第13話 ただただ不幸が重なる偶然




 ※※※※※※



「七科、ちょっといいかな?」


 私、葵木七科がある女子生徒から相談を持ち掛けられたのはマラソン大会の後だった。


 声を掛けてきたのは土河未希つちかわみき、クラスメイトの中でも五本の指に入るくらいには仲が良い子だ。少し恥ずかしがり屋なところはあるが、優しくて真面目な一面もあって、私から見ればかなり接しやすいし関わりやすい。


「ん、未希どうしたの?」


 普段は少し気の抜けた表情をしているのだが、今日の未希はかなり真剣な面持ちをしていた。でもその一方で何となく、ソワソワしている感じがする。


「あのさ、ちょっと…………」


 目を合わせてはすぐ逸らす。表情はどんどん紅潮していく。傍から見れば落ち着きがないと言われても不自然ではないくらいには挙動がおかしい。


「どうしたの?」


 言いにくい言葉なのかもしれない。だとしたら変に刺激しない方が良いか。私は強い口調を遣うと、相手に威圧感を与えてやすいみたいだから



「…………うん、言わなきゃ私!」



 彼女にしては珍しい、自己解決で意思決定の流れで私と未希の間に若干の緊張が走る。



「七科、私。告白しようと思う!」



 何だ、そういうことか。


 もちろん、がっかりしたという訳ではなかった。ただ、私としてはこの手の話はもう、聞き慣れてしまっているので、正直驚きには欠けてしまう。


「そっか…………ちなみに相手は?」


 あんまり関わりのない人だったら「頑張ってね、応援してるよ」の一言で会話を終わらせることも出来た。ただ、目の前にいるのは未希。実は中学からの同級生で友達。これまで一度も彼女から恋愛ぐるみの話を聞いたことはない純粋な女の子。それが、簡単な一言を喉の奥へと押し込める。


「二年生の芝野先輩。同じ部活で、前からずっと気になってたの…………それで、その時期的にも今がチャンスかなって思って…………」


 芝野先輩、その名前は私も知っていた。テニス部のレギュラーでテニス一筋の熱血系男子だ。そう言えば、未希、テニス部のマネジャーしていたっけ。


「そっか」

「それでさ……………………」

「うん」


 きっと、そのことについての相談だろうな。根拠はないが、前振り的にもそれしか話題は考えられない。


「七科、その手伝ってくれない?」



 ほら、やっぱりね。



「分かった。私は何をすればいい?」


 否定したって仕方ない。それに、少なからず心の中で未希が頑張っている姿を想像して、応援したくなってしまった自分がいたのも確かだった。だから、私は未希の相談に乗ったのだと思う。


「あぁ、良かった。七科が手伝ってくれるなら心強いよ」


 肩の荷を全部下ろしてしまったかのように安堵した表情を見せる未希。ちなみに、まだ告白は愚か、芝野先輩と会ってすらいない。


「あっ、えっと。七科には見守ってほしいの…………一人じゃ不安だし、告白するとき誰かが来ちゃうかもしれないでしょ?」


 どうやら、私のやることは思ったよりも多くないらしい。言ってしまえば、告白の最中に誰かが乱入してくるのを防ぐだけ。ちなみに、私の経験上そんなケースは滅多に起きない。


「あぁ、そっか。うん、未希のこと見守ってるね」


 それから未希はもう、明日のその時までソワソワしっぱなしだった。「ドキドキする」って言って先輩にメッセージを送るのに一時間もかかったし、終業式の時は挙動不審だったし、言葉はカミカミだし。


 それでも、彼女の目は活き活きとしていた。見せかけの私と違って本当に生きている目をしていた。



 恋をするって……………………凄いな。



 私は今まで告白されることこそ多くあったが、誰かに好意を寄せて求めることは一度もなかった。だからこそ、今の未希を見ていると、僅かに憧憬の念を抱いてしまう。私も、いつかあんな風に。



『葵木も十分凄いと思うけどな』



 あれ?



 どうしてか今一瞬だけ、いつぞやの灯の台詞が蘇ってきた。






 終業式が終わり、続々と冬休みを待ち焦がれた生徒たちが帰っていく学校。心の準備と言って教室に残った未希と別れて、私は先に体育館裏に来ていた。


 この体育館裏には奥に物陰があり、私ひとりでは余るほどのスペースが開いている。言わば、ここは絶好の告白見守りスポットだ。



「しっかし、今日に限って葵木はどうしたんだろうな」

「さぁな。あいつも忙しいんだろ? もしかしたら誰かに告白されてたりしてな」



 しばらくここで待機しているとそんな声が聞こえてきた。間違いなく未希と芝野先輩のものではない。もっと聞き覚えのある声だ。


「私のこと呼んだ?」


 いつもの反応をしつつ、物陰から顔を出すと、予想通りそこには灯と愁斗がいた。


「何でいるんだよ」


 愁斗が呆れたような表情で言う。いや、それはこっちの台詞だよ。


「何でって、そっちこそ何でいるのよ?」



 どうして二人してこの体育館裏に。しかも、今日に限って…………



「ん?…………やべっ、葵木、説明は後だ。当人来ちまったぞ」


 バツが悪そうな反応で、すぐさま二人は私のいる物陰に隠れてきた。何をしているのだろう。数秒後、驚愕してしまう自分の姿が今の私に分かるわけもなく、ただ、そんな疑問を抱いた。


「ちょっ、何すんのよ!」



「声でけぇって…………って、あれ芝野先輩じゃん」



 えっ?



 言葉を失いかけた。どうしてその人の名前が愁斗から出てきたのか分からない。


「誰だっけ?」

「テニス部のレギュラー」


 空耳であると信じたかった。だが、物陰から見た体育館裏には確かに彼の言う芝野先輩がいて緊張した様子で誰かを待っているようだった。


「えっ、ちょっ…………嘘でしょ?」

「ん、どうしたんだ葵木?」


 動揺しているところに愁斗が訊ねてくる。


「ちょっと、まずいかも…………」


 もう、芝野先輩は来てしまったのでこの二人にはここにいてもらうしかない。あくまでそれだけのことでしかない。そのはずなのに、なぜか凄く嫌な予感が私の背筋を撫でてくる。


 携帯を開く。二人取り巻きがいるというだけだが、一応未希にも連絡しておきたかった。が、トークアプリのアイコンよりも先に私の目に入ってきたのは一件のメッセージ。送り主は未希だった。



『芝野先輩、今日は大事な用があるから会えないって。

 取り敢えず、今から迎えに行くね。スタンバイしてくれてたのにごめん!』



 芝野先輩は未希と会えない。


 じゃあ、目の前にいる彼は何だ。双子、兄弟。違う。目の前にいるのは芝野先輩本人だ。



 嫌な予感が想像の中で膨らんでいく。



「よく分からんが…………おっと、舞代さんも来た」



「えっ、六花?!」


 思ったことがそのまま声になって私の口から飛び出る。灯と愁斗は驚いていたが、幸いなことに芝野先輩には聞こえていなかったようだ。



「来てくれてありがとう、舞代さん」



 まずい、まずい、まずい、まずい。



 脳裏を過るのは残念そうにとぼとぼと教室を出て、そしてこの体育館裏へと向かっているであろう未希の姿。


 ここで、二人と鉢合わせしてしまえば、その後の展開は最悪などと言っていられるレベルを越えてしまうかもしれない。


「いえいえ、そのあなたは?」

「初めまして、二年の芝野だ」


 夢中になって携帯を操作をする私。焦っているのか、いつもはそこそこ早いフリック入力が上手くいかない。



「そうですか…………その話っていうのは?」

 


 やっとのことでメッセージを送ったが、未だに既読は付かず。ただ、心の中で来るな、と願う。



「マラソン大会の時に君を見て一目惚れした。舞代六花さん、俺と付き合ってください!」



 だが、私一個人の感情などこの場で考慮されるわけもなく、芝野先輩は六花に頭を下げた。だけど、六花の表情はとてもじゃないけど嬉しそうだとは言えない。むしろ、申し訳なさそうに顔を俯けてしまっている。



「ごめんなさい、私はあなたとは付き合えません」



 数秒の間を挟んで、きっぱりと六花は断言した。


「どうして…………かな?」


「私は、あなたのことを一切知らないので。申し訳ないですけど、興味もありません」


「そうか、分かった」


 怒りなど一切なく、芝野先輩は納得の一言。六花はやや安堵したような表情をしている。

 取り敢えず、このまま芝野先輩が帰って未希と鉢合わせでもしない限りは大丈夫だろう。


 私の送ったメッセージに既読が付いたのは丁度のその時だった。



「それじゃあ、俺はさっさと退散するよ。これからもがんば…………っ?!」



 芝野先輩と同じように、私は驚きで声が出なかった。もちろん、今となっては想定できなかった展開ではない。が、まさか本当にこうなるとは思ってもみなかった。



「…………何、こ、れ? どう、いうこと?」



 六花の後ろには大粒の涙を目いっぱいに貯める未希の姿があった。


 しかし、なぜだろう。もう、すでにかなりまずい状況であるにも関わらず、私の中で蠢く嫌な予感は消えることを知らなかったのだ。




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