第14話 焚き火にチャレンジ

 里芋っぽい芋を見つけたのだが、加熱しないと食べられないということがわかった。これ以外に食べ物がないわけではないが、あきらめるのは悔しい。それに、火を起こすことができれば今後に役立つわけで、挑戦してみることにしたのだ。


 俺たちは、森からシェルターの近くに戻ってきた。料理をするならこちらの方が良いだろうという判断である。俺が用意したのは、枯れた木からはがしてきた板っぽい木材と固い木の棒だった。


「きりもみ式という名前だったでしょうか。棒を大工道具のきりのようにして、摩擦で火を起こすのでしたよね」


 潮見夕夏しおみゆかが、俺が手にしたものを見て言った。


「おっ、潮見さんは詳しいね。これがシンプルでやりやすいかなって思ったんだ。他にもヒモとか弓みたいな道具を使う方法もあるらしいけど、今の俺たちじゃ用意できないもんね」

「ああ、そうですね。色々な方法があっても何の準備もなく遭難したら、できることは限られていますよね。ただ、きりもみ式ってすごく大変らしいと、聞いたか読んだ気がするのですが」

「そうなの、夕夏ちゃん? 火起こしって、ドキュメンタリーとかで伝統的な生活をする人がシュシュっとやってるイメージなんだけど」


 両手をこすり合わせるような動作をしながら、浜本美波はまもとみなみは不思議そうな顔をした。


「まあ、俺も初めてだけど試しにやってみるよ。ありがたいことに、この島は暖かいから火がないと凍えるってこともないからね。里芋っぽい芋……面倒だから里芋って呼ぶけど、焼くのは浜本さんに任せていいかな」

「うん、あたしも焚き火で里芋を焼いたことなんてないけど、ちょっとワクワクしてきた」

「ふふ、外で何かを焼いて食べるような経験ってあまりないですから、わたしも楽しみです」


 期待している様子の女の子たちを見ていると、悪くない気分になってくる。想像だが、石器時代では火を起こすのが上手い人間は頼りにされていたのではないだろうか。21世紀の人間としても、良いところを見せたいものである。


  ***


 イメージとやってみるのでは、大きな差があった。適当に見つけてきた板っぽい木材と棒切れでは、うまく力を入れることができないのである。気を取り直して、石のナイフで板にくぼみを作り、棒の先をとがらせるとそれっぽくなった。


「がんばって、守川君。あたしたちとお芋のために」


 火を起こそうと奮闘していると、里芋を握りしめた浜本さんが応援してくれる。芋のためといっても、火がついたら焼かれる運命なのだが。


「やはり大変そうですね。見ているだけで申し訳ありませんが、がんばってください」


 潮見さんは、ぎゅっと手を握りしめながら見守ってくれている。笑顔を返したかったが余裕がない。

 木の棒をきりのように使っていると、額から汗が流れてきた。それなりに長い時間やっているが、火がつくような気配はない。現代の日本で、女の子に応援されながら火を起こそうとする人間は俺ぐらいなものだろう。この状況をおかしく思いつつ、俺は気合をいれた。

 木の板に穴をを開けてやるつもりで、激しく摩擦する。


「あっ、もしかして、煙が出てない? すごい、すごい」

「はい、これはもうすぐ火が起こるのではないですか」


 うっすらと漂いはじめた煙に女の子たちがはしゃぎだす。あと少しだと思ったのだが、俺は重大なミスに気づいてしまった。自然と手が止まってしまう。


「えっ、どうしてやめちゃうの? もうちょっとだよ、ファイト」

「浜本さん、大事なことを忘れてたよ。これで小さな火が起こっても、移す先が無いよ」

「あっ……」


 この場に居た全員の動きが止まった。いくら木の板を擦ったところで、炎が上がるわけではないのである。


「燃えやすい物を用意しておかなくてはいけなかったですね。……そもそも、火を起こす前に焚き火の準備をしておかないとすぐ消えてしまいます」

「あはは……燃料がいるよね。あう、コンロみたいに火がつけばオッケーってわけじゃないんだった。……守川君は、休憩しててよ。あたしと夕夏ちゃんで、焚き火の材料を集めてくるから」

「は、はい、のんきに応援している場合ではなかったですね。すみません、行ってきます」


 女の子たちは申し訳なさそうな表情を見せたあと、急ぎ足で森へと消えていく。俺は彼女たちの姿が見えなくってから、地面に寝転ぶことにした。

 疲れた身体に、地面の感触が心地よい。火起こしは思っていたよりも重労働で汗をかいてしまっていた。ゆっくりと流れていく雲を眺めながら、俺はため息をついたのだった。


  ***


 今度は念入りに準備をすることになった。俺は木くずを集めて板のくぼみにおき、潮見さんは燃えやすそうな枯れ草を用意してくれていた。浜本さんは、枯れ枝や枯れ葉を集めて焚き火の準備をしている。あれこれやっていると、太陽が傾き夕方になってしまっていた。

 積み重ねた枯れ枝の周囲を、風よけに石で囲ったところで、再び火起こしにチャレンジする。


「ふう、何事も準備が大事だよね。じゃあ、気合を入れてやるかあ」


 女の子たちがうなずくのを確認して、俺は火起こし作業に取り掛かった。

 一度いいところまでいったので、火がつくか半信半疑でやっていた初回よりは気が楽である。それに、なんとなくコツもつかめたような感じもする。俺は体重をかけて、棒を板に押し付けるようにして摩擦を続けた。額に汗が浮いてきたところで、煙がただよってくる。


「良い感じですよ、守川さん。わたしが、枯れ草に火をつけてみますから、もうちょっとがんばってください」


 すかさず、潮見さんが慎重な手付きで枯れ草を近づけてくる。しばらくは何も起こらなかったが、急にポッと火がついた。


「これで十分でしょうか……あとはこれは……あっ、熱つっ、えいっ」


 潮見さんは、小さな火種を両手で包むようにして枯れ木を集めたところへ移した。火は一瞬消えそうになったが、枯れ葉に移って燃え始める。


「やった、あとは枝が燃え始めれば成功だね。ええと、もうちょっと枯れ葉を足すね」


 浜本さんが、手ですくった枯れ葉を振りかけるとパチパチと音を立てながら火が大きくなる。乾燥していたのか枝も、すぐに燃え始めた。火がつくまでは大変だったが、一度燃え始めればあっという間である。


「火がついただけなんだけど、謎の感動があるな。ライターとか無しに火を起こすのがこんなに大変なんだって思わなかったよ」


 薄暗くなってきた中で、焚き火の明かりが周囲をほんのり照らし出している。俺は、手頃な枯れ枝を焚き火にくべた。


「お疲れさまでした。焚き火を見ているとなんだかホッと安心できますね。今までは暗くなったら寝るだけでしたけれど、こうしてお話もできますし嬉しいです」


 潮見さんは、穏やかな表情で微笑んだ。ゆらめく火に照らされた彼女は、少し大人びて見えた。


「ふっふっふ、ただ火がついただけじゃないよ。このあたしが、焚き火でお芋を焼いちゃうからね」

「浜本さんは、お芋担当かあ」

「ちょっと、守川君。あたしが食べ物のことばかり考えている人みたいに言うのはやめてよ。うまく焼けても食べさせてあげないからね」

「あっ、それはやめてくれ。……うん、焚き火でお芋を焼くのって難しそうだけど、がんばってよ浜本さん」


 せっかく苦労したのだから、ちょっとぐらいは味わいたい。


「すみません、わたしはほとんど見ているだけでしたよね。手伝うことがあったら言ってください」

「夕夏ちゃんは、いいんだよ。枯れ草とか枯れ葉を地道に集めてくれたからね。あたしはさあ、火ってもっと簡単につくと思ってたんだ。枯れ葉が少なかったら、危なかったかも」

「おいおい、火を起こすの大変だったんだぞ。……まあ、みんなのおかげってことか」


 焚き火の明かりの中、みんながうなずいた。

 俺は空に昇っていく煙を見ながら、苦労しただけの価値はあったなと思ったのだった。

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