第28話 勝利の旗
長かったゲーム大会も、もう残すは決勝のみ。その会場である第二体育館は言うまでもなく、激しい盛り上がりを見せていた。
現在、参加プレイヤー八人のキャラ設定が終わり、アバターが拠点にそれぞれの拠点に集結する。
そうなれば、もう、完全なバトルスタートまでほんの数秒程しか猶予はない。
『GAME START』
文字のテロップが表示されると同時に、アバター縛っていた高速が一斉に解けた。もちろん、こういうタイプのタワーディフェンスにおいて作戦会議も無しにロケットスタートを切る猛者はいない。両チーム拠点から動かず、作戦会議をするのがテンプレだ。
というわけで、
「早速、作戦会議しますか」
「オッケー」
僕の提案に、葵木が相槌を打つ。恐らく、葵木も分かっているのだろう。ここで悠長にしているのがあまり良い判断ではないということを。
「取り敢えず、まずは武器の確認で…………それから役職決定って感じか?」
悪いとは思いながらも、舞代と愁斗は一旦スルーし、葵木にその問いを投げ掛けてみる。対して、葵木は迷いなく頷いてくれた。
「ちなみに、僕はハンドガンだった」
「私は、両手剣みたい」
「えっと…………私のこれは何だろう?」
「俺のもよく分からないぜ…………」
困惑した様子の舞代と愁斗が持っている武器をすぐさま確認。見たところ、舞代の武器は大盾で愁斗は手榴弾のようだ。
「となると……………………」
もちろん、武器を一切無視してそれぞれの能力から考えれば拠点を捨てて一斉に責めるのもありだが、勝利が目的である以上、そんな安直な考えは頭にない。
数年前のオンラインゲームでの記憶を思い出し、それぞれの武器と技術に合った役割を思索する。
「灯、どうする?」
「取り敢えず、僕と葵木は小回りが利くから前衛で行こう。拠点防御は舞代と愁斗かな。愁斗は取り敢えず、僕の指示に従ってその手榴弾を投げてくれ」
「オッケー!」
「任せろ!」
正直、そんなに上手な指示ではなかったが、どうやら舞代も愁斗も意図を汲み取ってくれたらしい。二人とも、それぞれ指示通りの持ち場に立っている。
「じゃ、行きますか!」
「オッケー!」
舞代、愁斗、葵木、三人の準備が整うと同時に僕と葵木は拠点から離脱。前方離れたところにある敵拠点へと駆け出した。
「灯っ、前方二人いる!」
敵拠点までちょうど半分くらいの距離と言ったところで葵木が早口で叫んだ。が、言動とは裏腹に、その行動は実に落ち着いていて、走る足を止めることなく周囲を目を配らせている。
「オッケー!」
自分で言うのもなんだけど、それは僕も同じことだ。敵が来ただけじゃ、流石にビビったりしない。
葵木の後方に回る形で急ブレーキ。僕はハンドガンを構え、照準を自拠点に迫る敵の一人へ向けた。
「愁斗、前の方で人がいるところに手榴弾二つ投げてくれ」
アナログだとこういう時に便利だな。オンライン上ではボイスチャットか、テキストチャットでしなきゃいけないところ、席が二つとなりだと叫べばすぐに聞こえる。
「任せろ!」
タイムラグ一切なく、指示の直後に照準の先で激しい爆発が二つ。流石に、これには攻めていた敵の足も止まる。もうそうなれば、一撃を当てるのはそう難しいことでもなかった。
照準の中心に据えた敵目掛けて、僕は射撃ボタンを押した。それと同時に鈍い音が響き、敵の一人を撃ち抜く。
どうやら一撃で仕留めたらしく、敵のアバターはその場から離脱した。
「葵木、一人落とした!」
「了解! ナイスショット、灯っ!」
僕も、葵木も画面から一切目を離さないままそうコンタクトを交わす。もはや、すぐ隣で協力してタワーディフェンスをしていることへの違和感など、とうの昔になくなっていた。それくらいにはこのゲームにのめり込んでしまっている。
「愁斗と舞代で後の一人は倒せそう?」
「任せて! 拠点は私たちで守るよ!」
短い確認に自信たっぷりの即答を見せる舞代。こればかりは疑う理由などなく、僕は確信にも近い期待を寄せて、再び敵拠点へとアバターを進めた。
「灯、拠点前に壁職一人!」
もう敵拠点の入り口間近というところで視界に映るのはいかにも大きな盾を持った屈強そうなアバター。外見的に機動力には欠けているが、恐らく防御力はかなり高く、武器による防御判定の広さと盾を攻撃手段としたときの攻撃力はかなり怖い。
ハンドガン一発じゃ無理か…………
こういったシュチュエーションに遭遇はしたことがないが、はっきり言って銃声一発で片付けられる自信がない。
「あっ、さっきの敵がリスポーンした!」
「武器は?!」
「槍のみ!」
しかも、このタイミングで先ほど倒した敵のアバターがリスポーンする始末。これで自チームの優勢が一気にイーブンまで戻されてしまった。
「葵木、前方二人相手出来る?」
もし、相手が一体であれば僕か葵木のどちらかが囮となってその隙に敵を落とすか、フラッグを取る…………なんて荒業が使えた。
けれども、二対二でその作戦は正直厳しいの一言に尽きる。
「ごめん、流石に無理!」
いくら味方が葵木だからとはいえ、それを覆すことは難しいか。
「愁斗、そっちの敵はどんな武器だ?」
「こっちか? こっちは凄い連射する銃を持ってるぜ! って…………あれ!? やられた?!」
その言葉が現状を逆転させてしまった。画面上のマップを見ると、確かに自陣から一つアイコンが消えていた。恐らく、連射する銃はマシンが系統の武器だろうが、それに溶かされたのか。
「どうなってんだよ…………おい」
「…………スナイパーがいる」
困惑のままに放たれた呟きに答えるのは葵木だった。そしてその言葉通り、アバターが差した先には一人、前方の自拠点に向けて銃を構えている敵プレイヤーの姿がある。
「まずいな……………………」
このままだと、愁斗がリスポーンするまでの間は舞代が敵と一対一で戦わなければならなくなってしまう。
幸い、敵は前衛が一人ではあるが、舞代がどこまで持ち堪えられるか。
「灯っ、どうしよう?」
折角作ることが出来た攻勢の流れ、これを活かすことが出来れば一気に崩せるが、今を逃すともう防御には回れない。そうなると、舞代が倒れたらその時点で終わりだ。
冷静になるか、あるいは何かを閃くか。
っていうか、そもそもどうして僕はこんなにも本気になっているんだ。たかが生徒会企画だぞ、親睦大会みたいなもんだろ。
思考の内側で、捻くれ怠惰な僕がそう呟く。相変わらず、コイツは僕の心を乱すことばかり言って…………
『灯、絶対勝とうね!』
眩しすぎるくらい綺麗な葵木の笑顔。試合前、最後に見た光景だからか、かなり記憶に残っている。
あの時の違和感はよく分からない。けど、確かに、僕の中でその言葉を裏切ることへの拒絶が形を成していた。
「そっか…………そうだな」
絶対勝とうって、わざわざ団体戦に誘ってくれて。当日も滅茶苦茶大会を楽しんでいた葵木が、そう言ってくれたんだ。
今、ここで全力を尽くさなくてどうするというのだろう。否、もうここで、全力を尽くす他ない。
「葵木…………」
行けるかどうかなんて分からないし、確率なんて知ったこっちゃない。それでも、君が僕を信じてくれるなら。
「勝ちたいから…………僕を信じてくれないか?」
左隣で確かに、葵木は笑ってくれた。
刹那の空白。戦いの中、時間にしてわずか一秒のカウントにも満たないその間を挟んで、紡がれた言葉は声となった。
「…………信じてるよ、灯のこと」
その声を耳に入れて、僕は一言叫ぶ。
「二人でフラッグを取ろう!」
「了解!」
そこから先は、もう指示なんていらなかった。狙撃手と槍使いのことなど一切気にしないで、僕はフラッグ目掛けて突き進む。
その間に割り込むようにして入ってくるのは槍使いと、そしてそれを察知して先に動いていた葵木。コントローラーで動かしているとは思えないほど鮮やかな立ち回りで槍使いを翻弄して、僕へのヘイトを完全に外してくれている。
その光景を一瞬だけ視界に入れて、僕は壁職のアバターへと突っ込む。壁職もそれを察知してか、大きな盾を僕の方へと向けた。
「…………僕一人じゃ、多分無理だ」
前方をしっかりガードされてしまっているからなハンドガン一丁では到底敵いそうもない。それは当たり前だ。
「灯っ!」
何だよ、指示なんかいらないじゃん。
拠点の上空から、落下してくる球体が一つ。画面上のマップ上には先ほどまで消えていたアイコンが一つ復活している。
恐らく、敵の壁職は瞬時にこの状況を理解できなかっただろう。
リスポーンした愁斗がすぐにこっちに向かって手榴弾を投げたことを。
敵が攻撃態勢に入るよりも早く、手榴弾は落下し、そして爆発する。僕は一瞬手前でダッシュボタンを押し込み地面を滑る、そしてハンドガンの照準を爆風の中に向けた。
「灯っ!」
その声に合わせて僕は攻撃ボタンを押し込む。確かな手応えの直後、晴れた煙の中に、壁職のアバターの姿はなかった。
「くっ!」
狙撃手がこちらに向かってくるよりも先にすぐさまフラッグを回収する。その瞬間、大きな音と共に画面上に「GAME SET」の文字が表示された。
「…………勝った?」
「けっ、決着ぅうううううううううううううううううううううう!」
一時の沈黙の後、実況が放ったその一言で体育館内の盛り上がりは最高潮に達した。もちろん、それは僕たちプレイヤーも含めて。
「灯っ! 勝ったね!」
コントローラーを席において一息つく間もなく、僕の手を握ってくるのは左隣の葵木。あれだけ熱中していたのに、その手は柔らかく手汗の一つも感じない。
「あっ、あぁ。そうだな」
もっと喜びたい気持ちはやまやまだが、周囲の大歓声と右隣からのヒヤッとする視線に声を大にできなかった。
「…………舞代もお疲れ様」
「うん! 灯君、凄い活躍だったね」
屈託のない笑顔で言う舞代。これだけ見ると、先ほどのヒヤッとする視線は愁斗のものかと疑ってしまう。
「灯、俺の最後の手榴弾、結構効いたろ?」
まぁ、この反応からしてそれはないんだけどね。
「めっちゃ効いた。あれなかったら多分勝てなかった」
普段なら若干持ち上げるところ、今回ははっきりと本心を言った。なぜかって、そりゃ間違いなく今回の決め手は愁斗だったからだ。
「…………灯っ」
舞代と、愁斗にそれぞれ感想を伝えると、葵木が再び僕を呼んだ。その顔は少しだけ熱を帯びていて、若干上目遣いにこちらを見ている。
「どうかしたか?」
もしかしたら激しい熱戦の興奮冷めやまなくて思う存分ゲームトークを繰り広げたいのかもしれない。予想というか、期待というか、そんな思いのまま僕は訊いてみた。
「その…………」
「…………灯はやっぱり凄いね」
僕を褒めているだけなのに、試合前同様のキラキラとした笑顔を浮かべる葵木。
「…………葵木?」
堂々と、そんなことを言われて、誇らしくも恥ずかしい一方、僕はその笑顔にまた、ある種の違和感を覚えていた。
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