第3章 島の探索と謎

第22話 ちょっとしたきっかけ

 5月の連休中に、俺は浜本美波はまもとみなみ潮見夕夏しおみゆかの3人でこの島に流されてきた。サバイバル生活に慣れて余裕もできてきたが、もうすぐ6月になろうとしているらしい。食べられるものがないか試したり、シェルターの補強をしたりしているうちに、どんどん日がすぎていった。俺は日付のことなどすっかり忘れていたが、潮見さんがきっちりと数えていてくれたようである。


 ある日の朝、潮見さんが見せたいものがあると言ってきた。

 

「あのう、大したものではないのですが、役に立つかと思って作ってみました」

「何かな、最近こまめに何かやってたよね」


 潮見さんが手に持っていたのは、ヤシの実の殻を加工したものだった。若いヤシの実の皮を取り除き、ツルを巻き付けてある。


「うん? それって、この前に穴をあけてココナッツジュースを飲んだやつだよね」

「はい、試したいことがあるからって、わたしがもらったものです。中身をきれいにして、ツルをヒモの代わりの巻いて水筒を作ってみました。フタの代わりが思いつかなかったので、使うときは葉をかぶせてツルでしばることになるので、使い勝手は良くないかもしれませんが」

「おっ、いいんじゃない。ヤシの実を利用した水筒かあ、俺は思いつかなかったよ」


 浜本さんも、感心した様子でのぞきこんでくる。


「さすがだね、夕夏ちゃん。このごろ暑くなってきたから、便利だと思うよ。浜辺でいろいろやっていると、のどが渇いても海水ばっかりで悔しくなるし」

「そうそう、いちいち水場に戻るのって面倒だからなあ」

 

 あまり意識してこなかったが、俺たちの探索範囲は水場の周辺に限られていたように思う。お腹が空くのは多少なら我慢できるが、のどの渇きはどうにもならないからだ。もっとも、浜辺や森など探索する場所は豊富なのであまり気にはしていなかったのだが。

 俺は、潮見さんにヤシの実の水筒を持たせてもらった。結構な量の水が持ち運べそうだし、丈夫なツルをを使っているから、肩にかけても問題なさそうだ。


「これがあれば、遠くまで行けそうだな」

「どこか、行ってみたい場所があるのですか?」


 何気なく思いついたことを口にすると、潮見さんがじっと俺の顔を見た。


「いや、特に行きたい場所があるわけじゃないんだけど……」


 俺が思いついたのは、島の真ん中あたりに見える山だった。漂着した初日から、その姿を見ていたが登ったことはない。最初の頃に、水を求めて小川がせき止められているのを見に行ったぐらいだろうか。

 あらためて山を見上げてみると、それほどの高さではないように見える。しかし、木々に覆われている上に、まともな道などないから登るのは困難だろう。


「もしかして、山に登ってみようとか考えているの?」


 ちらっと俺が山の方を見たのを、浜本さんは見逃さなかったようだ。


「一度、頂上あたりからこの島の周辺を眺めてみたいと思ったことはあるけど、あまり意味はないと思うんだ。これだけ経っても飛行機や船も見かけないということは、この島の近くに人が住んでいるなんてことはないだろうし。苦労して登っても、得られるものはないんじゃないかな」

「うーん、そうだよねえ。でも、あたしはちょっと気になるなあ。あたしたちって、この浜辺の近くでしか活動してないし、自分の住んでる島がどんなところなのか全体を見てみたいかも」 


 意外にも、浜本さんは興味を持っているようだ。潮見さんは、少し考えるそぶりをしてから口を開いた。


「わたしも……実は気になっています。もちろん、危険をおかしてまで登るのは反対ですけれど、可能な範囲で調べてみるのは悪くないと思います。もしかすると、有用な植物が見つかるかもしれませんし」

「なるほど、みんな意外と気になってるんだな。……ふうむ」


 俺は、腕組をしつつ考えをまとめてみた。

 山に登るのは必須ではない。むしろ、余計なことをせずに、ここでの暮らしを充実させた方が良いと思う。しかし、ここでの生活も1ヶ月近く経って安定はしているが、停滞感のようなものを感じているのも事実だ。毎日、海や空を眺めながらすごすというのは、精神的によろしくない気がする。ここは、何か目標のようなものがあった方がいいかもしれない。


「絶対に無理はしない、ということでチャレンジしてみるのはどうかな。というか、正直なところ俺が登ってみたいっていうのがあるんだけど」

「えへへ、あたしは賛成だよ。なんだ守川君、やっぱり登ってみたかったんだね」


 浜本さんが、笑いながら俺をつついてくる。潮見さんは、優しげな表情で俺を見た。


「きっと、みんなのことを考えて危険なことはしないように考えてくれていたんですよね。慎重に計画して無理はしないということなら、やってみる価値はあると思います」

「潮見さん、俺はそこまで考えてたわけじゃないよ」 

「いえ、この島に着いたときから、気を使ってくれているのは感じていましたから」


 あらためて言われると、なんだか照れくさくなってしまう。どう返事しようか考えていると、浜本さんがにやにやしながら俺の肩を叩いた。


「よし、頂上を目指す計画は守川君にお任せだね」

「ちょっと、浜本さん。なんで俺に丸投げなんだよ」

「だって、あたしは料理のことはわかるけど、登山のことはさっぱりだし。頼りにしてるよ、守川君」


 強引だな、と思ったが悪い気はしなかった。潮見さんは、何やら期待するかのような眼差しを俺に向けていた。


「じゃあ、無理なく安全な計画を考えてみるよ。無人島に遭難した上に、山に登ろうとして迷子になったりしたら、本当にどうしようもないからね」

「わたしたちも協力しますから、必要なことがあったら言ってくださいね」

「あっ、あたしも手伝うから」


 なんだか、よくわからない流れで山に登ることになってしまった。

 登ったところで何かが得られる可能性は低いが、女の子たちが楽しそうにしているのをみると、これで良かったのかもしれない。意外なことに、俺自身もやる気を感じていた。

 長くサバイバル生活を続けていくには、何か目標になるものが必要なのかもしれない。これからの計画をねりながら、俺はそう考えたのだった。

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