第38話 島の南へ探検開始

 8月に入り、世間の人たちがお盆休みを意識するぐらいになった頃、ようやく遠征の準備が完了した。夏休みの時期、未知の地域への探検を計画している高校生はおそらく俺たちぐらいだろう。


 出発の日、俺たちはシェルターの前で荷物を点検していた。


「ええっと、水筒に食料用のバナナ、目印用の木の棒にツル……念のため、火起こし用の道具も持っていった方がいいかな」

「野宿することになった場合、あれば役に立つと思います。ただ、あまり荷物が増えると重くなってしまいますね」


 潮見夕夏しおみゆかが、たくさんのツルを束ねながら言った。植物のツルは、目印や各種作業で結構使うのだ。浜本美波はまもとみなみは、メインの食料となるバナナを準備している。


「守川君さあ、真剣になりすぎない方がいいんじゃない? あんまり思い込むと疲れちゃうよ。ひとまず、お水と食べ物があれば大丈夫でしょ。無理ってなったら、引き返せばいいんだから」

「浜本さんは、楽天的すぎるんじゃないかなあ。せっかく準備したのに、うっかりミスで引き返すっていうのはちょっと」

「それは、そうだけど。細かいことを気にしすぎるよりも、要所をおさえるっていうのかな? 大事なところを忘れなければ、何とかなると思うよ。肩に力が入りすぎると、うまく実力を発揮できなくなるっていうか」

「なるほど、それも一理あるか。浜本さん、良いこと言うね」


 俺がほめると、浜本さんは得意気な表情になる。


「ふふ、ことわざみたいなのにあるじゃない。大事なことこそ軽やかに一歩を踏み出せ、だったかな」

「良い言葉ですね。美波さん、何か出典があるんですか」

「うーん、どこかで聞いた気がするんだけど、よく思い出せないなあ。もしかして、出典はあたし……ってことはないか」


 せっかく良いことを言ったのに、なんだかしまらない感じである。それでも、雰囲気が明るくなった気がした。


「よし、出発しようか。安全は大事だけど、固くなりすぎないように行こう。何かあれば、引き返せばいいんだし」

「ちょっと、それはあたしが言ってたことじゃない」

「美波さん、ここはリーダーに花を持たせるということで……」


 俺たちは、わいわい言いながら出発することになった。念入りに準備を重ねた計画ではあったが、こういうので良いのかもしれない。俺は山の頂上を見上げてから、畑らしき場所を目指したのだった。


  ***


 体力を温存するために、ゆっくりと歩いて畑らしき場所に到達した。今や、この道もずいぶんと慣れたものである。ここでバナナを食べ、水をしっかり飲んで休息をとった。

 次に、仮拠点を作った山頂近くへと向かったが、ここは傾斜がきつくてなかなか苦労させられる。それでも、目印や道を整備したおかげでトラブルなく進むことができたのだった。


 午後には予定どおり、山頂近くの仮拠点に到達した。拠点と言っても、3人がぎりぎり寝られるぐらのスペースしかない粗末なものである。これでも、骨組み用の木材を運び、屋根用の葉っぱを周囲から探したりとずいぶん苦労させられたのだ。


「わあ、あいかわらず景色がいいね。風があるし雲も多いけど、何ていうか壮大な感じ。写真が撮れたらなあ」


 浜本さんが、島の南側を眺めながら大きく背伸びをした。彼女の言う通り、空にはちぎれ雲が結構なスピードで流れていく。見下ろした斜面の木々が、波打つように揺れていた。


「天気がちょっと不安ですよね。嵐にはならないと思いますが、この島の天候は気まぐれですから」


 こちらに吹き付けてくる風に、潮見さんは髪の毛を押さえた。頂上近くのこの場所は、木が少ないから風が強く感じられるのだろう。


「本番は明日だから、晴れてくれるように祈るしかないなあ。まあ、悪天候なら潔く撤退して、またチャレンジしよう」

「そうそう、粘り強く挑戦だね。……ところで、今日はこれから何をするんだっけ?」


 こちらを向いた浜本さんが、首をかしげた。


「今日の行動は終わりだよ。明日に備えてしっかり休むだけ。仮に作ったシェルターも壊れてないみたいだし、念入りに準備したおかげだね」

「あっ、そうなんだ。むー、ここまで来たんだからさあ。一度頂上に登ってみたいよね。えっと、島の最高峰を制覇したぞ、みたいな。でも、あれは無理かなあ」


 そう言って、浜本さんは岩のかたまりのような山頂を指さした。今までも頂上へ登ってみたい気持ちはあったが、作業で忙しかったのと、険しそうな崖で断念したのだ。


「島の風景を見渡すのは、ここで十分だからなあ。あれは、どうかな。岩がむき出しで危なそうだし、やめておこう。せっかく、ここまで来たのに滑って足を痛めるとか悲劇だからね」

「んー、そうだね。無理はやめて、ここから景色を楽しむのが賢いかも」


 浜本さんは、あっさりと引き下がった。それほど登りたかったわけではないらしい。潮見さんは、どこか不思議そうに頂上の岩を見つめていた。


「どうしたの? 何か気になるものでもあるのかな」

「いえ、うまく表現できないのですけれど、あの頂上付近って荒れたイメージがあるなって思ったんです。あそこだけ、岩が露出していて尖ったりしているような……」

「なんだろうね? さえぎるものがなくて風が当たりやすいから、土とかが飛ばされていったのかな」

「かもしれませんね。やはり、登るのはあきらめて、ゆっくりすごしましょう」


 潮見さんはそう言うと、気分を変えるかのように笑みを浮かべた。あらためて簡易シェルターに目を向けると、浜本さんがごそごそやっている。


「んー、前に持ってきたヤシの実とバナナは大丈夫みたい。ふふ、今日はここで泊まるんだよね。お泊まり会みたいで楽しそう」

「うーん、俺たちって、ある意味では毎日がお泊り会みたいなものだと思うけど」

「もう、普段とは別の場所っていうのが、特別感なのよ。景色もすごいじゃない、何ていうか空が近くなって感じかな」


 俺としては、ここで体力を温存しつつ明日に備えるという考えだったのだが、なんだか楽しげな雰囲気になっている。


「えっと、今日はもうすることは無いんでしょう?」

「荷物整理ぐらいかな。ご飯を食べたら、ゆっくり休むだけだね。あまり知らない場所だから、暗くなったら動かない方がいいだろうし」

「ふふ、じゃあ、みんなでいっぱいおしゃべりしようよ。さすがに暗くなったからって、すぐには寝られないだろうし」

「いいですね。最近はこの遠征の準備で忙しかったですから、ゆっくりお話しをしたいです」


 浜本さんと潮見さんは、一緒に盛り上がっている。まあ、この島での数少ない娯楽だしな。


「お題は何にしようかなあ。んー、救助されたら、最初に食べたい物とかがいいかな」

「ここは、あえて無人島に持って行きたい物、とかはどうでしょう。無人島で、このお題というのがポイントですね」

「ふふ、夕夏ちゃんも面白いこと考えるねえ。そうだなあ、あとは好きなもの、好きなタイプとか」

「ええっ」


 潮見さんがピタッと動きを止めて、きょろきょろし始めた。何やら挙動不審である。


「美波さん、そういうのは……ええと、ふ、風紀が乱れますから、控えましょう」

「ど、どうして、そんな反応になるの? いつかのあたしみたいなことを言ってるよ。……まあ、先に荷物をまとめようか」


 意気込んで始めた探索ではあったが、いつものような感じになっている。だが、下手に気負うよりはこれでいいのかもしれない。

 俺は、島の南側に広がる森を見下ろしながら考えたのだった。

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