第8話 食料の次に

 水場を発見した俺たちは、パパイヤの木が生えていた草原に戻ってきた。

 捜索隊の船が来ていないか、気になったのである。じっくりと眺めたが、鮮やかなブルーの海が太陽の光を受けてきらめいているだけだった。美しい風景なのだが、俺たちの状況を思うと憂鬱な気分になってしまう。


「捜索隊……来ないね」


 浜本美波はまもとみなみが、寂しそうに言った。普段は明るい彼女がこういう態度になると、周囲もしんみりとしてしまう。


「わたしたちがこの島に居ることを知らないでしょうから、別の海域を捜索しているのかもしれませんね。つい、海が気になってしまいますけれど、広範囲の捜索だと航空機の方が可能性が高いでしょうか」


 励ますような口調で言った潮見夕夏しおみゆかは、まぶしそうに空を見上げた。俺もつられて空に目を向けたが、浮いているのは雲と鳥だけである。

 さりげなく女の子たちの様子を観察してみたが、2人とも疲れてきているようだった。昨日は岩の影で夜を過ごし、今日は早朝から歩き回っていたから無理もないだろう。

 だが、そのおかげで当面の食料と水を発見することができた。ならば、俺が今すべきことは何だろう。


「ねえ、2人もしばらくここで休んでてよ。ちょっと、思いついたことがあるから海岸の方へ行ってこようと思うんだ」

「えっ、それなら、わたしたちも手伝いますよ」

「いや、試したいことがあるんだけどうまくいくかわからないんだ。遠くには行かないから、潮見さんと浜本さんはここで救助隊がこないか見張っててよ。見逃したら大損だからさ」


 ついてこようとする2人を止めると、俺は素早くこの場を離れたのだった。



 砂浜に移動すると、沢山の流木が打ち上げられていた。俺は、その中から手ごろで使えそうなものを探す。乾燥していて、頑丈そうなものがあれば良いのだが。

 幸い、良さそうなものが2本見つかったので、俺はそれを持って女の子たちのところへ戻ることにした。手に持つのは難しいので、引きずりながら木材を運ぶことにする。なかなか大変な作業ではあったが、昨日の夜、身を寄せ合うようにしていた2人の姿を思い出して気合を入れたのだった。



 2人のところへ戻ると、浜本さんが俺の姿を見て目を丸くした。


「えっ、そんなの持ってきてどうするの? 何か作るとか」

「まあ、ちょっと見ててよ」


 俺は適当な場所で、2本の木材を斜めに組み合わせてみた。少しバランスは悪いが、どうだろうか。いや、もっと安定させたいな。


「もしかして、簡易シェルターを作るつもりなのですか?」


 俺が、あれこれ試行錯誤していると潮見さんが声をかけてくる。彼女は、疲れているのか木陰で座っていた。


「うん、俺たち、水と食料はなんとか確保できたじゃない。だったら、休んだり寝たりできる場所があれば、落ち着いて捜索隊を待てると思ったんだ」

「わあ、いいアイデアだね。でも、シェルターってどうやって作るの?」


 浜本さんは感心したように言ったが、途中で首をかしげた。


「昔、本か映画とかで見たんだけど、それをまねしてみようと思ってるんだ。イメージとしては、三角屋根の建物の、屋根の部分だけを地面に作る感じって言えばわかるかな。いや、三角柱を横に倒した形って言ったほうがわかりやすいか」

「あう、三角柱とか数学を思い出しちゃうなあ」

「はい、だいたいイメージがわきました。ブッシュクラフトと呼ばれているものでしょうか」


 浜本さんは怪しいが、潮見さんは俺が作ろうとしたものをわかってくれたようだ。ブッシュクラフトというのは、自然環境下で生活したり道具を作ったりするテクニックのことだったかな。なかなか、かっこいい響きだ。


「まあ、丈夫そうな木で骨組みを作って、そこに木の枝とか葉っぱをかぶせていけばいいと思うんだ。ただ、やってみた感じだと骨組みがいまいち安定しないんだよね。道具がないからなあ、せめてヒモみたいなものでもあればいいんだけど」

「ヒモの代わり……あっ、森の中に生えてたツルを使ったらどうかな」

「おっ、いいアイデアだね。太くて頑丈そうなのもあったし、いけるかも」

「じゃあ、あたしが取りに行ってくるね」


 やる気が出てきたのか、浜本さんが元気よく宣言した。一方で、潮見さんは何かを考えているようだ。


「あのう、水を差すようで申し訳ないのですが、重要なことを忘れていると思うんです。……どこに作りますか?」


 潮見さんの言葉に、俺と浜本さんは動きを止めた。そうだ、作るという行為に気をとられて設置場所のことを考えていなかったのである。こういった状況だと、どこに作るのが良いのだろうか。

 俺たちは木陰に腰を下ろして、相談することになった。


  ***


 話し合いの結果、海岸と森の中間にある草原に作ることになった。木々がまばらにあって、風や雨をある程度は防げそうなことと、食料であるパパイヤの木や水場ともそこそこ近いのが決め手となったのである。森の中に作れば、雨風をかなり防げそうだったのだが、虫がいそうなのと海が見えないことから捜索隊を見逃すおそれがあるということで見送ることになった。


 シェルターの設置場所が決まると、みんなそれぞれ動き始めた。俺は骨組みになりそうな木を探し、浜本さんはヒモの代わりになるツルの捜索、潮見さんは屋根にかぶせる葉や枝を採取することになっている。


 俺は海岸に打ち上げられた流木や、森の折れた木から骨組みに使えそうなものを探していた。木は沢山あるのだが、ちょうど使えそうな物がなかなか見つからない。道具がないので、不要な部分を切ったり削ったりできないのも困るのだ。

 あれこれ移動しているうちに、額から汗が流れてきた。さすがに疲労を感じてきたが、シェルターさえ作ってしまえば、あとが楽になるだろう。女の子たちも口には出さないが疲れているようだし、夜は屋根のある場所で休ませてあげたい。

 俺は、汗をぬぐうと気合を入れたのだった。



 骨組みになりそうな木をなんとか用意すると、女の子たちも素材を集めてくれていた。何かのツルや、葉の付いた枝がたくさん積まれている。


「2人ともすごいね。これだけ集めるのって、大変だったんじゃない?」

「ふっふっふ、もっとほめてくれていいんだよ。ツルはね、結構手強かったんだから。頑丈なのはいいけど、切れないから歯で噛み切ったんだからね」


 浜本さんは、腰に手を当てて胸を張った。得意気な表情ではあるが、額には汗が浮いている。がんばってくれたのだろう。


「嵐のせいか折れた枝がたくさん落ちていましたから、それほど苦労はしませんでしたよ。これで足りるといいのですが」


 さすがに疲れたのだろう、潮見さんは地面にぺたんと座っている。小柄であまり丈夫そうではない彼女だから、無理はしていないと良いのだが。


「よし、材料もいい感じに集まったから、さっそく作ろうか。あっ、疲れてたら無理に手伝わなくてもいいからね。俺は体力に自信があるし、こういう作業って一度やってみたかったから。任せてくれても問題ないよ」


 俺は、意識して元気そうな声を出した。こういうシェルターを作ってみたいというのは本当だが、必要にせまられて作業することになるのは正直なところ気が重い。とはいえ、ここは俺が踏ん張らないといけないだろう。


「えへへ、守川君って頼りになる男子って感じだね。うちのクラスの男子なんてさあ……」

「浜本さん、こんな島でクラスの男子の悪口を言うのはやめてやってよ」

「あはは、そうだね。……うん、あたしはちょっと休憩させてもらおうかな。必要なときは言ってね、手伝うから」


 ちょっと申し訳なさそうに言った浜本さんは、地面に座り込んだ。潮見さんは心配そうな表情で、俺を見ている。


「すいません、少し休ませて下さい。あの……守川さん、無茶はしないでくださいね」

「大丈夫、任せといてよ」


 俺は、あえて自信があるように言って、集められた材料に向き合った。空はまだ明るいが、太陽は傾きつつある。暗くなるまでには完成させたい、いや完成させるのだ。俺は自分に言い聞かせたのだった。

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