第5話 島で初めての食事
砂浜から陸地の方へと足を進めると、地面に草が増えてきた。大抵の植物は塩分に弱いらしいから、海から離れるほどに緑が増えていくのだろう。俺は女の子たちの様子をさりげなく観察してみたが、2人とも元気なようである。
「海もきれいだけど、陸地もなかなかだよね。あっ、木が生えてるよ。なんだっけ、ソテツだったかな、いかにも南国って感じだね」
「木が少しずつ増えてきましたね。やはり、雨が多い島なのでしょうか。木から水分を得る方法……なんてものがあればいいのですが」
「木から水分かあ。水は含んでそうだけど、今の俺たちだと道具がないから難しいだろうね。ヤシとかの水分の多い木の先端を切り落とすと、断面から水がしたたってくるって話を聞いたことがあるけど、この木は硬そうだからなあ」
「ああ、そうでしたね。今のわたしたちは、道具も持っていないのですね」
俺と潮見さんはため息をついたが、浜本さんは何やらファイテングポーズをとっている。
「ねえ、道具がないんだったらキックしてみたらどうかな。ようし、ちょっと試してみるね」
「いやいや、伝説の格闘家でもないかぎり無理だよ。このソテツっぽい木なんて樹皮がうろこみたいになってるし、足を痛めるだけなんじゃない」
「あう、無理かあ……うん、無理だね」
ソテツっぽい木を触った浜本さんは、あっさりと引き下がった。思わず吹き出しそうになったが、俺たちは簡単な道具すら持っていないことを実感させられて落ち込んでしまう。
「せめてナイフでもあればいいのになあ」
俺は、硬そうな葉っぱを引っ張ってみた。これですら素手でちぎり取るのは苦労しそうだ。もっとも、葉っぱを集めたところで水が手に入るわけではないのだが。
「んっ? あれは、何だろ」
葉っぱを触っていると、離れたところに奇妙な木があることに気づいた。
高さは俺の身長より上ぐらいで、ヤシの木を小さくしたような雰囲気である。それだけだと普通なのだが、変わっているのは幹から直接ついているような大量の実だった。緑色で楕円形の実が、幹に吸い付くようにびっしりとついている。
見たこともない木に戸惑っていると、女の子たちも俺の視線に気づいたようだった。
「わあ、もしかして、これって……」
浜本さんは目を輝かせながら、謎の木へと駆け出していく。
「ちょっと、待ってください。知らないものに、みだりにさわらない方がいいんじゃないですか? 毒があったら大変ですよ」
「そうだよ、俺はこんな木とか見たこと無いよ」
俺と潮見さんは、慌てて浜本さんを追った。当の本人は、興味深そうに緑色の実を触ったり、ぺちぺちと軽く叩いたりしている。
「んっ、2人ともそんなに慌ててどうしたの? どれがいいかなあ、黄色くなって適度にやわらかくなってるのがあったらいいんだけど」
「ちょっと、浜本さん。それが何だかわかってるの? うかつにさわらない方が……」
「何って、パパイヤでしょ。あれ、パパイアだったかな……ま、どっちでもよかったはず」
あっさりと断言されてしまって、俺は動きが止まってしまった。潮見さんも、きょとんとした表情で首をかしげている。浜本さんは得意そうに胸を張った。
「お料理の本で見たことがあったのよね。熟してない青パパイヤは、炒めものとかサラダに使えるんだって紹介されてたよ。でも、今はお料理は無理だからこの黄色くて良い感じのを……えいっ」
浜本さんは、果実のうちで黄色いものを木から取って俺と潮見さんに配ってくれた。受け取ってみると、意外と大きい。
「ささっ、守川君。遠慮せずに、がぶっといってよ」
「ありがとう……でも、浜本さんは食べないの?」
「えーと……ほら、女子的にガツガツするのはちょっとアレかなって。包丁がないから皮をむくこともできないし。あっ、守川君が第一発見者だから、発見者特典ということで」
「ま、まあ、いいんだけど」
渡された果実を観察してみると、スーパーの果物コーナーで見たことがあったような気がした。パパイヤか、フルーツの盛り合わせで食べたことはあったかもしれないけれど、単品は初めてだ。
野生のものなので、一気に口に入れない方がよいだろう。俺は、軽くかじってみることにした。
「おっ……これは」
最初は少し苦味を感じたが、クセのない甘みが舌に広がった。果実は食感が良くて食べごたえがある。噛みしめたときにあふれた果汁が、すっと喉にしみこんでいく。
「おいしい、これはうまいよ」
俺は、遠慮なくがぶりとパパイヤにかじりついた。身体にしみわたっていくような、感動的な美味しさである。考えてみれば、昨日から何も食べていなかったのだ。久しぶりかつ、島で最初の食事である。俺は口元が汚れるのも気にせず、むさぼるようにして食べた。
女の子たちは少しずつ上品に食べていたが、すぐに大胆な食べ方に変わっていく。俺の視線に気づいたのか、潮見さんは顔を赤らめた。
「あっ、その、お腹が減っていて、つい。は、恥ずかしいです」
「夕夏ちゃん、そんなの気にしなくていいんだよ。美味しいものは、好きなように食べるのが一番だから。だいたい、守川君が真っ先にがっついてたじゃない」
「それはさあ、浜本さんが発見者特典って言ったからじゃないか」
「まあ、それはそうだけど。あむっ……何ていうか独特な匂いがあるね……はむっ」
なんだかんだ、3人とも話している間も食べるのをやめられない。俺たちは互いに笑いながら、パパイヤを味わったのだった。
ある程度お腹が満たされたところで、一応は水を見つけるという目標を達成したことに気づく。水は水だけで欲しいというのはあるが、このパパイヤでなんとかしのげそうではある。むしろ、食料も同時に発見できたのだから幸運だと言えるだろう。
俺たちは、お腹がふくれたこともあって休息を取ることにした。
青い空にひとかけらの雲が浮かんでいた。飛んでいる物体は鳥だけで、救助の航空機の姿は全く見えない。それでも、食事をしたことで気持ちにだいぶ余裕ができた気がする。
俺たちは、まばらに生えた木の影に座り込んでいた。
「ふう、浜本さんが料理好きで果物に詳しくて良かったよ。俺は、パパイヤがあんなふうに木についてるなんて全然知らなかったからさ」
「わたしも驚きました。パパイヤだってわからなかったら食べるのに勇気が必要だったと思います」
「ふっふっふ、感謝されるのって悪くない気分。ねえ、こうやって眺めてるとパパイヤっぽい木がぽつぽつ生えているから、しばらく食料は大丈夫そうだね。栄養がかたよっちゃうけど」
浜本さんの言う通り、パパイヤの木は周囲にいくつかあって沢山の実をつけている。最初に見つけたときは大発見した気分だったが、この島では珍しくないのだろうか。
「パパイヤって、こんなに生えているものなのかな? 俺たちにとってはありがたいことなんだけど」
ふと、疑問を口にすると、浜本さんがにこにこしながらこちらを見た。
「パパイヤって、わりと成長しやすい植物らしいよ。南の国とか沖縄だと、普通に家の庭に生えてたりするんだって。うらやましいよね」
「そうなんだ。ありがたみが減った気がするけど、良かったよ」
「わたし、沖縄に住むことになったら、お庭にパパイヤをたくさん植えることにします。いざというときに安心ですから」
潮見さんが真面目な顔で言ったので、俺と浜本さんは顔を見合わせて笑った。
笑いながら、それも悪くないなと思ったのだった。
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