第9話 2日目の夜
俺は、集めてきた木材で試行錯誤を繰り返していた。うまく組み合わせて簡易シェルターを作りたいのだが、拾ってきた素材なので大きさがバラバラなのだ。日没までに完成できるか不安になったが、作業しているうちにコツがなんとなくわかってくる。
おおまかな配置を決めて、
「すごいですね、想像していたよりも本格的です」
木陰で休んでいた
「いや、本当はもっとしっかりした作りにしたかったんだけどね。あんまり時間をかけすぎると、暗くなっちゃいそうだし」
「あたしも、これ、すごくいいと思うよ。外で夜を過ごすことを考えたら、簡単なシェルターでもあると無いとで大違いだし。……よし、あたしも手伝うよ。この骨組みに、枝とか葉っぱをかぶせればいいんでしょ」
そう言って浜本さんは、立ち上がると集めてきた木の枝を手に取った。潮見さんもゆっくりと腰を上げる。
「わたしも、十分に休憩できましたから参加します。守川さんは大丈夫ですか? ここからは、それほど力は要らないと思いますから、わたしたちと交代で休んだらいいんじゃないですか」
「んー、そう言ってくれるのはありがたいけど大丈夫だよ。みんなでやれば、きっと早くできるだろうし」
俺は、低くなってきた太陽をちらっと確認して言った。正直なところ少し休憩したかったが、作ってから休めば良いだろう。
「よし、気合入れてやろうか。ここからは、力よりもセンスが大事だよ」
「ふふ、センスならあたしに任せてよ。どうせなら、可愛く作りたいなあ」
浜本さんが、立派な葉のついた枝を持ち上げたのをきっかけに、俺たちはシェルター作りの仕上げにかかった。
骨組みに枝をかぶせて、屋根と壁を兼ねた部分を作り始めたが、なかなか難しかった。そもそも、俺の作った骨組みが不格好であることに加え、集めてきた枝や葉っぱも多種多様である。
俺は、主に枝などをを運ぶことを担当し、浜本さんがそれを配置する。潮見さんは、不安定な枝をツルで縛ったり、小さな枝で細かい部分をカバーをするという作業を担当してくれた。
太陽が水平線に少しずつ近づく中、俺たちは黙々と作業をこなしたのだった。
***
夕方、太陽がオレンジ色に染まる頃に、俺たちの寝床となるシェルターが完成した。見た目はいまいちで、3人がしゃがんでなんとか入れるぐらいの大きさだが、結構な達成感を感じる。寝そべれば、3人が並んで横になることもできるだろう。
「よーし、あたしたちの家が出来たね。ありがとう、守川君」
「浜本さん、家って言うのは大げさすぎるよ。ちょっとした雨風を防げるぐらいかなあ」
浜本さんは、機嫌良さそうに出来上がったシェルターの周囲をぐるぐると見て回っている。隣に居る潮見さんは、じっと俺を見上げてきた。
「わたしは、こんなにしっかりしたものが作れるなんて思いませんでした。すごいですね、守川さん」
「いやいや、みんなで作ったじゃない」
「でも、作ろうと言ってくれたのは守川さんですし、骨組み用の木を集めてくるのは大変だったでしょう。本当にありがとうございます」
改めてお礼を言われると、ちょっと恥ずかしい気がする。そんな俺を見た潮見さんは、いたずらっぽい表情を浮かべた。
「ふふ、救助隊が来て無事に帰れたら、お友達に自慢しますよ。わたし、男の人に家を立ててもらったことがあるって……」
「ちょっ、ちょっと、夕夏ちゃん。あたし、そういうことを軽々しく言うのはよくないと思いますっ」
シェルターを見て回っていた浜本さんが、すごい勢いでこちらにかけよってきた。
「いいじゃないですか、事実としては間違っていないですし」
「もうっ、夕夏ちゃん。そんなこと言ったら誤解されるでしょ。むっ、守川君もデレデレしちゃダメだよ」
別にデレデレした覚えはないのだが、浜本さんは不服そうに頬をふくらませる。それにしても、真面目そうな潮見さんがこんな冗談を言うなんて思わなかった。普段とのギャップもあって、より可愛く思えてしまう。
「どうせ自慢してもらうのなら、こんな簡易シェルターじゃなくて、きちんとした家を建てたいなあ。立派な家に広い庭……あっ、庭にパパイヤを植えたいな」
「あっ、パパイヤを植えたいって言ってたことを覚えてくれていたんですね。ふふ……ちょっと、嬉しいです」
「こらこら2人とも、シェルターが出来上がってテンションが上がるのはわかるけど、えーと……し、島の風紀を乱すような発言は禁止です、禁止。慎みは大事だよ」
あせったのか、変なことを言い出す浜本さんを見ていると、自然に笑いが込み上げてくる。潮見さんは、口元を押さえて控えめに笑っていた。浜本さんだけがむっとしていたが、しばらくすると彼女も笑い出したのだった。
***
日が沈んで暗くなってきたので、俺たちは作ったばかりのシェルターに入った。
当然ながら扉は無いので、葉がついた枝を立てかけて代わりとする。3人で寝転ぶと、なんとか身体が触れないぐらいの距離感だった。集めた葉っぱが余ったので、地面に敷いてみたが結構快適である。
「ふう、壁と天井のある場所って安心できますね。今日はしっかりと休めそうです」
「うんうん、木の枝とか葉っぱなんだけど安心感が違うよねえ。ハードなキャンプに参加しているんだと思えば、ちょっと楽しいし」
すぐ隣から2人の声が聞こえてくる。シェルターの中は暗くて彼女たちの様子はわからないが、女の子がすぐそばに居るというのは妙な感じだ。
「浜本さん、起きるときに何も考えないで立ち上がったらダメだよ。天井が低いから、屋根に穴が空くからね」
「ちょっと、守川君。あたしのことをどんな子だと思っているの? そんなことが起こるわけ……うん、一応は気をつけておくね」
「あー、冗談のつもりだったんだけど」
食料と水の問題がとりあえずは解決したので、ずいぶんと気が楽になった。それもあってか、みんな話がはずむのである。
「なんだかさあ、あたしのことをそそっかしい女の子だと思ってない? そりゃあ、思いついたらすぐに……」
「あっ? 今、ほんの少し外が明るくなりませんでしたか? 気のせいかもしれませんが」
浜本さんの話をさえぎるように、潮見さんが声を出した。俺は特に変化を感じなかったが、何かあったのだろうか。
「念のために確認してみようか。月が出たのかな?」
俺は、入り口に立てかけてある枝をどかそうとしたが、暗くてうまくいかない。ごそごそ作業しているうちに、結局は全員が外に出ることになったのだった。
空を見上げると、粉砂糖をまぶしたかのように星が輝いていた。何の明かりもない大地とは対象的で、夜空がとてもきれいに見える。昨日は気味悪くも感じたのだが、気持ちに余裕があるせいか純粋に美しいと思えた。
浜本さんが隣で歓声を上げる。
「うわあ、すごくきれいだね。夕夏ちゃんが言ってたのは、この星明かりのこと?」
「うーん、一瞬だけほのかに明るくなったような感じがしたのですが、やはり気のせいだったのかもしれません。航空機も見当たりませんし。……すみません、休んでいたのに余計な手間をかけてしまいましたね」
「夕夏ちゃん、そんなの気にしなくていいから。あたしは、こんなにきれいな星空が見られたんだから、むしろ良かったと思うよ。守川君も、そう思うでしょ?」
「ああ、俺も……ん?」
答えようとしたとき、夜空を何かが横切った気がした。
不思議に思って見ていると、流れ星が鮮やかな軌跡を残して夜空を横切った。
「おっ、浜本さんと潮見さんも見た? 流れ星だよ、結構はっきりと見えるんだなあ」
「あう、あたしは見逃しちゃったよ。ああ、もう1回ぐらい来ないかなあ……あっ」
流れ星はそう簡単に見られるものじゃないだろう、と言おうとしたとき、流れ星が1つ2つと連続で流れていった。
「わっ、やった、すごくきれい。あたしの普段の行いがいいからかなあ」
「もしかして、これ流星群じゃないですか? わたしたちが南の島で見る予定だった……」
潮見さんが、ぽつんと寂しそうに言った。その言葉に、俺は家族で旅行の計画を立てていたときのことを思い出す。今まで、食料と水の確保で必死だったが、父さんと母さんはどうしているのだろう。
流れ星ではしゃいでいた浜本さんも、大人しくなってしまった。
「……お母さん、お父さん。あたしたちがいなくなって心配してるのかな……」
「……きっと、必死になって探してくれているのだと思います。きっと、わたしたちを見つけてくれるはず……」
暗くて表情はわからないが、女の子たちは泣きそうな声になっている。俺も胸に込み上げてくるものがあったが、気合でおさえつけた。あえて、元気な声を出す。
「大丈夫、きっと今も俺たちと同じように流星群を眺めているんだと思う。そう、同じ夜空の下に居るんだ」
「……はい、そう考えると、心が暖かくなりますね」
潮見さんが、俺の方を見た気配があった。年下ながらしっかりした彼女ではあったが、やはりつらい思いをしていたのだろう。
俺たちが話している間にも、流れ星が降るように流れていく。これからピークの時間帯をむかえるのだろうか。
「よしっ、せっかくだから願い事しよう。こんなにたくさん流れ星があるんだから、1つぐらいはかなうと思うよ」
「あたしは、願い事は1つでいいなあ」
「そうですね、わたしも願うのは1つです」
願い事は、みんな同じものだろう。
みんなが無事にこの島から帰れますように、俺は流星群を眺めながら強く願ったのだった。
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