第2章 サバイバル生活向上計画

第10話 3日目は雨模様

 がさがさと何かが動く気配で目が覚めた。ぼんやりとした明るさのシェルターの中で、浜本美波はまもとみなみ潮見夕夏しおみゆかが何やらごそごそやっている。たしか、昨日は流星群を眺めてから寝たのだったか。


「あっ、守川君、おはよー。えへへ、さっきあたしたちで海を見に行ってきたよ。……特に成果はなかったけど」

「おはよう、浜本さん。……あれ、もしかして結構な時間なのかな」


 入り口の方へ目を向けたが、ぼんやりとした明るさである。スマホを確認しようとして、ここでは正確な時間すらわからないことを思い出す。


「おはようございます、守川さん。日は昇っていますけれど、小雨が降っているんですよ。シェルターを作っていただいたおかげで、濡れずにすみましたね」

「おはよう、潮見さん。雨が降ってるなんて気づかなかったな。大丈夫かな、雨がもれそうなところがないか確認しないと……」


 屋根の様子を外から確認するために起き上がろうとしたが、身体が妙にだるく感じた。なんだろう、睡眠は十分なはずだが。不審に思っていると、潮見さんの顔が目の前にあった。彼女の小さな手が、俺の額にふれる。


「熱は……たぶん無いようですが、ちょっと気になりますね」

「いや、心配ないよ。きっと寝すぎたんだ。今の状況でごろごろしているわけにいかないし……」


 身体を起こそうとすると、潮見さんが小さな手で俺をおしとどめてきた。


「もう少し休んでいて下さい。外は小雨なので、できることはあまりないです。捜索隊が来ていないか確認するのは、わたしと浜本さんでやりますから」

「でも、2人にまかせきりってわけにも。俺も……」

「守川さんは、おそらく疲労がたまっているんです。昨日は朝早くから活動して、このシェルターを作るのにがんばってくれましたから。今日は、わたしたちに活躍させて下さい。……浜本さんも、そう思うでしょう?」

「えっ? ああ、うん、そうだね。あたしたちに任せてよ」


 潮見さんにしては話の進め方が強引だと思ったが、目の前でじっと見つめられると何も言えなくなってしまった。彼女は小さな手で、俺を寝床に戻そうとしてくる。抵抗するのもどうかと思ったので、ここは大人しく従うことにした。


「守川さんは、ゆっくり休んでいてくださいね。何かあったら相談しますし、心配はないですよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて休ませてもらおうかな。危険なことはないと思うけど、気をつけてね」

「はい、無茶はしませんから」


 横になると、葉っぱを敷いただけの寝床が妙に心地よく感じた。目を閉じると、すぐに眠気がやってくる。潮見さんの言う通り、俺は疲れているのかもしれない。今のところ、すぐに行動しなくてはならないことはないし、彼女たちに任せても大丈夫だろう。


「……おやすみなさい」


 眠りに落ちる前に、潮見さんの声を聞いた気がした。


  ***


 夢を見ている、という自覚があった。様々な場面がでたらめに展開されていく。


 家のリビングルームで両親と普通に会話していたら、いつの間にか学校の教室に座っていた。周囲ではクラスメートが何やら話している。


「……あう、守川君、大丈夫なのかなあ。あたし、ずいぶんとお寝坊さんなんだって思ってたけど、調子が悪かったなんて」


 あれ、この声は浜本さんか。彼女とはこの島で初めて知り合ったから、クラスメートではないはずだが。


「……昨日は、ずっと働いてくれていましたからね。今はゆっくりと休んでもらいましょう」


 これは潮見さんか。彼女は年下だから同じクラスに居るのはおかしいし、そもそも学校も違うような。


「……病気とかじゃないよね。あう、あたし、全然気が付かなくて」

「……断言はできませんけれど、可能性は低いのではないでしょうか。わたしたちも一緒に行動していましたけれど、感染症にかかるような事はなかったはずです。気になるのは水ですが、わたしたちも飲みましたし」

「……あう、でも、この島に未知のウイルスとか細菌的なものがいたとか」

「……可能性は否定できません。ですが、この島はおそらく無人島です。感染する対象がいないのに、病原体だけが存在しているというのは考えにくいです。あとは虫や植物の毒が気になりますけれど、刺されたようなことはなかったと思います」


 夢の中でも潮見さんは賢いなあ、と俺は他人事のように感心する。同時に、身体がだるいのは疲労のせいだろうとわかり、いくらか安心できた。


「……そうなんだ、あう、夕夏ちゃんてしっかりしてるなあ。あたしなんて昨日から迷惑ばかりかけてた気がするの。初めて守川君に会ったときも、怖い人だったらどうしようって、よそよそしい態度をとっちゃったし。ご飯も寝るところも、ずっと頼ってばかりで……」


 浜本さんの声がだんだん小さくなっていく。なるほど、初めて彼女に会ったときは不安定な子だという印象を持ったが、そういうことだったのか。まあ、どこかわからない島でよくわからない男子と一緒というのは女の子にとっては大変なことだったのだろう。


「……わたしの方こそ、守川さんに頼りきりだったと思います。昨日も大変そうだとは感じていたのですが、体力の無いわたしでは、何も手伝えなくて。むしろ、心配をかけてしまいました」


 そんなことはない、と言いたかったが何故か声が出ない。


「……あう、2人でこんなことを話してても、なんていうか不毛だよね。せめて、あたしたちで何かできることをしようか」

「……そうですね。いつか、きちんとお礼をしたいですが、今は自分たちにできることを考えましょう」

「……ふふっ、あたしはやっぱりあれこれ考えるより、行動する方が性に合っているかな。あっ、雨も弱くなったみたいだね」

「……行きましょうか。あっ、浜本さん、あまり物音を立てちゃ駄目ですよ」

「……ご、ごめん」


 2人の声が遠ざかっていく。

 俺もついていこうとして、教室の椅子に座ったままであることに気がついた。立ち上がろうとして、身体がうまく動かない。あれ、そもそも俺は今どこにいるんだっけ。


  ***


 気がつくとシェルターの中は、いくらか明るくなっていた。女の子たちの姿はなく、枕元にパパイヤが置いてある。形の良いパパイヤは、お盆のような形の葉っぱの上にのせられていた。ふと、俺はお腹が空いていることに気づいたが、まずは外に出てみることにした。


 空には薄い雲がかかっていたが、切れ目から青い空がのぞきつつある。もうすぐ晴れそうだ。

 周囲の木々や草は、雨に濡れてつやつやとして生命力を感じさせる。気がつけば、身体のだるさはなくなっていた。ぐっすりと寝ているうちに、身体の細胞が入れ替わったような気分である。


「ああっ、守川君、もう大丈夫なの?」


 少し離れたところから、浜本さんがやってきた。外で何か作業をしていたのか、髪やTシャツが少し濡れている。彼女のしなやかな体つきが妙にまぶしく見えた。


「ちょっと疲れてただけだから、心配するほどのことじゃないよ」

「本当? 無理してないよね」


 浜本さんが、ぐいぐいと近づいてくる。疑い深そうに見つめてくる彼女に困っていると、後ろから小さな足音が近づいてきた。


「守川さん、目が覚めたんですね。気分はどうですか?」


 潮見さんは、何かの葉っぱを腕に抱えてこちらにやってきた。彼女は間近までくると、じっと俺を見上げてくる。まつ毛の長いきれいな目で見つめられると、どうも落ち着かない。


「大丈夫、大丈夫。2人とも心配しすぎだよ。昨日はさあ、張り切って良いところを見せようと思ったんだけど、結果的に余計な心配かけちゃったなあ。ははは」


 2人の女の子から見つめられた俺は、照れくさくなって冗談っぽく言ってみた。だが、女の子たちは笑わない。


「コホン、とにかくもう大丈夫だよ。あっ、おいしそうなパパイヤ、わざわざ取ってきてくれたんだね。ありがとう」

「あう、夕夏ちゃんと考えたんだけど、それぐらいしか思いつかなくて。……すごく心配したんだから」

「お水も用意しようと思ったのですけれど、容器の代わりになるものが見つからなかったんです。……元気になってくれて本当に良かった」


 ずいぶんと心配してくれていたようだ。あらためて気づいたのだが、2人ともかなり可愛いのである。こんなシチュエーションは初めてなので、嬉しいがすごく照れくさい。

 俺は、照れ隠しに海の方へ顔を向けた。


「色々あったけれど、これからもよろしく。捜索隊はきっと来てくれるだろうから、みんなで助け合っていこう」

「うんっ」

「はい、そうですね」


 隣から2人の元気な声が聞こえてきた。ふと、夢の中で2人が話している場面があったことを思い出す。あれは、本当のことだったのだろうか。たずねてみようかと思ったが、やめておくことにしたのだった。

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