係ないでしょ」
「おっしゃるとおりであります。長官!」
やはり同じことを思っていた葵木の言葉に僕はおふざけを重ねた。
「誰が長官だこら!」
最速でストレートのツッコミが葵木から飛んでくる。
もはや、この流れもテレビで時々あるコントのようなものだ。定番、でもそれでいて飽きないし、楽しい。
「まぁ、そうムスッとするなよ長官」
「もう、二人とも、ほんと調子いいんだから…………ふふっ」
キーンコーン、カーンコーン。それはホームルームの開始を告げる電子音。
教室の前側、扉がゆっくりと開かれる。入ってきたのはいかにもやる気のなさそうな、我らが担任の先生だった。
「はい、座れ座れ。朝のホームルーム始めるぞ!」
その一声により若干の静けさを獲得した教室だったが、やはりコソコソ、ざわざわの小話は止むことを知らない。
「とは言っても、連絡事項は特になしだ。勉強頑張れよー、あとくれぐれも悪さをするんじゃないぞ。じゃ、何か相談がある者は後で個別で言ってきてくれ」
それだけ言い残すと、気怠そうな様子で先生は教室から出ていった。これにて朝のホームルーム終了。教室内は再び、喧騒の宴へと変貌した。なお、本来はホームルームの後すぐに授業だが、うちのクラスだけは毎度十五分ほどの休憩時間が日常的に発生している。
「いつものことながら早かったなぁホームルーム」
「まぁ、今に始まったことじゃないからな。これに関してはもう慣れた」
「右に同じく」
ここから、愁斗か葵木と雑談して、それが終わったら授業のテンプレート。きっと今日も同じだろう。雪が強く降ろうが、僕が遅刻しようが、葵木が遅刻しようがそんなの関係ない。
そう思っていた。
再び教室の扉が開き、机と椅子を一セット抱えた先生が入ってくるまでは。
「あー、すまん。どうも連絡があったみたいだ!」
その物珍しさからか、驚きの声が所々で上がる。もちろん、僕や愁斗だってそれは同じことだ。
「あれ? 先生戻ってきたぞ」
「しかも、なんで机と椅子を持って再登場?」
「先生、連絡って何?」
何人かの生徒が当人に訊いている。なお、ため口は普通に先生側が許容しているらしい。
「あー、そのことなんだが。今日から一人クラスメイトが増える」
この時期に留年で学年繰り下がりはないだろうから、きっと転校生だろう。どちらにしても、珍しいことに変わりはないが。
と、まぁこれは僕一個人の感想、クラスの大半はと言えば…………
「うおおおおおおおっ、転校生ってよ。どんな子かな?」
「あたし、転校生なんて生まれて初めて見た!」
「たまにはいい連絡するじゃん」
いやー、盛り上がってるなぁ。でも、本当にこの時期の転校生なんて珍しい。表情には出していないが、僕が驚いているのは確かだった。
「じゃあ、入ってくれ」
先生の指示がなされ、教室の扉が再度開く。
「転校生どんな人だろうな?」
うきうきした様子で僕の方へ振り返る愁斗。
さぁ、そんなの知るわけないだろ。というだけなら簡単だが、あえてこの振りに応えよう。なぜなら僕も興味があるから。
「分からないけど、気にはなるな」
「失礼します」
凛とした、高く透明感のある声がする。あれ、この声どこかで聞いたことがあるような気がする、だがそんな直感を無視して時間は流れていくだけ。
一歩、二歩と扉を越えて、その姿が露わになる。華奢な体躯でサラサラの純白髪を肩まで伸ばした一人の少女。
あぁ、間違いない。今朝の不思議な良体幹少女だ。
「今日から皆さんと同じクラスで勉強させていただきます。
直後、室内を取り巻くのはクラスメイト達の歓声ただ一つだけ。きっと、この出会いは忘れられないだろう。僕は根拠もないままそんなことを思うのだった。
※3月23日 修正しました
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