第15話 焚き火を囲んで

 太陽が完全に沈んで、島は暗闇に包まれた。いつもなら、シェルターに戻って寝るしかないのだが、今日はみんなで焚き火を囲んでいる。遠くから波の音、近くからは木が風で揺れる音がときおり聞こえてくる。


「お芋、ちゃんと焼けるかなあ。生焼けは困るけど、火に近すぎても焦げそうだし。じっくり火を通すしかないかな」


 浜本美波はまもとみなみは、木の棒を使って里芋の位置を調整していた。里芋は特に切ったりせず、そのままの形である。


「直火で焼くのって調整が難しそうですね。わたしには、とてもできそうにないですね。……実は、料理もあまりしたことがないのです」


 潮見夕夏しおみゆかは、ちらっと俺の顔を見たあとで恥ずかしそうに言った。


「まあ、俺も料理はあまりしたことないよ。そもそも、俺たちの年代だと家の食事を手伝うぐらいなんじゃないかな。浜本さんは、すごいね。里芋は生で食べたらいけないとか知ってたし、アウトドアの経験が豊富とか?」

「ううん、キャンプとかは学校行事ぐらいかな。お料理はね、自分で挑戦してるの」

「へえ、そうなんだ。何かきっかけがあったの? 料理部に入ってるとか」


 俺が質問すると、浜本さんは里芋の位置を変えながら、考え込むような仕草をした。


「んー、なんていうか、従姉妹いとこのお姉さんが居てね、すっごくお料理が上手なの。大学生で、管理栄養士を目指して勉強中なんだよ。お正月とかお盆に遊びに来てくれるんだけど、お料理がおいしいし、話も面白いの」

「そのお姉さんに憧れてってこと?」

「うーん、そうかな。あう……そうなんだけど、ちょっと恥ずかしいね」


 一瞬だけ顔をあげた浜本さんだったが、すぐに焚き火に視線を戻す。


「お姉さんが言ってたことなんだけど、お料理って生きていくために必要なことでしょ。でも、それだけじゃなくて色々な役割があるんだって。身体を丈夫にしたり、健康にしたりする働きもあるって言ってた。えっと、具体的にはスポーツ選手とか、病気の人の食事のことね」

「ああ、スポーツ選手って肉とかたくさん食べてるイメージがあるなあ。病院の食事は味が薄いとか」

「ふふ、スポーツによって必要になるカロリーとか栄養素が変わってくるけどね。入院している人は、身体が弱っているから塩分をとりすぎてはいけないし、病気によっては使える食品も限られてくるから仕方ないのよ」

「なるほど、詳しいんだね。それに、なかなか面白そうだ」


 俺が正直な感想を言うと、浜本さんはわずかに得意気な表情になった。棒を使って、里芋をころころと転がす。


「まあ、あたしもこの話を聞いて興味を持ったんだ。あと、お姉さんが言ってたのはね、おいしい料理は人を幸せにするってことかな。みんなで集まっておいしいものを食べたらそれだけで楽しくなるし、つらいときでも、おいしい料理を食べてがんばろうって気持ちになることもあるじゃない。……うまく言えないけど、こういうことを聞いてあたしも、お姉さんみたいになりたいなって」

「浜本さんは、しっかり将来のことを考えているのですね。わたしなんて、全然駄目です」


 ぽつり、と潮見さんがつぶやいた。


「読書が好きなぐらいで、少しは知識を持っていると思っていましたけれど、この島に来てみたら、自分が全く何もできないことに気付かされました」

「ええっ、夕夏ちゃん、そんなことないじゃん。あたしと違って落ち着いてるし、知識も役立ってるよ。あたし食べ物のことなら多少はわかるけど、水平線までの距離を求めろとか言われても困るし。ねえ、守川君」


 なぜだか浜本さんは、俺に同意を求めてきた。俺はそこまで数学は苦手じゃないぞ。


「潮見さんの知識には、俺も助けられてるよ。細かいところにも気を配ってくれてるみたいだし」

「そ、そうだといいのですが」

「大丈夫、自信をもってくれていいよ。こういう状況で知識って心強いって思うんだ。はっきりとわからないことでも、推測することで不安をやわらげたり、行動の方針を決めたりする助けになるからね」

「は、はい。がんばります」


 潮見さんは照れたような表情で、コクコクとうなずいた。頬が赤く見えるが、焚き火のせいだろうか。 


「ところで、俺たちはなんでこんな話をしてるんだっけ。なんだか恥ずかしいよ」

「あう、焚き火の雰囲気のせいか、いろいろ語っちゃったね。むう、こうなったら守川君も何か話すべきじゃない」

「えっ、俺? あー、その……里芋はそろそろ焼けないのかな」

「あっ、ごまかしたね。でも、お芋はそろそろいいかな。守川君の話は次だよ、忘れないからね」

「そうですね、次にしましょう」


 なぜだか、潮見さんにまで念を押されてしまった。それはともかく、島で2番目の食料となるかもしれない里芋である。この芋がなかなか焼けないから、話し込んでしまったのだ。せめて、食べられると良いのだが。



 浜本さんは、木の棒を箸のように使って里芋を葉っぱの上に移動させた。芋はもともと茶色っぽかったので、あまり変わっていないように見える。


「どうかな、中まで火が通っているといいんだけど」


 そう言って浜本さんは、石のナイフで里芋を切った。断面から、おいしそうな湯気が立ち上る。


「へえ、おいしそうだね。いけるんじゃない」

「待って、野生化しているから慎重にしないと。まず、あたしが味見をしてみるから」


 浜本さんは里芋を軽くなめた。しばらく待ってから、芋のかけらを口に入れる。


「んっ……うん、里芋の味がする。舌にピリピリするような感じはないし……あれっ、んぅ?」


 俺と潮見さんは、どきどきしながら浜本さんを見守る。食べられないのだろうか。


「んー……セーフかな。雑味を感じるんだけど、これはシュウ酸カルシウムじゃなくてお芋本体の味だと思うの。ワイルドな味ってことだね」

「つまり、食べられるってことだよね」

「もう、守川君は食いしん坊だねえ。お芋を焼いたあたしに感謝しながら食べてよね。はい、夕夏ちゃんもどうぞ」

「ありがとうございます」


 手渡された里芋は、ほかほかとして温かい。俺は、もどかしい思いで皮をむいて、中身にかじりついた。芋はほくほくとしてやわらかく、クセのない味である。少しねっとりしていて、わずかに苦味を感じるが悪くない。


「うん、いけるね。何かで味付けできたら、もっとおいしいんだろうけど、今の状況だと十分だよ」

「わたしも美味しいと思います。まさに、野趣あふれる味ですね」

「えへへ、そうでしょ。手間をかけた価値があったよね」


 俺たちが素直に感想を言うと、浜本さんは嬉しそうに微笑んだ。しばらく、みんなで里芋を味わった。味付けのないシンプルなものだが、パパイヤしか食べていない俺たちにとっては新鮮な味である。なにより、火を囲んでみんなで食べるというのが楽しい。


「なるほど、これが料理は人を幸せにするってことか。みんなで作って食べるのって、いいな」

「でしょ、でしょ。まあ、今はお芋を焼いただけなんだけど」

「わたしは、お芋を焚き火で焼くってだけで感激ですよ。それに、火が起こせるとなれば食べられる物が増えますね」


 潮見さんの言葉に、俺はなるほどと感心した。お芋を焼くだけなのに半日ぐらい使ってしまったのだが、火の起こし方がわかったのは大きな収穫だったと思う。海でなにか取れないだろうか。


「ねーねー、焚き火もまだ燃えてるし、もうちょっとおしゃべりしようよ」

「すぐに消すのはもったいない気がするし、いいと思うよ」


 浜本さんが提案してきたので賛成すると、彼女は意味ありげに笑った。


「じゃあ、守川君が話してよ。将来の夢とか」

「うーん、なんだか恥ずかしいね」

「それだったら、学校のことでもいいよ。……クラスに心配してくれる女の子とかいないの?」

「浜本さん、そういう方向へ話を持っていくのはやめてよね。風紀がどうだとか言ってたじゃない」


 助けを求めようと潮見さんの方を見たが、彼女は妙に真剣な表情である。


「気になりますね。……ええと、深い意味はなくて、心配している人がいたら大変なんだろうな、とかそういう意味ですよ。遭難した者同士、心情把握をしておくとか……」

「そうそう、夕夏ちゃんの言うみたいにお互いをもっと知らないとねー」


 女の子たちの追及をかわしているうちに、夜はふけていったのだった。

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