第12話 手紙、嫌な予感




 希望と絶望の期末テスト、そして波乱のマラソン大会が終わり二学期も残すところ今日一日だけとなった。


「もう、明日から冬休みだね…………」


 相変わらず白雪の中を走り、ガタゴトと揺れる電車。端っこの席に座り、外を眺めていると、隣の舞代がそんなことを言った。


「そうだなぁ。長いようで、長かったよ」

「結局長いんだね」


 そうだよ。本当に長かったんだ。もう一年経ってしまうのではないかと思うくらい長かった。


「まっ、それも今日で終わりだからっ」


 本来、今日だってサボってしまっても良かった。なぜなら、マラソン大会が終わってしまえば冬休みが明けるまで授業は一切ない。つまり行って、校長の話を聞いたらそのまま帰る、たったそれだけのことである。


 中学時代は宿題という壁があったが、うちの高校は良心的なようでその類は一切発生しないから、別に今日行かなくったって困らない。とはいえ、僕が休まなかったのは単純な義務感からだろう。


「ふふっ…………そうだね」


 学校の最寄り駅についたら、のんびり登校する。テスト前は忙しさが抜けなかったが、それも今となっては過去の話だ。


「舞代は冬休みどうするの?」

「うーん…………特に予定はないから家にいようかな」

「あれ? 実家に帰ったりとかしないの? もしかして一人暮らし?」



「うん、家族は…………私のこと怖がってるから。今は絶賛一人暮らし中ですっ!」



 取り繕ったような笑顔。表面上は余裕に見えるけど、多分強がりだろう。どうやら、これは禁句だったみたいだ。


「ごめん…………ちょっと配慮が欠けてた」

「ううん、気にしないで。いつかは灯君にも話さないといけないなって思ってたから」

「ごめん…………」


「もう、何度も言っちゃ駄目だよ。それに灯君が私に興味を持ってくれるのは凄く嬉しいし」


 天然なのか、それとも揶揄っているのか。舞代はとてつもなく思わせぶりな言動で僕を揺さぶる。もしかして、僕に恋をしているのではないか。という淡い期待は理性によって候補から外されている。



「ちなみに、灯君は冬休みどうするの?」



 ソワソワする内心に気付いてくれるはずもなく、舞代は訊ねてくる。少しだけ耳が赤いような……いや、多分気のせいだ。


「えっ? 僕?!」

「うん…………灯君の予定、聞かせて?」


 純粋無垢な笑みを浮かべる舞代。後ろから吹く緩い風に純白の髪が靡いて、より一層可愛さが強調されている気がする。



 全く…………良くないって。



 そう声にならないツッコミが喉元を通り過ぎることはなく、僕は自分の予定を思い出す。


「うーん、僕も多分家にいるかな」

「実家とかには帰らないの?」


 そっくりそのまま質問を返されているみたいだ。まぁ、クリスマスから年末年始まで家にずっといるとしたらその方が珍しいか。


「何せ電車で一駅だから…………」


 小学生の時は実家に帰るとかで遠出している友達が羨ましかったなぁ。今は、まぁ移動が凄く楽だからいいんだけど。


「へぇー、そうなんだ」


 早くも冬休み気分の雑談で盛り上がっていると、気付けば校門のすぐ傍まで来ていた。いつも以上に周りからの視線を感じる気がするが……自意識過剰だろうな。


「何考えてるの? 灯君?」


 下駄箱に入ったタイミングで舞代がすっと僕の横に顔を近付けてきた。



 いやいや、近い、近い近い近い近いって流石に!



 ただ、内心ではそう思っていても、ここで退くような態度を見せたらきっと舞代は悲しむ。向こうは天然か揶揄うつもりでやってるんだ。気にしない気にしない。


「いやぁ、何か見られてるなぁ……………………思ったんだけど」

「気のせいじゃないかな?」


 気のせいであってほしい。出来れば冬休み前だから何事もなく学校が終わってほしい。


 根拠なき願いはそれこそ、フラグである。


「ん、下駄箱に何か入ってる?」


「えっ?」

 舞代の隣から覗いてみると、確かに彼女の上靴の上に何かが置かれている。


「何…………これ?」


「…………マジですか?」

 これには流石の僕も、そして舞代も驚きがそのまま台詞になったような声を上げてしまっていた。



『舞代六花さんへ』



 だってそうだろ、そう書かれたその何かは、もはやラブレター以外の何物でもなかったのだから。






「『初めてのお手紙失礼します。舞代六花さん、どうしてもあなたにお話ししたいことがあります。放課後、体育館裏で待ってます』かぁ…………なるほどなぁ」


 登校後、愁斗は何とも言えないような表情で舞代に宛てられた手紙を読んでいた。ちなみに、愁斗への相談は僕が舞代に提案したことだった。


 彼は見た目良し、運動神経良し、性格も万人受けしやすいことはあってモテる部類だ。少なくとも恋愛経験無しの僕よりは頼りになる。


「愁斗くんはこれ、どう思う?」

「うーん、どうって言われてもなぁ。まぁ十中八九ラブレターだろ?」

「そっか……………………」


 テンション低めで舞代。


「ん、嬉しくないのか?」

「うん…………誰が書いたかも分からないから少し不安で」


 朝は晴れて居た表情が今は曇り空だ。心なしか、外の雪が強くなってきたような気がする。廊下の方から窓枠の震える音がした。


「まぁ、それに関しては放課後になれば分かるかもなぁ」

「えっ?」


 愁斗は今一度、ラブレターを開き文面を僕と舞代に見せた。


「だって体育館裏で待ってるみたいだから」


「確かに」

 思わず、当事者でもないのに納得してしまう僕がいた。


「行ってみる? 放課後の体育館裏」


 文面だけ聞いたら学校の不良と激しい闘争とかする前の空気である。否、もちろん実際は断じて違うが。


「…………行ってみる。ちゃんと返事しないとだから」


 長考の後、舞代は顔を上げてそう言い切った。


「舞代さんが不安なら、俺と灯も隠れて見届けるけど、どう?」


 不安の残り香を感じ取ったのか、愁斗が一つ提案をした。っておいおい、僕も行くのか。恋愛経験ないぞ僕は。


「じゃあお願いしようかな?」


 ということで、たまたまこの場にいなかった葵木以外の三人は放課後の体育館へ

と集まることが確定する。



 さっき、一瞬だけ凄く辛そうな顔をしていたように見えたけど、大丈夫かな。



 気のせいのような気もするけど、不思議と僕は完全にそう思うことが出来なかった。


 

 何となくだけど、嫌な予感がするな。






 今日は終業式だけであるためか、問題の放課後はすぐにやってきた。


 僕と愁斗は一度舞代と別行動して、早めに体育館裏に向かった。なお、舞代は教室で時間を潰し、それから向かうとのことらしい。


「まさか、こんな形で告白現場を見ることになるとは」

「愁斗は僕と違って経験あるだろ?」

「流石に、こっち側の経験はねぇよ」


 やや興奮気味の様子で愁斗が言う。一応助言はしてるけど、君、告白自体には関係ないからね。


「しっかし、今日に限って葵木はどうしたんだろうな」


 ふと、僕が気になったのは葵木の存在だ。朝はたまたまその場にいなかったが、普段の彼女ならこの手の話には絶対食い付いてくるだろうに。用事でもあるのだろうか。


「さぁな。あいつも忙しいんだろ? もしかしたら誰かに告白されてたりしてな」


 容易に想像できるシュチュエーションである。何せ、葵木は学年の人気者であの容姿と人当たりの良さがあるからな。



「私のこと呼んだ?」



 聞き覚えのある声がしたかと思えば、なんと物陰から葵木が姿を現した。何でいるんだよ。


「何でいるんだよ」


 僕の内心を代弁するかの如く一字一句同じ言葉を愁斗が零す。


「何でって、そっちこそ何でいるのよ?」


 どうやら、葵木は舞代のラブレターに関しては何も知らないらしい。ますます何でここにいるのか分からなかった。


「ん?…………やべっ、葵木、説明は後だ。当人来ちまったから隠れろっ!」


 慌てて、僕と愁斗は葵木のいる物陰に隠れた。それからほんの数秒後、誰もいない体育館裏に一人の男子生徒がやって来た。


「ちょっ、何すんのよ!」

「声でけぇって…………………………………ってあれ、芝野先輩じゃん」

「誰だっけ?」


「テニス部のレギュラーの人だ。テニス一本で、告白とかは今までずっと断ってきたはずだけどな」


 なるほど、ずっとテニス一本の人に好意を向けさせるとは舞代恐るべしだ。

 まぁ、当然僕のは冗談だけど、この場には本当に様子がおかしい奴が一人いた。


「えっ、ちょっ…………嘘でしょ?」

「ん、どうしたんだ葵木?」

「ちょっとまずいかも…………」


 そう呟くと彼女は焦った表情のままスマホを取り出し、手早く操作し始めた。


「よく分からんが…………おっと、舞代さんも来た」


 芝野先輩がやってきてから数分後、やや緊張した面持ちで体育館裏にやって来たのは舞代だった。



「えっ、六花?!」



 再度、葵木が驚いた声を上げるが幸い二人には気付かれていない。



「来てくれてありがとう、舞代さん」



 数秒の沈黙を破り、芝野先輩が会話の火蓋を切った。


「いえいえ、その、あなたは?」

「初めまして、二年の芝野だ」

「そうですか…………その話っていうのは?」


 芝野先輩は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに真剣な表情を作って言葉を紡いだ。



「マラソン大会の時に君を見て一目惚れした。舞代六花さん、俺と付き合ってください!」



 これが、本場の告白。直接干渉していない僕ですら、とてつもない緊張感を抱いてしまう。気休めがてら周りを確認するが、愁斗は真剣に現場を観察。そして、葵木は焦燥のままにスマホを操作している。


「…………っ、まずい!」


 再び、焦りをそのまま声にしたような台詞を吐く葵木。何か予想した反応と違うのだが、どういうことだろう。


「葵木、まじでどうしたよ?」

「ちょっ、お前ら静かにしろ! 今いいところだぞ」


 若干興奮気味の愁斗に言われ、僕の視線は再び体育館裏の二人へ。丁度今、舞代が言葉を紡ごうとしているところだった。



「ごめんなさい、私はあなたとは付き合えません」



 舞代が出した決断はノー。申し訳なさそうに顔を俯かせているのはきっと彼女なりの気遣いだろう。


「どうして…………かな?」

「私は、あなたのことを一切知らないので。申し訳ないですけど、興味もありません」

「そうか………………………………分かった」


 完全に玉砕した芝野先輩は怒るどころか、一切の不満無しといった表情を作り納得の色を見せた。

 その様子に舞代は安堵の表情を浮かべる。が、それはほんの一瞬で終わりを迎えてしまうことになる。


「それじゃあ、俺はさっさと退散するよ。これからもがんば…………っ?!」


 もはや清々しいまでの潔さでこの場を去ろうとする芝野先輩だったが、去り際に放った言葉が最後まで紡がれることはなかった。ただ、舞代の方をずっと見て、呆然としている。



 なぜか、理由は単純。



 舞代の後方に人が、立っていたのだ。一人の女子生徒が。



「…………何、こ、れ? どう、いうこと?」



 一人の女子生徒はポタポタと涙を流しながらそう言った。



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