第2話 流れ着いた俺と2人の女の子
漂着した島らしき場所、俺は浜辺にたたずむ女の子の方へと移動した。彼女も流されてきたのだろうか。
近くまで寄ると、音に気づいたのか女の子が振り返った。
「えっ? あの、そっ、その……あ、あなたは?」
こちらを向いた女の子は、幽霊でも見たかのように戸惑った様子をみせた。すらりとした体型で、ポニーテールがよく似合う活発そうな子である。とはいえ、今の彼女の大きな目は不安に揺れていた。
「俺は、
「えっ? うん、そうなの。あたしは、
「あっ、俺はたぶん君と同じぐらいだから、そんなに丁寧に呼ばなくてもいいよ。一応、高校2年生だけど」
「そうなんだ、あたしと同じだね。じゃあ、守川君って呼ばせてもらうね」
女の子、浜本さんは少し恥ずかしそうな笑みを浮かべた。俺も、こんな状況で自己紹介みたいなことをやっていることにおかしくなって頬が緩むのを感じた。不安げな表情から笑顔になった彼女は可愛くて、端正な顔立ちもあって学校ではきっと人気があるのだろう。
いや、今はこんなことを考えている場合ではない。もっと聞くべきことがある。
「浜本さんは、昨日というか嵐のことを覚えてる? 俺は救命艇から落ちて、気がついたらこの場所にいたんだけど」
「ええっと……そうだ、あたしも、すごく船が揺れたときに……ええと」
さきほどまで笑顔だった浜本さんの表情が再び曇っていく。彼女は急に周囲をきょろきょろと見回し始めた。
「そうだ、あたし、波にさらわれて……お母さん、お父さんはどこ? 無事なの?」
彼女の大きな目に涙が浮かぶ。
「落ち着いて。しっかりした救命艇だったから、滅多なことは無いと思うけど」
「で、でも……」
浜本さんに落ち着くように言ってみたものの、俺も不安を感じてきた。海に落ちたのは、家族の中で俺だけなのだろうか。いや、流されるときに両親の声を聞いた気がするから大丈夫だろう。とはいえ、俺だけ安心しているわけにはいかない。
「他にも流された人がいないか探してみよう。詳しいことが聞けるかもしれないし」
「うん、そうだね。……あう、どうして思いつかなかったんだろう。あたし、ぼんやりして海を眺めてた」
「仕方ないよ、たぶん流された影響だと思う。俺も、うまく頭が働かなかったから。今からでも始めよう」
「そうだね。がんばらなくちゃ……ありがと」
浜本さんは、俺の顔をしっかりと見て言った。きりっとした表情になった彼女は、はっとするような魅力があった。さきほどまで、ぼんやりしていたのは俺も同じなのでちょっと気恥ずかしくなってくる。
「じゃあ、俺はあの岩場のあたりを見てくるよ」
俺たちは、別れて周辺を調べることにした。
周囲を確認しながら砂浜を歩いてみたが、特に気になるものは見つからなかった。岩が多く見通しが悪い場所で、流木がいくつか浜に打ち上げられているぐらいである。海藻も散らばっていたが、ゴミなどの人工物が全く見当たらない。もしかすると、ここは人が住んでいない場所なのだろうか。
陸地の方へ目を向けると、うっそうとした森が広がっていて遠くには山がある。じっくり見ても、電線だとか通信設備のようなものは見えない。思いついてポケットを探ったが、スマホは無くなっていた。おそらく流されてしまったのだろう。持っていても、海水に浸かって故障してしまっていただろうけど。それにしても、スマホのことを忘れているなんてうっかりしていた。まだ、頭がこの事態に対応できていないのかもしれない。
俺は、気を取り直して近くにあった岩に登ってみた。慎重に岩の上で立ち上がると、遠くまでよく見える。それでも、美しい自然の風景ばかりで人工物らしきものは全く見当たらない。
「あれ?」
浜に打ち上げられた流木のそばに人影らしきものを見える。俺は浜本さんに声をかけると、急いで確認することにした。
2人で近づいてみると、流木のそばの人影は小柄な女の子だった。俺たちと同年代か、もう少し下ぐらいだろうか。彼女は、横たわったまま目を閉じていた。繊細な作りの顔と白い肌が可愛らしいのだが、今は不吉な予感を覚えてしまう。
「ねえ、君。大丈夫?」
「……」
声をかけると、女の子のまぶたがわずかに動いた気がする。どうしようか迷っていると、浜本さんが女の子の肩にそっと手をかけた。
「だ、大丈夫……だよね。ええっと、こういうときは動かしちゃダメなんだっけ。ええと……お願いだから起きてよ」
「……んぅ……んっ? ここは?」
肩を揺さぶられた女の子は、ゆっくりと目を開けた。長いまつ毛が印象的である。
「よ、良かった。生きてたんだね。も、もしかしたら……ううっ」
浜本さんが、がばっと女の子に抱きついた。
「えっ? ええっ……どういうことなんですか」
小柄な女の子は戸惑ったように浜本さんを見て、次に俺を見て首をかしげた。状況に見合わない、可愛らしい仕草だった。
浜本さんが、ひととおり落ち着いてから、俺たちはお互いに自己紹介することにした。軽く状況も説明しておく。
「わたしは、
倒れていた女の子、潮見さんは丁寧な口調でお礼を言って、ぺこりと頭を下げた。聞いてみると、彼女は高校1年生で俺たちより1つ年下らしい。小柄で
「目を覚ましたばかりで色々と聞いて悪いんだけど、事故にあったときのことは覚えているかな? 俺は急な波が来たときに落ちたみたいなんだけど」
俺の質問に、潮見さんは何やら考え込むそぶりを見せる。
「そうですね……はっきりとは覚えていないのですが、救命艇に乗っていたときに激しく揺れて『子供が落ちたらしいぞ』という声を聞いたように思います。騒ぎになって皆さんが慌てていたところに、突風が起こって……恥ずかしながら、わたしも落ちて流されてしまったのです」
「いや、恥ずかしがることはないんじゃないかな。俺なんて、不用意に海を見ようとしたときに大波がきて落ちたわけだし。……ということは、落ちて流されたのは俺たち3人だけなのかな」
「断言はできないですね。でも、小さなお子さんは居なかったと思いますし、大人がほとんどだったでしょうから、その可能性が高いかもしれませんね。わたしたちが落ちたことで警戒したでしょうし」
潮見さんは白い頬に手を当てながら、慎重な様子で答えた。まだ、本調子ではないのかもしれない。
「じゃあ、お母さんやお父さんは無事なんだね。うん、守川君や夕夏ちゃんの家族もきっと大丈夫だよ。良かった……良かったんだけど」
浜本さんは嬉しそうな声を上げたが、次第に声が小さくなっていく。俺たちの状況を思い出したのだろう。
「そうだ、2人に聞きたいんだけどスマホか携帯電話を持ってないかな? 俺は流されているときに、落としたみたいなんだ」
一番最初に確認すべきことだったのだろうが、俺も混乱していたのだろう。女の子たちは、思い出したかのようにそれぞれの服を探り始める。
「わたしも、途中で無くしてしまったようです。ハンカチなどの身の回りの品はいくつか持ってきていたのですが……」
潮見さんは、つけていたウエストポーチの中身を見て悲しそうに首を振った。浜本さんは上着をごそごそやっていたが、ぱっと明るい表情になった。
「やった。あたし、持ってるよ。えへへ、落とさないようにチャック付きの内ポケットにわざわざ入れたんだった。とにかく、これで助けにきてもらえるね……ああっ」
得意げな浜本さんだったが、スマホを触るなり悲しげな声を出した。
「ダ、ダメ、電源が入らない。あう、一応防水のパーカーだったんだけど、海水が染み込んじゃったんだ。……ど、どうしよう。スマホさえ使えれば、すぐに助かるのに」
「仕方ないよ、俺なんてあっさり失くしちゃったし、持ってただけすごいよ。それに、ここってどこかの島だと思うんだけど、たぶん電波が届かないんじゃないかな」
「そっかあ。たしかに、アンテナみたいなものが無さそうだもんね……えっ、あたしたち、そんなところに流されてきたの? どうしよう」
俺は、がっかりする浜本さんをなぐさめようとしたのだが、余計に不安がらせてしまったのかもしれない。
ふと、太陽が傾いてきていることに気づいた。いつの間にか、結構な時間が経っていたらしい。
潮見さんは、憂鬱そうな表情で色を変えつつある海を眺めていた。
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