第39話 探検2日目の朝
島の南側への探索の1日目、頂上近くの仮拠点に夜がやってきた。俺たちは簡易シェルターに入って、身体を休めることにする。暗くなるまでおしゃべりしていたので、さすがに疲れてしまった。
3人で並んで横になったが、意外にもなかなか眠ることができなかった。こういう環境で寝るには慣れていたはずなのだが、どうにも落ち着かない。山頂近い場所にあるせいか風が強く、粗末なシェルターがときどき揺れる。風の当たりにくい場所に作ったから壊れる心配はないと思うのだが、妙に心細く感じるのだ。
なんとなく、この島に流れ着いた初日に過ごした夜のことを思い出す。あのときは、岩場にうずくまって朝を待った覚えがある。だが、今は簡単だがシェルターを作ったし、女の子たちとも仲良くなっている。だから、きっと大丈夫だろう。
そんなことを考えていると、隣で寝ている
いつの間にか風の音は小さくなり、眠気がそっと忍び寄ってきた。
***
翌朝、まだ薄暗いうちに目が覚めた。というか、
「浜本さん、まだ早いんじゃないの?」
「早いって、もうすぐ日の出だよ。せっかくこんな景色のいい場所なんだから、見ないと損だよ」
仕方なくシェルターから外に出ると、潮見さんが目をこすりながら立っていた。
「おはよう、潮見さんも起こされたの?」
「はい、ちょっと眠いのですけれど、日の出を見て、しっかり目を覚ますのもいいかなって思ったんです」
「そっか、昨日は……」
ふと、寝ているときに潮見さんと身体がぶつかったことを思い出す。彼女も、なかなか寝付けなかったのだろうか。聞いてみようかと思ったが、浜本さんが大声をあげた。
「わわっ、日が昇ってきたよ。2人とも、早くっ」
せかされて遠くの海へ目を向けると、輝く太陽が現れるところだった。まだ暗い島の風景を、まばゆい光が包み込む。山頂から眺める日の出は、世界がこれから始まるかのような荘厳な雰囲気があった。俺たちは、立ちすくむようにして日の出を見守ったのだった。
日が昇ってしばらくすると、いつもと同じ南の島のさわやかな朝が訪れた。今日は快晴で、雲ひとつない。
「ほら、日の出を見て良かったでしょ。こういうところから見ると、特別感があるよね」
「そうだね。普段も見てるけど、高いところから眺めると島全体が明るくなっていく様子がわかっていいよね」
俺は浜本さんと話しながら、何気なく南側の斜面に目を向けた。この時間帯に眺めるのは初めてである。
「あっ、何だろう? 光の加減か、尾根筋がはっきり見えるな。ふむふむ、目的地の岩場までは尾根に沿って歩いていけば、迷わずにたどりつけそうだ」
「岩場のさらに奥にあるのは、やはり川みたいですね。光が反射してきらきらしています。どのくらいの距離があるかわかりませんが、うまくいけば水が補給できるかもしれませんね」
潮見さんが指差す方向には、確かに水の流れらしきものが見えた。水が確保できるとなれば、行動の自由度はぐっとあがるはずだ。目を凝らして歩けそうなルートを探していると、後ろで浜本さんがごそごそやっていた。
「えへへ、出発前にヤシの実を飲んでいこうよ。天気が良いから暑くなりそうだし、探検のスタートにぴったりだよ」
なぜか、ヤシの実を高く掲げる浜本さんだったが、気持ちはわからないでもない。
「いいね、ココナッツジュースは栄養豊富なんだっけ。苦労して持ってきて良かったよ」
「あっ、穴を開けるのは守川君だよ。失敗してこぼして、スタートを台無しにしないでね」
「そうやって無駄にプレッシャーをかけようとするのはやめてくれよ」
「冗談だって、どーんってやっちゃえばいいんだよ」
俺は、笑いながらヤシの実を受け取った。これを飲んだら、本格的な探索のスタートである。
***
準備を整えた俺たちは、頂上近くの仮拠点から南側の尾根に沿って下り始めた。ここからは、足を踏み入れたことのない領域である。目的地である岩場まで、慎重に進んでいくことにした。
「今のところは、意外と緩やかですね。木が適度にバラけていますし、歩きやすいです」
「そうだね。俺たちが今まで住んでたところが厳しかったのかな。こっちの緩やかな斜面の方が、木が育ちそうなものなのに」
「どうしてでしょうね。急斜面の方が、生存競争が激しくなるのでしょうか。いずれにせよ、助かります」
歩きだしてしばらく経ったが、体力に自信がないと言っていた潮見さんも元気そうである。後ろを振り返ってみると、仮拠点を設置した山の頂上付近が見える。
「あっ、こっちの方からみると頂上の岩がよく見えるな。これを目印にすれば、迷わずにすむかも」
「あそこに戻れば、とりあえず簡易シェルターと予備のヤシの実はあるってわけだよね」
「うん、道がわからなくなっても、ひとまず尾根に出てあそこを目指せばいいから、だいぶ気が楽になったよ」
さくさくと、落ち葉を踏みながら浜本さんと会話する。
「ねえ、なんか拍子抜けっていうの? 山のこっち側って意外と大したことないね。警戒しすぎたんじゃないの?」
「かもしれないね。でも、しっかり準備したからこそ気楽に歩けるわけだから。ここから奥を目指すのに、今日のうちに海岸近くのシェルターまで戻らないといけないってなったら、あせるでしょ」
「そうだね。あう、これから山を越えるってなったら、気分的にも疲れちゃう」
「……今は下ってますけど、帰るときは登りなんですよ」
潮見さんがぼそっと言うと、浜本さんが小さく悲鳴をあげた。
「ひゃあ、そうだった。ねえ、帰りは疲れてたら、無理せず山頂近くで泊まろうよ」
「うん、そのために苦労して作ったわけだからね」
「なんだか、わたしたちでこの島を開拓しているみたいで楽しいですね。拠点を設置していけば、南側の海岸まで行けるかもしれませんよ」
俺たちは会話しつつ、森の中を進んでいく。
山の木々が、尾根の両側から枝を伸ばしてきているので、まるで緑のトンネルのようである。念のため、ツルを巻き付けたり、大きめの石を動かして目印にしたが、迷わずにすみそうだ。足元が良いこともあって、俺たちは予想以上に順調に進むことができたのだった。
***
もくもくと歩いていると、前方が明るくなってきた。もしかして、と思ったときには森が途切れてぽっかりとした広場に出ていた。太陽の光がまぶしい。
「あれ、もしかしてここが目的地なの? 意外と早くついたね」
「ちょっと、待ってね。確かめてみるよ」
首をかしげる浜本さんに、俺は山の方を見て方向を確かめた。頂上の岩は、だいぶ小さく見えるようになっている。
「方向的にはあってるな。道が緩やかだったから、思ったより早く来れたみたいだ」
「さっそく、調べてみましょうか。見た感じですが、自然の岩だけではないような気がします」
潮見さんは、好奇心が隠せないようだ。うまく言えないが、この場所は自然にできた地形ではないような気がする。
岩が散らばった広場は、丈の低い草が生え、地面をツル植物が覆っていた。よく見ると、岩というよりも朽ちたコンクリートのような気がする。
「これは、何かの施設の跡なのかな。ものすごく昔のものに見えるけど」
「ちょ、ちょっと、来てっ。壊れた機械みたいなものがあるよ」
不意に浜本さんが、驚いたような声をあげた。急いで駆けつけると、彼女の前に錆びた金属のかたまりがあった。長い棒状の物体がひしゃげているように見える。かなりの大きさだ。
「何だろ、これ? パイプっていうか、配管の一部かな。でも、大きすぎるというか、この島には似つかわしくない感じだなあ」
「だよね。ええと、何かの研究施設かもって言ってたんだっけ? 水道管、じゃないよね。水道なんか、ないんだし」
「変だね、これは土台の部分かな? 壊れてしまっているみたいだけど」
「んー、何だろうね。海賊を迎え撃つ大砲とか?」
浜本さんは冗談めかして言ったが、俺はハッとした。そうだ、これは何かの配管というよりも破壊された砲台に見える。
「まさか、これは……」
潮見さんは、錆びた金属を見つめながら立ちすくんでいた。
「海を狙う沿岸砲というよりも……対空砲、いえ高射砲と呼ぶのでしょうか。ここは高射砲陣地だったのではないでしょうか」
南国の美しい風景に、まばゆい日差しが降り注いでいる。
なのに、俺は何とも言えない寒気を感じたのだった。
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