第3話 不思議な天気




 舞代の登場して大体数分くらいは経ったであろう頃。



「えー、舞代さんってどこから転校してきたの?」

「どの辺に住んでるの?」

「趣味とかってある?」

「ねぇ、ねぇ。六花ちゃんって呼んでいい?」



 教室一番奥、廊下側の位置にも関わらず舞代の席にはクラスメイト達がごった返していた。


「あっ、あの…………その学校の近くに住んでます。趣味とかはえっと、ジョギングと読書です。呼び方はお好きなようにどうぞ」


 明らかに困っている。まだ、慣れない相手に敬語で話し掛けるって段階なのに、そんな砕けた話したってしょうがないだろ。いや、あくまでも個人の意見だけどさ。


「流石、転校生。凄い人気だなぁ」


 別段羨むような態度でもなく、傍観しながら葵木がそう呟く。そりゃ転校生だからな。初日は絶対クラスメイトのほぼ全員からロックオンされるだろう。


「あの抜群のルックスはやばいって。美少女だよ美少女! こりゃ、近々校内の有名人になるぞ!」


 割と興奮気味で愁斗が言う。確かに間違ったことは言っていないが、果たしてそれだけで有名人になるかは微妙じゃないか。


「いや、なんでだよ…………」


 同じことを思う者はいたようで、呆れた表情で葵木がツッコミを入れた。そりゃそうだよ愁斗。



 ガタガタと風が窓枠を揺らす。氷が流れて、ガラスにこびりつく。外の吹雪は見て分かるほどその勢いを強めていた。



「なんか雪、強くなってきたな」

 こっからは気温も上がる一方だと思っていたが、視界の光景だけを根拠にすれば、その推測は否定しかできない。

「これは、帰りも電車遅くなるかもね。っていうか、そもそも今日帰れるかな」

 少し心配そうに葵木。まぁ、確かに電車通学組からすればこの天候はきついよな。僕も該当者側だけど。


 キーンコーン、カーンコーン。


 ここで再びの電子音。一限目の開始を告げるものだ。

「はーい、チャイムなったぞ! 全員座りなさい」

 一時限目の担当教員が教卓の前に立つ。流石に、これには舞代を取り巻くクラスメイトも撤退を余儀なくされ、教室内には静寂が訪れた。

「それじゃあ学級委員、号令よろしく」

 教員の指示で無味無臭の棒読み号令が行われる。そして普通に授業が始まった。




 授業によって時は流れ、放課後。部活動、或いは帰宅を促す電子音は校内全体に響き渡っている。


「灯、放課後どうする?」


 ホームルーム終了後、開口一番にそう訊ねるのは愁斗だった。

「どうするって言われてもなぁ。帰りの電車次第かな」

 いつもなら有無を言わさず帰宅コースだが、調べてみれば案の定電車は遅延していた。つまりはしばらく時間に余裕があるのだ。


「そうかぁ」

「そう言う愁斗はどうするんだ? 放課後」

「ん、俺か? 俺は普通に帰るぞ。部活は休日しかないからな」


 帰宅の僕とは違って愁斗は部活動に入っている。が、彼の所属するワンダーフォーゲル部はただでさえ平日の活動はほとんどないのに加え、部員も五人いるかいないかという部活ギリギリのラインなのである。平日に関して言えばほとんど帰宅部のようなものだ。


「そっか。気を付けて帰れよ」

「おいおい、一緒に帰ってくれないのか?」


 何を言い出すかと思えば、愁斗は。

「今一緒に帰ったら駅前で寒い思いしないといけないだろ?」

「あー、確かに。オッケー、俺帰るわ。じゃ、また」


 理由を述べると愁斗は素直に引き下がり、教室を後にしていった。普段からおちゃらけた感じの奴だが、あの引き際の良さにはいつも尊敬の念が湧いてくるものだ。


「あれ? 愁斗、帰ったの?」


 愁斗の帰り入れ違いで、教室に戻ってきたのは葵木。ハンカチを手に持ったままだから、きっとトイレにでも行っていたのだろう。


「あぁ、ついさっきな」

「へぇー。で、灯は帰らないの?」

「電車がまだだからな」


 少しだけ雪が強まってきたか。朝同様にガタガタと冷風が窓枠を揺らしている。視界を覆う白もその色を濃くしているように見えた。


「ねぇ、ねぇ六花ちゃん、家が学校の近くだったらあたしと一緒に帰ろうよ!」

「放課後暇? 駅前行って遊ばない?」

「学校案内するよ! 部活動とか見学できるよ!」


 相変わらずの人気っぷりだな、舞代。同じクラスメイトに敵意を向けるわけではないが、ここまで質問攻めされたら流石に内心は嫌がるだろうな。


「あっ、あの。まだ家の片付けとか残ってるので、遊びはまた次の機会に。部活動とかももう少しなれたら考えようと思います。家も学校の近くではあるんですけど、細道ばっかりなのですみません」


 気弱な様子で俯きながら答える舞代。恐らく、片付けが残ってるって口から出まかせなんだろうな。だってほら、ホームルームでもらったプリントが一枚残らず整理されている。


「そっかぁ。それは残念! また明日行きましょ」

「はっ、はぁ?」

 追い打ちをかけられて、舞代も困惑した返答をするので必死の様子。転校初日に日付指定で遊びに誘うだと。陽キャラのコミュニケーション能力とは底なし沼なのだろうか。


「…………凄いね、皆」


 若干呆れた表情と遠い目をした葵木が呟く。これも今に始まったことではないが、時折彼女はこういう態度を取る。もちろん、大多数の前ではなく、主に僕の前で。


「葵木も十分凄いと思うけどな」


「私は別に凄くなんか…………」


 そういうのはいいよ、葵木。


「クラスの仲間からめちゃめちゃ頼られて、頭も良くて、授業も寝ずに聞いて、俺みたいなクラスの端っこにも気を配れる葵木が、凄くないわけないだろ」


 彼女が自己の謙遜を言葉にするよりも先に僕は声を重ねた。


「それは…………やっぱいいや」


 照れているのか、頬を紅潮させて葵木は何かを言おうとした。が、これまた何を思ったのか、途中で口を閉ざした。


「何だよ?」

「わっ、私そろそろ電車の時間だから、帰る! じゃあね」

 そう言って、葵木は過ぎ去る疾風の如く教室を後にする。あんなに急いでいくことないだろうに。途中で誰にもぶつからないことを祈るばかりだ。

「じゃあなー」

 というわけで、葵木が帰って僕は一人になった。とはいっても、電車の時間からしてこの時間は十分も続かない。


 はぁ、読書しよ。


 結局、校舎を出るまでの十分ほどは読書にて尺を繋ぐことにした。無論、斜め後方、転校生を包囲する声に気が散って、集中できるはずもないが。


「よし、帰ろ」


 ぱたりと本を閉じ、教室を出る。直後、もう一つドアを開く音がしたがきっと偶然だろう。何かを考えることもなく無心で白の道を歩く。今日一日、風と雪が強くなったり弱くなったり、不思議な天候である。





 学校を出てしばらく。


 冷たい外気に晒された駅のプラットホーム。列車を待つ少数ばかりなる中高生と大人は階段近くや中心に固まっていた。


「やっぱ、少ないなぁ人」


 固まった人ごみが嫌で端のベンチに座ってはみたが、かなり寒い。雪がこちらに流れ込んでくるから、安易にスマホを開くこともできないし、そもそもカバンが開けない。

 せめてもの対策として外側に背中を向ける。視線の先、大体一メートルくらいのところには純白髪の美少女が。

「あっ、舞代」


「えっ?! あっ、あの………………………そうだ! 寒い人」


 寒い人。恐らく、朝の短い会話から名前の分からない僕に対して命名した通称だろう。しっかり的を射ている。


「正解、寒い人です。っていうか、ごめん。つい、声が出てしまって」

「ううん、こちらこそごめんね、クラスメイトの名前とか全然覚えてなくて」

「転校初日なんだから仕方ないって。あっ、本名は佐倉灯ね」

「舞代六花です。その、よろしくね、佐倉君」


 ふぅ、と軽く息を吐いて、僕は正面に向き直った。はっきり言って、会話を続けられる自信がない。

 それに、さっきの舞代の表情、かなり疲れている感じだった。きっとそっとしておいた方が良いだろう。個人的にはそう思う。

 その後、数分の間に漂ったかすかな気まずさを吹き飛ばす列車の到着音。スプレーを噴射するような音で開く扉から数人の乗客。彼らの降車を確認して、僕は最前車両に乗り込んだ。


『次は…………駅』


 アナウンスされた最寄り駅の名前で僕は目を覚ました。どうやら、車内の温かさにうとうとしていたらしい。

 すぐに荷物をまとめて電車を飛び出し、古めかしい駅のプラットホームに着地。一車両分の線路しかないここには僕と、もう一人を除いて誰もいない。


「また会ったね」


 そのもう一人である舞代が、どこか気まずそうに声を掛けてくる。

「最寄り駅が同じっぽいからな」


「あの、このことは…………」


 なるほどそういうことか。包囲された際に彼女がついた学校の近くに住んでいるという嘘を思い出す。


「言わないから大丈夫。それじゃ、俺こっちだから」


 外の寒さが僕の身体を突き動かす。流石にこの天気で立ち話は無理だろう。


「うん、またね」


 家に向かって早足で帰る。もしかしたら明日も舞代と同じ電車かもしれない。クラスの盛り上がりが冷めてきたら、ちょっと学校でも話してみようか。


 と、これからの期待とその光景を思い描かべてみる。

 殺風景な通学路がなぜか、今日は少しだけキラキラと色を帯びていた。



※3月23日修正しました

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