第24話 お昼休憩と発見

 樹木の間から見える太陽の位置が高くなってきた。

 一度休憩をとってから歩き始めたが、少しずつ傾斜がきつくなってきた気がする。後ろを確認すると、浜本美波はまもとみなみ潮見夕夏しおみゆかはしっかりとついてきているが、少し疲れてきているのかもしれない。沢に沿って歩いているが、無人島に道などないので大変である。

 俺は、行く手をさえぎるように垂れ下がっているツルを引っ張ったのだが、予想外に重い手応えだった。


「あれっ、何だこれ? 何かが引っかかってるのかな」


 濃い緑色の葉っぱのついたツルを慎重にたぐりよせると、大きくなりすぎたキュウリのような実がついていた。持ってみると、意外と重量がある。


「浜本さん、これって何だか分かる?」

「んー、ヘチマに似てるけど、違うかなあ。ウリ科の植物っぽい見た目だけど、何だろう」

「食べられるのかな?」


 俺はツルから実を取って、浜本さんに渡してみた。


「どうかなー。野生のウリは、ちょっと難しい気がするんだよねえ」

「美波さんの言う通り、見た感じはヘチマっぽいですよね。確か、ヘチマって食べるのではなくてタワシなどに利用するのでしたっけ」


 潮見さんも興味深そうに謎のウリを見ている。彼女はいつの間にか、浜本さんのことを名前で呼ぶようになっていた。親しくなったということだろう。 

 

「そうだね。沖縄だと若いヘチマを食べることもあるらしいけど、これはどうかなあ。ここで、かじってお腹が痛くなったら困るから持って帰ろうよ」


 そう言いながら、浜本さんは謎のウリを近くの岩の上に置いた。


「あれ、持って帰るんじゃないの? どうして置いてるの」

「持っていくと荷物になるじゃない。帰り道に拾っていけば楽でしょ。ふふ、こういう新発見があると楽しくなるね。さあ、もっと奥へ行っていろいろ見つけようよ」

「そういうことか。でも、昼になったら引き返すよ。夢中になって帰れなくなったら、大変だからね」

「あう、そこはリーダーの守川君に任せるから。……でも、守川君もちょっと楽しそうな顔をしてるじゃない」

「むっ、それはそうだけど。とにかく、上りもきつくなってきたから足元に気をつけてね」


 俺は、気を引き締め直すと再び歩き始めた。新発見というのは嬉しいものだが、調子に乗って失敗しては困るのである。彼女たちも後ろをついてきたが、どこか足取りが軽くなっている気がしたのだった。


  ***


 木々の間から見える太陽は、だんだんと真上に近づきつつあった。結構な距離を歩いたと思うのだが、山の頂上へはまだまだかかりそうだ。 慎重に進んでいるというのもあるが、倒木をどかしたり邪魔なツルを切ったりしていると、どうしても時間がかかる。きちんとした道のない山というのは、本当に大変だと実感した。


「ふう、もう少しでお昼かな。そろそろ戻ろうか」

「えー、もうちょっと進んでもいいんじゃない? 何だか山奥に来たって雰囲気になってきたし、さっきのウリ以外にも何か見つけたいじゃん」


 浜本さんは、まだまだ元気そうである。潮見さんは、まだ大丈夫、というようにうなずいてみせた。


「じゃあ、帰りの方が楽だろうから、あそこの坂を登るまでにしようか。そこで休憩したら帰ろう」


 俺たちは少しきつい上りにとりかかった。森の中は海岸などよりは涼しいが、いつの間にか額に汗が浮いている。大きな岩があったので横によけて通って登っていくと、急に平らな場所に出た。


「わあ、見てよ、きれいな池があるよ。あっ、ここから小川に水が流れてるんだね」


 浜本さんは、はしゃいだ声を出して池を指さした。池の水面には、水生植物らしき葉っぱが浮かんで小さな花が咲いている。木漏れ日が差し込んでいて、どこか不思議な雰囲気を感じさせる場所だ。

 俺たちは、ゆっくりと池に近づいてみた。 


「この池の水は、さらに上から流れてきていますけれど、急な岩場で登れそうにないですね」


 潮見さんは岩場を見上げながら、残念そうに言った。


「そうだね。結構、登ってきたけど、これ以上は沢をたどっていくのは無理だと思う。たぶん、登山家でも道具が必要になるんじゃないかな」

「ええ、怪我をしたら大変ですし、頂上を目指すならどこか別のルートを探す必要がありますね」


 俺と潮見さんが真面目に話している中、浜本さんは池をのぞき込んでいる。


「うーん、水はきれいだけどお魚はいないみたいだね。そんなに大きな池じゃないから、追い込めばとれるかと思ったのに」

「浜本さんは食べ物が気になるんだね……」

「ちょっと、2人の話はちゃんと聞いてたからね。ひとまず、ここは景色もいいし休憩するのにちょうど良いから休まない? 何か良いアイデアもでるかもしれないし」

「ふむ、そうだね。時間的にもちょうどいいし、ここで一休みしてから帰ろうか」


 俺たちは、せっかくだからと池のそばで休憩することにした。浜本さんが、持ってきたパパイヤを石のナイフで切って配ってくれたので、みんなで食べることにする。食べ慣れているパパイヤだが、いつもよりもおいしく感じた。頂上までは遠いが、この場所を見つけられたのはまずまずの成果と言えるだろう。俺は、軽く背伸びをして身体を休めることにしたのだった。



 女の子たちは、池を眺めながらのんびりとくつろいでいる。さすがに、ここまで来るのに疲れていたのだろう。俺は、この場所のことが少し気になっていた。

 うまく表現できないのだが、ここは他の場所と雰囲気が違うように感じる。斜面ばかりが続いたところに、平らな場所が急に現れたからだろうか。周囲を眺めていると、背の高い木が少なく、高さが2メートルから3メートルぐらいの見慣れない木がまとまって生えていることに気づいた。


 何気なく見慣れない木に近づいてみると、立派な葉っぱがついていた。風車の羽みたいな形で、細長くて大きな葉っぱである。さわってみると頑丈で、大きさといいシェルターの屋根に使うのにピッタリな感じだ。


「ああー、も、守川君、それっ」


 どうやって持って帰ろうか考えていると、浜本さんが大声を出した。彼女は、慌てた様子でこちらにやってきて……足元のツルに引っかかってつまずく。


「わわっ、ひゃっ」


 浜本さんはコケそうになったが、俺が差し出した手がぎりぎりで間に合った。


「こんなところで走ったら危ないよ」

「あ、ありがと。……あう、恥ずかしい」


 しおらしい態度になった浜本さんは、頬を赤くして俺を見上げてくる。きれいな瞳をしているな、と場違いなことを思ったが、俺はそれをごまかすために謎の木の方を見た。 


「この木がどうしたの? まさか、毒ってことはないよね」

「違うよ、そうじゃなくて、逆だよ……ええと」


 浜本さんは、もどかしそうに葉っぱを引っ張ったりして何かを探している。彼女は首をかしげつつ、別の木の見上げたところで大きな声を出した。


「ほらっ、これを見てよ」

「そんな大騒ぎするのほどのものなの? おっ、もしかして、これってバナナ」


 木の上の方に、緑色のバナナの房がついていた。店で売っているものよりは小さい気がするが、美味しそうな形をしている。


「浜本さん、これって食べられるやつなの?」 

「細かい品種とかはわからないけど、たぶん食べられるんじゃないかな。これは緑色だけど追熟すれば、食べられるはずだよ」

「やった、すごい発見だよね。パパイヤもおいしいけど、たまには違うものを食べたいと思ってたんだよなあ」

「えへへ、あたしも」


 テンションのあがった俺と浜本さんは、勢いよくハイタッチをした。ここまで登ってくるのは大変だったが、それだけの価値はあったわけだ。

 俺は、池のそばで休んでいる潮見さんに発見を伝えようとしたが、足元に紫色の物体が転がっていることに気づいた。拾い上げてみると、なにやら見覚えのある葉のついたツルがくっついている。


「何だろ? あっ、浜本さんが引っかかってコケそうになったツルか」

「あう、反省してるから、そのことはもう言わないでよ……って、守川君、それは?」

「根っこ、いや、芋かな……ああ、ツルが引っ張られて抜けたみたいだね。んっ、これって見覚えが……」

「サ、サツマイモじゃん、それー。焼くだけで甘いっていう、調味料の無いあたしたちには夢のようなお芋だよ」


 浜本さんが大声を出したので、驚いてしまった。あらためて紫色の芋を見てみると、たしかにサツマイモである。細長い形をしていたので、根っこかと思ってしまったのだ。野生のものだから、栽培されているものよりほっそりしているのだろう。


「やった、やった。バナナに続いてサツマイモだよー。これで、一気に食生活が充実するね。……うん、あたしがコケそうになったのは無駄じゃなかったんだ」

「そうだね、よく見ればこのあたりって、バナナとサツマイモがまとまって生えてるよね。すごいな、宝の山……食料の山か」


 浜本さんと喜びあっていると、近くに潮見さんが来ていた。俺はサツマイモを見せようとしたのだが、彼女は怯えたように周囲を見回している。まるで、幽霊でも目撃してしまったような感じだ。


「あのっ、おかしくないですか? どうして、この場所にバナナとサツマイモが固まっているのですか? 不自然ですよ」


 潮見さんは、彼女にしては珍しく強い調子で言った。俺と浜本さんは、彼女の言いたいことが理解できず、首をかしげたのだった。

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