第7話 飲み水を探して

 水を求めて森に入った俺たちは、沢らしき場所で立ちすくんでいた。

 いかにも水が流れていそうな地形なのだが、肝心の水が無い。いや、全く無いわけではなく、全体的に湿っていて濡れてはいるのだが、飲み水として利用するのは難しそうだ。


「ど、どうして? いかにも小さな川っぽいところなのに、水が流れてないなんてあんまりだよ」


 悲しげな声をだした浜本美波はまもとみなみは、がっくりと肩を落とした。俺も期待していただけに、同じ気持ちである。


「せっかく見つけたのになあ。……うーん、地面を掘ってみたら水が貯まらないかな」


 俺は大きな石をまたいで、沢らしき場所に降りてみることにした。


「あっ、守川さん気をつけてください。岩に苔がたくさん生えていますから、滑るかもしれませんよ」

「ありがとう、潮見さん。気をつけるよ……ん、苔がたくさん生えている?」


 潮見夕夏しおみゆかが注意してくれたのだが、何かが俺のなかで引っかかった。降りるのをやめて、少し考えてみる。

 そうだ、こけと岩だ。苔が生えているということは、水が普段から豊富にあるということではないだろうか。そして、周囲に転がる岩は水の流れによって運ばれてきたものではないかという気がする。

 今、ここに水がないのは何故だろう。しばらく雨が降っていないのだろうか。いや、俺たちが流されてきた原因になった嵐があったはずだ。森の中で、木の枝がたくさん落ちていたのは嵐の影響ではないだろう。


「……ねえ、守川君どうしたの? えーと、水がないのは残念だけど、そんなに落ち込まなくてもいいんじゃないかなあ」


 気がつくと、女の子たちが俺のことを心配そうに見ていた。


「あっ、ごめん。ちょっと考え事をしてたんだ。上流の方を確認したいんだけど、いいかな? ダメみたいだったら、すぐに引き返すから」

「何か思いついたのですか? まだ、日も高いようですから行ってみましょう」


 うなずいてくれた潮見さんに続き、浜本さんも同意してくれたので、俺たちは上流へと向かうことにした。


  ***


 沢らしき地形に沿って歩いていく。緩やかな上りなので、足元に気をつければ危険はなさそうである。


「んー、こうやって見るとますます水が無いのが不思議だねえ。……わっ、ちょっと滑りそうになった」


 振り向くと、浜本さんが恥ずかしそうに顔を赤らめた。潮見さんは、慎重に足元を確かめているようだ。


「なんだか地面が濡れてますね。それでいて、沢に水が無いのが不思議です」

「うん、あの嵐で雨が降ったはずだから、水はあると思うんだ。あんまり奥まで行かないうちに見つかるといいんだけど」


 俺たちが入ってきた森の入口あたりを見たが、地面の起伏や木々のせいで位置がよくわからなくなっていた。この沢をたどれば元の場所に戻れるが、こんなところで暗くなったら大変そうである。

 木の枝から垂れ下がるツルを払ったり、倒木をまたいだりして進んでいると、前方の沢に何かが見えてきた。


「ああっ、水路がふさがってるよ。何だろ?」


 声を上げた浜本さんが駆け出しそうになったので、俺と潮見さんで制止して慎重に近づくことにした。



 沢は、土砂や折れた木の枝で流れがせき止められていた。大きな水たまりができて、池のようになっている。あふれた水が、本来の沢とは別の方向に流れていた。


「たぶん、嵐で枝とか土砂が流されてきて詰まってしまったんだ。風が強かっただろうから、折れた枝が原因かな」

「ああ、そういうことだったんですね。ここでダムみたいなものができちゃったから、水が流れてこなかったと。すごいですね、わたしは全然思いつきませんでした」


 潮見さんが、尊敬の眼差しで俺を見つめてきた。ちょっとくすぐったい気分だが悪い気はしない。浜本さんは、パチパチと拍手してくれた。


「んー、水は見つかったけど、ここにたまっているのは、せき止められてるせいか濁ってるのよねえ。そうだ、この天然のダムをどーんと壊したら……」


 やる気に満ちた様子の浜本さんが、近くに落ちていた棒切れを拾った。俺と潮見さんは、慌てて彼女を止める。


「結構な量の水がたまってるから、そんな棒でどうこうできるものじゃないよ。一気に水が流れ出したら、それはそれで危ないし」

「んー、そっか。確かに棒でつついたぐらいじゃダメそうだよね。もっと上流に行ってみる?」


 浜本さんは、素直に棒を手放してくれた。しかし、上流に移動するにはだんだんと傾斜がきつくなってきているし、水を利用するためにここまで来るのは大変だろう。


「ダムを壊すまでしなくていいと思うんだ。俺たちが、水を飲んだり手を洗ったりするぐらいの水量があればいいんだからさ。詰まってる木の枝をちょっと引き抜けば、それで足りるんじゃないかな」

「あっ、そうだね。あう、あたしってつい考える前に行動しちゃうんだよね」


 俺は沢に近づくと、水をせき止めている枝の端っこをつかんだ。手頃な大きさだ、これを抜けば水が少し流れるかもしれない。


「気をつけてくださいね」


 心配そうに見つめてくる潮見さんに軽く手をあげると、俺は枝をつかんで力を入れた。それほど大きな枝ではないのだが、土に埋もれているせいか、なかなか動かない。つかんだ手に力を入れると、ずるりと枝が動く感触がある。慎重に引き抜いてみると、枝は思ったよりも長く大きかった。

 枝が取り除かれたことで、空いた場所に水が流れ込んでいく。


「よし、これで大丈夫かな。……あれっ?」


 水はゆっくりと流れていたのだが、だんだんと勢いが強くなってくる。葉っぱや細かい枝が流されてきたが、引っかからずにそのまま押し流されていく。こんなに強く流れてくれなくてもいいのだが。しかも、気のせいかミシミシと木がしなるような音がしているような。

 俺たちが見つめるなか、派手な水音を立てて天然のダムが決壊した。激しい水流が、土砂やら枝、大きな石までもを押し流していく。


「ふふっ、やっちゃったね、守川君。いやー、あたしでもここまでするとは思わなかったなあ」


 浜本さんが、にやにやしながら俺の腕をつついてくる。


「あの、結果的には良かったんじゃないですか。泥水が流されて、水がだんだん澄んできたように思いますし。……でも、水の圧力ってすごいんですね。うっかり水路の中で作業していたら、危なかったですよ」

「うん、まさかこんなことになるとは思わなかった。自然ってすごいっていうか、自分の行動がどういう結果につながるのか、きちんと予想して行動しないといけないね」


 俺は真面目な表情の潮見さんと、うなずきあった。水流による圧力は、思った以上に力があるようだ。浜本さんは、ちょっとバツが悪そうな顔をして流れる水を眺めていた。


  ***


 相談した結果、俺たちは流れ出した水を追うように沢を下ることにした。流れをたどっていくと、水は最初に沢を発見した場所を越え、森の入口あたりで池をつくっていた。実のところ、沢が土砂で塞がれていなければ、パパイヤを見つけたところから遠くない場所に水はあったのだ。


「よーし、このあたりを流れる水はだいぶ澄んできたね。えへへ、ちょっと味見しちゃおうっと」

「あっ、浜本さん、ちょっと待って」


 俺は、水をすくおうとしている浜本さんに呼びかけた。


「んっ、どうしたの? 泥とかも混ざってないし、きれいだよ」

「きれいに見えても、生水はやめておいた方がいいんじゃないかな」


 とっさに思い出したアウトドアの知識を口にしてみたが、同時にあまり意味のないことに気づいてしまう。


「うーん、水は煮沸しゃふつしてから飲んだ方がいいんじゃないかと思ったんだけど、今の状況だと仕方ないか。火を起こすのも難しいし、そもそも水を入れる容器すら無いもんな」

「あっ、そういうことなんだ。あう、きれいに見えるんだけど良くない細菌とかいるのかなあ」


 2人で頭を悩ませていると、潮見さんが静かな口調で話し始めた。


「状況を考えると、生水を飲むしかないと思います。パパイヤだけで必要な水分を摂取するのは大変ですし、他の方法で安全な水を手に入れることも現実的ではないでしょう。リスクはありますけれど、健康と天秤にかけると飲んだ方がプラスになるのではないでしょうか」

「なるほど、俺たちの状況からするとベストな手段は無理だから、ベターというかよりマシな選択をした方がいいってわけか」

「ええ、救助が来てくれることを考えると、渇きに苦しむよりも、お腹が痛くなるかもしれないと覚悟を決めて飲んだ方が良いと思います」


 潮見さんの話は、理にかなっているように感じた。


「人間は、水を飲まないと数日しか持たないって聞いたことがあるもんな。よし、飲もうか」


 俺たちは、互いにうなずきあって水をすくった。おそるおそる、透き通った水を口に運ぶ。


「……あっ、うまいな」

「んっ、冷たくておいしいね」

「実はわたし、のどが渇いていたんですよね。もうちょっと……」


 覚悟して口に運んだ水だが、今までに飲んだ水のなかで一番おいしく感じた。おそらく身体が水分を求めていたのだろう。いくらでも飲めそうな気がする。

 気がつけば3人とも夢中になって飲んでしまい、あとで我に返って反省することになったのだった。

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