第23話 山の探索へ

 山登りにチャレンジする日がやってきた。いつもと同じような朝だったが、どこかわくわくするのを感じる。俺たちは、明るくなると準備にとりかかった。

 潮見夕夏しおみゆかが作ってくれた水筒に水を入れ、フタの代わりに葉っぱをかぶせてツルでしばる。浜本美波はまもとみなみが良いパパイヤをとってきてくれたので、大きな葉っぱで包んだ。俺たちはリュックのようなものを持っていないので、葉っぱをふろしきの代わりに使う。これもツルでしばって肩からかけられるようにした。


 準備が終わったところで、女の子たちが俺の顔を見た。何か探索の心得でも言う場面なのだろうか。


「山を目指すって言ったけど、今日は偵察みたいなもので、行ける場所を少しずつ調べていくって感じだからね。あと、とにかく無理はしないこと。迷ったり、滑って怪我をしたら大変だからね」

「わかりました。わたしは、体力がないので特に気をつけますね」


 潮見さんは、真面目な表情でうなずいた。歩くスピードは彼女に合わせた方がいいだろう。


「あと、食料と水は用意したけど、昼に……太陽が真上ぐらいになったら、必ず引き返すよ。森の中で暗くなったら、身動きがとれなくなってどうしようもなくなるからね。だから、何か気になるものを見つけても、絶対に帰るから」

「あう、守川君、どうしてあたしの顔を見るの? そんなことするわけ……ないようにします……し、しないからっ」


 別に浜本さんに言ったわけではなかったが、彼女は顔を赤くして慌てる。おかげで、場の雰囲気がなごんだ気がした。

 

「まあ、いろいろ言ったけど無理をしなければ危険はないと思うよ。緊張しすぎないで、いつもどおりに行こうか」


 俺は、遠くに見える山の頂上を確認してから歩きだしたのだった。


  ***


 山を目指すにあたって、俺たちはいつも使っている沢をたどっていくことにした。木々が生い茂った森の中、水の流れるきれいな音が聞こえてくる。

 俺が先頭を歩いていると、後ろから浜本さんが声をかけてきた。


「ねえ、あたしたちって山の頂上を目指してるんでしょ。この小川をさかのぼって行っても着かないんじゃないの?」

「それは俺もわかってるんだ。ただ、俺たちって地図もコンパスも持ってないだろ。森を歩いていたら方角がわからなくなるし、まっすぐ頂上を目指すのは道がないから無理だと思うんだ。だから、この沢を目印に行けるところまで登って、うまく歩けそうなところがあったら尾根に出て、そこから頂上を目指すって感じかな」

「あー、そういうことかあ。確かに森の中に入っちゃうと、どこを歩いているかよくわからないよね。あう、最初に言っておくけど、あたしはあんまり方向感覚? みたいなのに自信はないから」


 このやり方が正しいのか、よくわからない。ただ、俺たちの技量では何の目印もなく山を登るのは難しいと思うのだ。森の中は茂った木々で視界が悪く、すでに山頂の方角や太陽の方向を確認するのも難しくなっている。だが、沢をたどって下っていけば元に戻ることはできるだろう。

 そこそこ歩いたところで、俺はちらりと後ろを見た。


「潮見さんは大丈夫? 疲れてないかな」

「はい、まだ大丈夫です。ここで生活するようになって、少しは体力がつきましたから」

「それは良かった。もうちょっと歩いたら休憩しようか」

「そうですね。まだ大丈夫ですけど……いえ、疲れる前に休んだ方がいいんですよね。正直、助かります」

「潮見さんがせっかく水筒を作ってくれたんだから、水でも飲んで一休み……あっ」


 思わず声を出すと、潮見さんが驚いたように俺を見た。


「ど、どうしたのですか。水がこぼれているとかですか?」

「あっ、それは大丈夫、水筒はよくできているよ。ただ、沢沿いを歩くのだったら沢の水を飲めばよかったよね。沢から離れたところを歩くときは、そのときに水を水筒に入れることにすれば荷物を軽くできたなって」


 俺たちの間になんともいえない空気が流れる。しばらくすると、浜本さんが笑い出した。


「ふふっ、守川君も意外とうっかりしているんだね。小川に沿って登っていくんだから、わざわざ水を持っていかなくても良かったよね。……ふふ」

「くっ、まあ用心のためだよ。何でも試してみないとわからないこともあるし……」


 適当な言い訳をしたが、なんだか余計に恥ずかしくなってしまった。俺は強引に話を切り替える。


「そういえばさあ、俺たちはここの水を飲んでるけど、みんな体調はどう? 俺は大丈夫だけど」

「あたしは大丈夫だよ。言われてみれば、ずっと生水を飲んでるよね。夕夏ちゃんは大丈夫?」

「わたしも特に体調に異状はないです」


 2人から問題は無いという答えが返ってきた。みんなで生活しているが、具合が悪くなったようなことは無かったと思う。


「運が良かったのかな。仕方がないから飲んでたけど、寄生虫が怖いなあって思ってたんだよね」

「もう、そう言われると気になってくるじゃない。うーん、水を沸かしてから飲むのは無理だし……あう」

「もしかすると……わたしの推測というか憶測になってしまうのですが、寄生虫はいないのかもしれません」


 潮見さんの一言に、俺と浜本さんは期待を持って彼女の顔を見た。


「あの、あくまで推測ですから楽観しすぎないでくださいね。この島でそれなりの日数を過ごしていますけれど、今まで動物を見たことがないじゃないですか。水場の近くを観察していたのですが、足跡や排泄物も見かけていません」

「わっ、夕夏ちゃんよく見てたんだね。言われてみれば、鳥以外の動物の気配っていうか鳴き声も聞いたことないよねえ。夜なんて、波と風の音だけだもんね」

「ええ、ここは無人島ですから誰かが持ち込まないかぎり動物はいないと思うんです。植物は、風とか鳥が種を運んできたと考えられますが、動物が泳いでくるのは無理でしょう」


 潮見さんは、島で暮らしている間に周囲を観察して、いろいろと考えていたようだ。


「なるほどね。ところで潮見さん、その話が寄生虫に結びつくの?」


 俺が質問すると、潮見さんは少し考える様子をみせてから口を開いた。


「寄生虫の生態って、宿主である生物に寄生して栄養をとりながら卵を産むというものだったと思うのです。卵は、宿主の排泄物と共に外に出て、新たな寄生先を探すという流れだったでしょうか。ですから、寄生された動物が水場で排泄していると、その水が汚染される、ということだった思います」

「ああ、なんか聞いたことがあるなあ。北海道はキツネに凶悪な寄生虫がいるから、きれいに見えても川の水を飲んだらダメだって」


 うろ覚えの知識を口にすると、潮見さんはコクリとうなずいた。


「ええ、本来はキツネを宿主にする寄生虫だそうですが、人間にも感染して危険な症状が出るようです。……そして、この島ですけれど、キツネどころか、わたしたち以外の哺乳類を見ていませんよね」

「うん、考えてみれば、俺たちってこの島の生態系からしたらレアな生き物なんだな」

「ふふ、人間がレアな生物っていうのも何だか変ですよね。……ともかく、宿主になる動物がいないのですから、寄生虫も生きていはいけないのではないでしょうか。卵だけが、人間か他の動物の口に入るまで存在し続けるというのは考えにくいですし」

「そうか、宿主になる動物がいなければ、寄生虫も生きてはいけないのか」


 俺は、納得すると同時に感心した。浜本さんも同じ様子である。しかし、年下の潮見さんが一番しっかりしているというのはどうなのだろう。


「あのっ、これは推測ですからね。絶対に大丈夫というわけじゃないですよ。今まで、とても運が良かっただけかもしれません」


 俺たちの態度に気づいたのか、潮見さんは慌てだした。


「動物も見てないだけで、ネズミのような小型のものがいるのかもしれません。それに、わたしたちが知らないような寄生虫や微生物も存在するかもしれませんから、油断はしない方がいいと思いますよ」

「わかってるよ、夕夏ちゃん。でも、あたしはちょっと気が楽になったよ」

「うん、俺も同じだな。気をつけないといけないのは変わりないけど、警戒しすぎても大変だからね。……潮見さんは、よく考えているなあ」

「いえ、その……あくまで推測ですから」


 俺がほめると、潮見さんは恥ずかしそうに言った。

 この島は無人島で、鳥以外の大きな動物の姿も見ていない。さびしく思ったこともあるが、それが安全につながっていたとすれば、何とも言えない気分である。

 俺は、あらためてこの島のことを考えながら先を目指したのだった。

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