第4話 探索開始
漂着した俺たち3人は、砂浜をゆっくりと歩いている。
「太陽の向きからすると、わたしたちがいるのは島の北側ですね。あっ、島とは限らないですけれど……いえ、場所的には日本のかなり南のはずですから、島と考えて間違いないでしょう」
「そうだね、あたしたちって、そもそも南の島に流星群を見に来たんだったもんね。あー、あそこの岩を越えたら港とか人が住んでる小屋が見つかったらいいのになあ」
俺たちが流れ着いた場所は岩が多くて視界が悪く、森の方へ近づくにも崖があるので、海岸を移動することにしたのだ。頭の中で地図を思い浮かべると、島の北側の海岸を反時計回りに歩いていることになる。
「それにしても景色がきれいだねー、南国のリゾートって感じ。スマホが壊れてなかったら、絶対に写真を撮ったのになあ。ふう、ちょっと暑くなってきたから上着を脱いじゃお。みんなも楽な格好した方がいいんじゃない」
浜本さんは、どこか楽しそうにアウトドア用のパーカーを脱いで腰に巻き付けた。俺もジャケットを脱いでみて、周囲が結構な暑さであることに気づく。実は、かなり緊張していたのかもしれない。
「あっ、涼しくていい感じだな。暑いといえば暑いけど、海と山がうまく温度を吸収しているのかな、すごしやすいね」
「でしょ、でしょ。あっ、救出されたら守川君も夕夏ちゃんも連絡先を教えてね。せっかくの縁なんだし……うーん、先にショップで新しいのを買わないといけないのかな」
「浜本さんは、元気っていうか、ポジティブだね」
俺は気が抜けるのを感じた。潮見さんも、上着を丁寧にたたみながら笑っている。
「でしょ、でしょ。ときどき、空気が読めてないとか言われるんだけど、悲観的になっても良いことはないからね」
「なるほど、浜本さんって良いこと言うね。俺は、落としたスマホをどうするかなんて考えもしなかったけど、それぐらい楽天的な方がいいのかも。……あっ、皮肉とかじゃなくて本当に感心してるからね」
「むう、なんだか馬鹿にされてような気がするんだけど」
ぷくっと頬をふくらませた浜本さんではあるが、機嫌は良さそうだ。
俺は、今日中には水だけでも確保したいと焦っていたのだが、固くなっていた気持ちがほぐれていくように感じた。現実の環境は厳しいが、気持ちぐらいは前向きにした方が良いのかもしれない。
何か役立ちそうなものをないか見ながら進んでいくと、海で魚が跳ねた。
「おっ、魚か。昔、アウトドアの本で魚から水を得る方法みたいなのを読んだことがあったなあ」
「そんな方法があるんですか? 海水魚でも可能なのでしょうか」
思わずつぶやくと、潮見さんが興味深そうに俺の顔を見た。
「どうだったかなあ、海水魚でも出来るかもしれない。ただ、やり方っていうのが、魚を捕まえてしぼるっていうやり方なんだ。ぎゅっと魚を圧迫して、魚の口から出てきた体液を飲むみたいなことが書いてあったと思う」
「なるほど、体液なら海水よりは塩分濃度が低いのかもしれませんね」
「うええ、それって絶対に生臭いと思うよ。あたしは、遠慮したいなあ。あう、でも水が見つからなかったら……」
俺と潮見さんの会話を聞いた浜本さんは、悲鳴のような声を出した。
「まあ、俺も言ってはみたけど無理だよね。そもそも道具も無しに魚を捕るなんてできないし、しぼって得られる水ってちょっとだけだと思うんだ。労力がかかりすぎるよ」
「そ、そうだよね。やっぱり真水は、海じゃなくて陸で探した方がいいと、あたしは思うよ」
「もしかして浜本さんって、魚が嫌いなの」
「そうじゃないけど。むしろ、お刺し身とかは好きだけど、生の魚をしぼった液体ってハードすぎると思うよ」
「俺もできればやりたくないな。だいたい、水は無いけど生きた魚を捕まえられるっていう状況が限定的すぎると思うんだ」
緊張感の無い会話をしつつ、俺たちは海岸を歩いていく。状況は相変わらずだが、みんなと話していると何とかなりそうな気がしてくるのが不思議だ。
大きな岩を回り込むようにしてよけると、一気に視界が開けた。
きれいな砂浜がずっと続いていた。ゴミは1つもなく、流木や海藻が打ち上げられてはいるが、それすら美しい景色の一部となっているようだ。全体的になだらかな地形で、砂浜は途中から緑の草原に変わり森へと続いていた。奥にそびえる山は、結構な高さに見える。
「この島は、思っていたよりも大きいようですね。守川さん、水場が見つかるでしょうか?」
「う、うん。ちょっと、ありそうなところがないか眺めてみるよ」
景色に見とれていた俺は、潮見さんの声に本来の目的を思い出した。隣で歓声をあげていた浜本さんは、やや気まずそうに黙り込んだ。プレッシャーを感じるが、あえて落ち着いて地形を観察することにした。昔から、父さんは「落ち着いて行動しなさい」と口癖のように言っていた気がする。他にも「緊急時ほど理性が大事だ」とも。
そんなことを思い出しながら、山を見つめていると意外に起伏があることに気づいた。木々が生い茂っているのではっきりとはわからないが、尾根らしき部分があり、逆に谷っぽく見える場所もある。昔、山にハイキングに行ったときに沢があったのもあんなところだったような。
「うーん、あのあたりかな? このまま、木がまばらに生えている草原を抜けて森に入ったところかな。こんなことは初めてだから、自信はないんだけど。確か、尾根と尾根の間に水が流れるんだったかな」
「そうですね……距離も近いですし、わたしは行ってみる価値があるんじゃないかと思います」
潮見さんは、俺の顔をしっかりと見てうなずいた。落ち着いた様子の彼女に賛同してもらえると心強い反面、これでいいのだろうかという不安も感じてしまう。水がない状態で、あとどのくらい行動できるのだろうか。気にしないことにしていたが、今でも結構のどが渇いているのである。
葛藤していると、横から陽気な声が聞こえてきた。
「よーし、じゃあ行こっか。2人もすごいね、あたしはよくわからなかったけれど、言われてみれば小川みたいなのがありそうに見えるよね」
「いや、浜本さん。そんなにあっさり決めていいの? 俺は素人だよ」
「うん? 水場を見つけるプロなんて居るのかなあ。砂浜を歩き回っても海水以外の水は見つからないと思うし、このあたりで森の方へ行ってみるのっていいんじゃない? 見つからなくても、何かわかるかもしれないし」
「なるほど。いずれ、何かしら決断しないといけないってことだしな」
「んー、そんなに大げさなことを言ったつもりじゃないんだけど……」
確認のために潮見さんの方を見ると、彼女は笑顔でうなずいてくれた。
それにしても、楽天的な浜本さんと落ち着いた潮見さんでなかなか良い組み合わせなのかもしれない。こういう事態において慎重さは大事だが、肝心なときに行動できないのも困るのだ。
「よし、行くか」
俺たちは砂浜を離れ、本格的に陸地の探索を始めたのだった。
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