第16話 南の島でやりたいこと
太陽が昇るのにあわせて目が覚めた。この島に来てからは、自然のサイクルに合わせて生活している。昔の人も同じようにしていたのだろう。
俺たちは水場で顔を洗い、パパイヤの木を見て食べ頃のものがないかチェックした。ここ最近の日課である。青い海に目を向けたが、やはり船の姿は見えない。
「あのう、今になって思いついたことがあるのですが。その、もっと早くにしておくべきだったというか……」
「どうしたの? 俺たち何か忘れてたっけ」
俺は
「あのですね……わたしたちは、捜索隊がこないか海や空を見ているじゃないですか。ですが、航空機や船舶を発見しても自分たちの存在を知らせることができないと思うのです」
「ん、どういうことなの? 飛行機とか船を見たら、手を振ったりしたらいいんじゃないのかな」
浜本さんはピンときていないようだが、俺は潮見さんの言いたいことに気づいた。
「そうか、捜索隊が運良く通りかかっても、俺たちの姿に気づかない可能性があるのか。飛行機はある程度の高度で飛ぶだろうし、船だって島に接近しないと人間が居るってわからないよな」
「はい。それに、捜索隊以外がたまたま通りかかったような場合だと、よほど運が良くないと見つけてもらえないと思うのです。この島はおそらく無人島ですから、人が居るなんて思ってもいない可能性があります」
「あう、言われてみればそうだね。飛行機から見れば、あたしたちなんて豆粒ぐらいだろうし。ど、どうしよう」
俺たちは捜索隊が来るのを待ち望んでいたが、やってきたときのことを考えていなかったのである。映画などでは発煙筒を使ったりしていた気がするが、ここには代わりになりそうなものすら無い。頭を悩ませていると、潮見さんが静かに口を開いた。
「浜辺の流木を使ってSOSの文字を作るのはどうでしょうか? 捜索のメインは航空機からになると思いますから、空から見て分かるようにしておけば良いと思います。船舶から見ても、人の手によるものだと思ってもらえれば探しにきてくれるのではないでしょうか」
「さすがだね、潮見さん。たしかに、無人島に人工物っぽいものがあれば不思議に思うよね」
俺は素直に感心した。いちいち海をチェックするのではなくて、目立つサインを残しておけばよかったのだ。浜本さんも、しきりにうなずいている。
「よしっ、今から作ろうよ。遅すぎるなんてことはないし、思いついた今の機会にやってしまおう」
今日の予定は、砂浜にSOSの文字を作ることに決まったのだった。
***
作業は意外と早く終わった。材料となる流木がたくさんあったのと、文字がシンプルだったからである。長さがそろっていない部分もあるが、遠くから見ても文字らしきものに見えるだろう。
海を眺めながら休憩していると、浜本さんが波打ち際で何かを拾っていた。
「浜本さん、何か見つけたの?」
「ヤシの実……だったものかなあ。丸っこいのがあったから拾ってみたんだけど、朽ちてぼろぼろになってるの、残念」
彼女の手にあったのは、穴があいたバスケットボールのような物体である。ずいぶん前に打ち上げられた物なのか、色もあせていた。
「ヤシの実かあ、新鮮なものなら食べられそうなのになあ。俺、一度はココナッツジュースを飲んでみたいんだよな」
「あたしも飲みたいなあ。南国のリゾート地で、ヤシの実にストローを刺して飲むってあこがれるのよね。このぼろぼろの実は、遠くから流されてきたのかな」
浜本さんは、複雑そうな表情で青い海を眺めた。ヤシの実を、流れ着いた自分たちに重ねているのかもしれない。俺もなんとも言えない気分になった。
「案外、近くから流れてきたのかもしれませんよ」
感傷的な気分になっていると、潮見さんが意外なことを言った。彼女は、俺たちが歩いてきたところはとは別の方向を指差す。
「あれって、ヤシの木だと思うのですけれど。遠くてはっきりとはわかりませんが、実もついているように見えますね」
「……本当だ」
これは見落としていた。南の島だからヤシっぽい木がたくさんあるなと思っていたが、本物があったとは。
浜本さんが、何かを訴えるかのように俺を見ている。どうやら、これからの予定が決まったようだ。
***
俺たちがシェルターを作った場所から、少し歩いた浜辺にヤシの木がたくさん生えていた。高く伸びた幹のてっぺんには緑色の葉が茂り、大きな実がいくつもついている。透き通った青空を背景にしたヤシの実は、とても魅力的に見えた。
「遠くから流れてきたヤシの実が、ここで芽を出したのかもしれませんね。そして、新しく実ったものが流れていくと考えるとロマンを感じます」
「うんうん、そうだね夕夏ちゃん。……ところで、ヤシの実ってずいぶん高いところにできるんだね。あう、都合よく落ちてたりは……しないよね」
浜本さんは、ロマンより食欲を優先しているようである。俺も彼女に賛成ではあるのだが、近くから見るヤシの木はかなり高い。
「登れないかな? ふうん、幹はつるつるじゃないから、でこぼこしたところに手や足を引っ掛けることはできそうだな」
「だ、駄目ですよ。守川さんっ」
俺がヤシの木に手をかけようとすると、潮見さんがすごい勢いで止めにきた。
「えっ? 何か、まずいかな」
「この木はかなりの高さがあります。落ちて怪我をしたら、取り返しがつかないことになりますよ。よく考えて下さい、ここにはお医者さんも薬も無いのです」
「ああ、そっか。ねん挫とかでも、まずいよな」
「はい、骨折でもしたら大変なことになってしまいます。どうしても手に入れなくてはならないものではないのですから、無理はやめましょう」
少し大げさなのではないかと思ったが、潮見さんの言うとおりだ。俺のことを真剣に心配してくれているのだろう。
「そうだね、やめとくよ。まあ、俺も本気で登ろうと思ったわけじゃないから。この高さは無理だと思うし」
ヤシの木から手を離すと、潮見さんは安心した様子を見せた。浜本さん、残念そうな表情でヤシの実を見上げている。
「他に食べ物があるのに、無理をして守川君が怪我をしたら意味がないよね。……でも、あのヤシの実、あたしたちの手が届かないっていうのに、いかにもおいしそうに見えるなあ。あう、揺らしたらどうかな」
浜本さんは未練がましくヤシの木を手で押したが、びくともしない。なんだか、高いところになっているヤシの実が涼しい顔をしているような気がして、悔しくなってきた。なんとか方法はないだろうか。
あたりを見回していると、斜めに生えたヤシの木が目についた。変なところで成長してしまったのか、木は小さなサイズである。さすがに手が届くほどではないが、他の木よりは低い場所に実があった。
「みんな、ちょっと待ってて。俺に考えがあるんだ」
女の子たちは首をかしげていたが、俺はSOSの字を作った海岸の方へと向かった。確か、使えそうなものがあったはず。
しばらくして、俺は流木をひきずってヤシの木まで戻ってきた。
「ほら、あそこの低いヤシの木なら、これで届くんじゃないかな。やってみるよ」
「わあ、やるじゃない。憧れのココナッツジュースが飲めるかも」
「良いアイデアですね。これなら危なくないですし」
俺は、上機嫌な様子の女の子たちと低いヤシの木まで移動した。浜本さんだけでなく、潮見さんもわくわくしているような感じである。あまり表には出さないが、彼女も楽しみにしているようだ。
ヤシの木を見上げると、俺は気合を入れて流木を握った。
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