第6話 水平線までどのくらい
俺たちは、木陰でゆっくりと休憩していた。ひとまず食料は確保できたということもあって、ほっとして気が抜けてしまったようだ。
太陽は高いところにある。今は何時だろうとスマホを取り出そうとして、無くしてしまったことに気づく。今の俺たちは、正確な時間を知ることすらできないのだ。
「水平線までどのくらいあるんだろ? 船どころか島も何も見えないね。あたしたちって、ええっと絶海の孤島って感じの場所にいるのかな」
「どうでしょう? 水平線までの距離って意外と短いですから、近くに別の島があるという可能性も無くはないと思います」
「えっ、そうなの夕夏ちゃん? あたし、水平線までってすごく距離があると思ってたんだけど」
「イメージ的にはそうかもしれませんね。中学校のときに三平方の定理を習ったじゃないですか、大まかですけれど地球1周を4万キロメートルとすれば、計算できますよね」
「ええっ、中学で……も、守川君は知ってる?」
浜本さんは、何やら同意を求めるような目で俺を見る。それに対して、潮見さんは不思議そうに首をかしげた。
「数学の時間に習った……と、思う。ただ、今は疲れちゃって頭が働かないから……潮見さん、水平線までどのぐらいなのかな?」
「すみません、みなさん疲れてますよね。計算は……こういうとき、スマホがないと不便ですね。確か具体的な数字は……思い出すのでちょっと待ってください」
記憶があやふやだったので適当にごまかしたが、潮見さんは俺の数学力を疑わなかったようだ。浜本さんは、俺のことをにやにやしながら見ている。くっ、数学の知識が怪しいのはお互い様だというのに。
「ええと、砂浜から標準的な身長の人が海を眺めたとして……確か5キロメートルに届かないぐらいだったでしょうか」
「そ、そんなに短いの? 5キロだと海の広さに比べたら全然見えてないじゃん」
浜本さんが驚きの声をあげたが、俺も意外だった。水平線というと、もっとスケールが大きいと感じていたからだ。
「おおよその距離ですから。ただ、今わたしたちが居る場所は海岸よりも高いですから、もう少し遠くまで見えていると思いますよ」
「そ、そうなんだ。わかったかな? 守川君」
何故か、浜本さんが俺に話をふってくる。さては、よくわかってないな。
「つまり、地球は丸いから高いところから観察した方が遠くまで見えるってことだよね。ああ、そういえば昔の船だと、見張り役の人が高いところに登っているイメージがあるかも」
「そうですね、他の船や島を見つけるには必須ですね。レーダーの開発された現代でも、水平線の向こうには届きませんから色々と工夫しているのでしょう」
潮見さんは、なかなか博識なようである。俺が感心していると、浜本さんがため息をついた。
「はあ、夕夏ちゃんって頭が良いんだねえ。あたしなんか、中学校の数学は連立方程式であきらめたから。本当にすごいね」
「いえ、そんな大したものじゃないですよ。わたしは身体が丈夫ではなかったので、昔から独りでよく本を読んでいたんです。それで、ちょっとした知識だけはあるというだけですよ。……でも、そんなの今の状況では全然役に立たなくて、パパイヤに気づいた浜本さんの方がすごいと思います。守川さんも、みんなを引っ張ってくれてすごく頼りになりますし。わたしなんて体力もなくて……」
ほめていたはずなのだが、潮見さんは何だか落ち込んでしまった。
「元気だしてよ。夕夏ちゃんて、あたしより年下なのにしっかりしてるし、知識って大事だよ。わからないことがあっても、今はスマホがないから調べられないし」
「だよね、さっきの水平線までの距離の話もためになったよ。思ってた以上に遠くまで見えないわけだから、一度は高いところから見渡してみないといけないって考えるきっけになったし。この島の山に登ってみたら、何か見つかるかもしれないね」
「ああっ、忘れてたっ」
会話の途中で、浜本さんが大声を出した。正直なところ、彼女にはもう少し落ち着きを持ってほしいものだ。
「どうしたの、俺たち何か忘れるようなことってあった?」
「水だよ、お水。ほら、あたしたちの当初の目的って、山の谷みたいなところで水を探すってことだったでしょ。パパイヤを見つけたらから何とかなるけど、あれだけで水分をとろうとしたらお腹がぽんぽこになっちゃうよ」
「……ふふっ」
ぽんぽこ、という表現に潮見さんは控えめに笑った。そそっかしいと感じることもあるが、こうして雰囲気をを明るくしてくれるのは浜本さんの良いところだと思う。俺は、太陽を高さを確認してから立ち上がった。
「まだ、夕方までには時間があるみたいだから探しにいく? 疲れてたら無理はしなくていいと思うけど」
「あたしは大丈夫だよ。カロリーも補給できたし」
「わたしも探しにいくのに賛成ですね。こういうのは余裕があるときに、動いておくべきだと思うんです。……食べて休んでいるだけだと、お腹がぽんぽこになっちゃいますし」
潮見さんは、お腹を軽く叩きながら笑った。とはいえ、小柄な彼女は、ぽんぽこなお腹とは程遠いが。
「じゃあ、行こうか。潮見さんの言う通り、今なら無理なく探索できるね。あせって迷いでもしたら大変そうだし」
俺たちは立ち上がると、海とは反対側の森の方へと向かったのだった。
***
森は、熱帯ぽい木やつる植物が生い茂っていて薄暗くなっている。しかも、遠くから眺めていたときよりも、広く奥行きがあるようだ。
「これは、何も考えずに動くとすぐに迷子になりそうだなあ」
「そうですね、意外と起伏があって見通しが悪いですし、空が見えにくいから方角もわかりにくいですね。思っていたよりも歩きやすいのが救いですが」
潮見さんが、周囲を注意深く見回しながら言った。背の高い木が日光をさえぎるためか、下草はあまり生えていない。ところどころに葉がついたままの枝が落ちているが、これは俺たちが流されたときの嵐の影響だろうか。
「あう、あたし迷路とか地図を見るの苦手なんだよね。水が流れていそうな場所ってどこだっけ」
浜本さんは、キョロキョロとして落ち着かないようだ。俺は、遠くから見た山の地形をを思い出してみる。おおむね、俺たちが歩いている方向で合っているはずだが。
「この先ぐらいだと思うんだけど、森の中に入ると感じが全然違うなあ。あまり深入りしないほうがいいかも。水が流れるような音もしないし……ん?」
俺は、少し離れたところにある場所が気になった。このあたりは丈の低い草が生えていて、地面は全体的に緑色なのだが、あそこは雰囲気が違う気がする。目をこらしてみると、岩がたくさん転がっているようだ。
「ねえ、2人ともあそこを見てよ。緑色の岩……たぶん
「やった、さっそくお水を発見だね。あたし、水も飲みたいけれど顔も洗いたいなあ」
浜本さんは、すでに水を見つけたつもりか急に元気になった。潮見さんも、明るい表情でうなずいてくれる。食料に水があれば、しばらくはなんとかやっていけるだろう。俺たちの足取りは、自然と軽くなる。倒木やら落ちた枝を避けながら歩き、小川というか沢らしき場所にたどりついた。
だが、俺たちが見つけた沢には水がほとんど流れていなかったのである。
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