第3話 最初の1歩

 夕陽が水平線に消えると、あたりは急速に暗くなってきた。しかも、海からの風までが強くなってきている。なんとか救助が来てくれるのではないかと願っていたが、海にも空にも人工的な明かりは全く見えない。

 俺は、どうしていいかわからない様子の浜本美波はまもとみなみ潮見夕夏しおみゆかに声をかけた。


「このままだと体力を消耗するから、どこか風がしのげる場所に移動しよう」

「そうですね。でも、どこに行けばいいのでしょうか?」


 潮見さんは、海と陸地を交互に見て困ったように首をかしげた。明るいときは濃い緑色だった森も、今は黒い塊にしか見えない。


「暗い中で移動するのは危険だから、あそこの岩場に行こうか。大きな岩があるから、身を隠すぐらいはできると思うんだ」

 

 俺は、少し前に周囲を見渡すのに登った岩を思い出して、彼女たちを先導して歩き出した。



 幸いなことに、2メートルぐらいの高さの岩にちょうど良い割れ目があった。天井になるようなものはないが、浜辺で立ち尽くしているよりは、ずっとましだろう。

 女の子たちを奥に座らせて、俺は割れ目の入り口に陣取った。


「ひとまず明るくなるまでは、ここで休もうか。何かあったら俺が外を確認するから、2人はゆっくりしててね」

「あっ、うん……その、あたしたち大丈夫だよね。ううん……ありがとう、ごめんね」


 浜本さんは、か細い声で不安げに言った。彼女は出会ったときから喜んだり落ち込んだりと、感情の浮き沈みが激しいタイプなのかなと思ったが、この状況で不安定になっているのかもしれない。

 むしろ年下の潮見さんの方がしっかりとしているように感じられる。だが、小柄な体格の彼女は身体が丈夫ではなさそうで、流されてきた影響もあって疲れているようだ。

 2人の女の子は身を寄せ合うようにしていたが、そのまま眠り込んだようである。俺は1人、空を眺めることにした。


 夜空はきれいに晴れていた。驚くほどの数の星が輝き、美しいのだが、どこか見張られているかのような居心地の悪さがある。波と風の音も大きくて、自然の中で身体一つでいることの不安がかきたてられてしまう。ふと、両親のことを思い出して切なくなったが、今の状況ではどうしようもない。


「……しっかりしないといけないな」


 俺は、離れたところで小さくなっている女の子たちを見て、静かにつぶやいたのだった。


  ***


 いつの間にか眠っていたようで、気がつくと周囲は明るくなり始めていた。

 岩の割れ目から外へ出てみると、太陽が昇るところである。こんな状況にもかかわらず、朝陽に染まる海と浜辺は感動的に美しかった。暗い色だった海と空が鮮やかに色を変えていく。

 輝きだした太陽に照らされていると、なんだか前向きな気分になってきていた。まあ、遭難はしたが命は助かったわけだし、すぐに救助がやってくる可能性だってある。新しい1日の始まりだ。


 女の子たちも起きてくると、目の前の光景に歓声を上げた。昨日に比べて、いくらか元気になったようである。

 そこで、俺は今まで考えていたことを切り出すことにした。


「いきなりなんだけどさ、俺たちは移動した方がいいと思うんだ」

「えっ、どうして? あたしは、こういうことに詳しくないんだけど、下手に動かないで救助を待ったほうがいいんじゃないかな」


 浜本さんが首をかしげるのにあわせて、ポニーテールの髪がぴょこんと揺れた。気分は上々のようである。


「それはね……」


 俺は事情を説明しようとして、少し迷った。昨日の彼女の様子を思い出して、変に不安がらせない方がいいかと考えたのだ。


「あのう、たぶん気を使ってくださっているのだと思いますが、遠慮せずに話してください。わたしたち、みんなで協力してこの状況をなんとかしないといけないのですから」


 潮見さんは、そう言ってじっと俺の顔を見た。やはり彼女は年下だけど、しっかりしているようだ。


「それもそうか。……じゃあ、正直に言うんだけど、このままだと食料が問題になると思うんだ。特に、水を早めに見つけないとちょっとまずいことになるよ。昨日は、遭難したショックであまりお腹がすくとか感じなかったけど」


 俺の言葉に、女の子たちはハッとしたようだった。太陽は周囲を鮮やかに照らしているが、すぐに暑くなってくるだろう。


「あう、あたしたちって流れ着いてから何も食べてなかったよね。言われてみれば、のどがかわいてるかも。海の水はいくらでもあるけど、塩分が含まれているから当然ダメだよね。ど、どうしよう?」

「ああ、水の確保は最重要ですよね。ですが、わたしたちには道具もありませんから、海水を蒸留することは無理ですし……何か方法は……」


 心配していたほどではなかったが、女の子たちはいくらか動揺してしまったようだ。俺は、努めて明るい声を出すことにした。


「水のことをずっと考えてたんだけど、ちょっとあれを見てよ」


 俺は、陸地の奥にある、こんもりとした山を指差してみせる。


「ここってさ、熱帯みたいな木が生い茂ってるよね。つまり、雨がよく降るってことだと思うんだ。それで、降った大量の雨はどうなるかっていうと、地面に染み込んで谷とかの低い地形に流れていくんじゃないかな。だから、それらしいところを探せば沢とか小川が見つかるかもしれない」


 昔、両親と山へハイキングに行ったときに、父さんが説明してくれたような記憶がある。何の確証もない話ではあったが、女の子たちは感心してくれたようだった。


「すごいね、守川君ってサバイバルのテクニックとかに詳しいの? あたしは全然思いつかなかったよ」

「いや、詳しいってわけじゃないよ。今の俺たちだと、飲める水を探すのってこれぐらいしかないって思ったんだ」


 浜本さんは、ぱっと顔を明るくしてコクコクとうなずいてくれた。潮見さんは静かに山を眺めてから、俺の顔を見た。


「理にかなっていると思います。とにかく、ここにとどまっていても水が得られる可能性はゼロですから、わたしも移動することに賛成ですね。捜索隊がわたしたちの場所を知っていれば、とどまることも有効かもしれませんが、そうではないでしょうし」

「そうか、言われてみれば捜索隊は俺たちの位置がまだわかってないんだろうなあ。うん、移動して可能性のある方にかけてみようか。浜本さんも、これでいいかな?」


 俺が問いかけると、彼女はきゅっとこぶしを握った。


「もちろん、賛成。ただ待つよりも、行動するほうが、あたしに合ってるし。ようし、がんばるぞ」


 こうして俺たちは、水を求めて探索を開始したのだった。

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