第40話 島の現在と過去

 俺たちは、探索の目的地であった岩場でぼう然としていた。いや、岩場ではなくて潮見夕夏しおみゆかによると、ここは高射砲陣地だったらしい。そう言われると、錆びた金属パイプのような物体は曲がった砲身にしか見えなくなった。


「ちょ、ちょっと、これって本当に大砲なの? どういうこと、誰がいつこんなものを置いたの?」


 みんなが黙り込む中、浜本美波はまもとみなみが急に慌てだした。


「そりゃあ……高射砲って言ったら飛行機が相手だから、第二次世界大戦のときのものだろ。この島の場所的に……旧日本軍のものなんじゃないかな」

「戦争のときのなんだ……でも、ここって船とか飛行機が全然通らない場所じゃない? 今まで1つも見てないのに、どうしてこんな場所に」

「当時は重要な場所だったのかもしれないよ。作戦とか戦況によっては、飛行機や船がこの島の近くを通るようなことがあったのかもしれない」


 俺は空を見上げてみたが、雲ひとつなく透き通った青空だった。遠くに見える海も、太陽の光を反射して静かに輝いている。目の前に砲台の残がいがなければ、こんなこと信じられなかっただろう。

 潮見さんは、錆びた高射砲らしきものをを見つめている。


「守川さんの説明で筋が通りましたね。どうしてこんな島に人が住んでいたのだろうって疑問がありましたけれど、当時は重要な場所だったのですね。そして、戦争が終わってからは知る人が居なくなってしまったのかもしれません。……いえ、わたしたちが知らなかっただけで、関係者の方がおられるのかもしれませんが」

「どうだろう? たしか、今年で戦後70年だっけ。……信じられないな」 


 歴史の中の出来事だと思っていたことが、急に目の前に現れたので戸惑ってしまう。しかも、それが自分たちが暮らしていた島に関係していたとは。

 俺が物思いにふけっていると、浜本さんが急にそわそわし始めた。


「ね、ねえ、ここに居た兵隊さんたちはどうなったの?」

「それは、戦争が終わってから……ええと、復員したんじゃないかな」

「でも、ここの砲台があったところって、めちゃくちゃになってるよ。もしかしたら……」


 浜本さんは、何かを言いかけて口をつぐんだ。岩が散らばったような痕跡、曲がった砲身のようなもの、ここで何があったのか想像がついたのだろう。

 いかにも平和そうなこの島で、かつて激しい戦いがあったというのだろうか。青く澄み渡った空を眺めていると、めまいがしそうな気分になったのだった。



 島の過去にショックを受けた俺たちだったが、ひとまず休憩することにした。なんとなく砲台跡はさけて、近くの森へと移動する。ヤシの実の水筒から水を飲むと、少しは気分が落ち着いた。


「……急な発見に驚いたのですが、色々と納得できることもありますね」


 木のつくる影の下、潮見さんは砲台跡をじっと見つめた。


「以前、バナナを持ち込んだのは誰かという話になりましたが、軍人が持ち込んだのでしょうね。あの畑らしき場所は、本当に畑として使われていて、サツマイモも同じように栽培されていたのかもしれません」

「あそこは荒れた感じがしていたけど、70年近く昔だからなあ。むしろ、少しでもそれらしい雰囲気が残ってたのが驚きだね」


 俺は畑らしき場所、いや畑跡と言った方がいいのだろうか。山の中腹にあった畑跡を思い出していた。ヤシの実の水筒を手にした浜本さんが、首をかしげる。


「兵隊さんが、畑でサツマイモとかバナナを育ててるってなんだか想像できないなあ。なんか、昔の兵隊さんってすごく厳しそうな雰囲気があるじゃない。毎日訓練してそうな感じかな」

「本土から離れた島だから、食料とかの補給が大変だったんじゃないかな。船で運んでもらうって言っても、簡単には来れないよね」

「そっかあ。兵隊さんってそれなりの人数がいただろうし、訓練したらお腹がすくし、ご飯担当の人って大変だったんだろうね。あう、食料の保存期間とか炊事用の燃料とか考えると頭が痛くなりそう」


 料理が得意だという浜本さんは、昔の食料事情に考えをめぐらせているようだ。食料担当といえば、給養員と呼ぶのだったっけ。そういった役割の人が、少しでも美味しく新鮮なものを食べてもらおうと工夫していたのだろうか。


「それにしては、ここからずいぶんと離れたところに畑を作ったんだな。水があったからかな、いや、それにしては不便な気がする。むしろ……あれ、何か前にこんな話が?」


 浮かんだ疑問を口にすると、女の子たち俺を見た。


「どうしたのですか、何か不審なことでも?」

「潮見さん、ここって高射砲陣地の跡って言ってたよね」

「はい、位置的に海より空を狙うのに適しているように見えたので。ただ、そう思っただけで、わたしはこういう施設について詳しい知識があるわけではないです。ですから、違う可能性もありますよ」

「そうなんだ。……俺が中学生の頃なんだけど、夏休みに家族で昔の防空壕、いや地下壕っていうのかな。戦時中の司令部跡みたいなところを見学に行ったんだ」


 数年前、家族で旅行に行ったときのことだ。もう、ずいぶんと昔のことに思える。浜本さんが、不思議そうに俺を見た。


「家族で防空壕を見学って、なんだか変わってるね。あっ、別に変だとか言ってるわけじゃなくて、守川君の家って真面目なんだなって」

「俺の夏休みの課題だよ。自由研究か何かで、どこかを見学して作文を書きなさいっていうのがあったんだ」

「あう、なかなか大変そうな宿題だね。あたしなら、後回しにして大変なことになりそう」


 なんとなく浜本さんは、夏休みの宿題を最後にまとめてやるタイプのような気がする。


「それで、見学に行って……そうだ、父さんだ」


 俺は地下壕の見学で、父親が図面を見ながら説明してくれたことを思い出す。


「父さんが言ってたんだけど、高射砲陣地なんかはいくつかのブロックにわかれてるって話だったと思う。……えっと、ここにある砲台とか、目標を見つけるための観測所、あとは司令所? 指揮所だったかな。攻撃を受けたときに被害を分散するとか、観測所みたいに見晴らしの良い場所じゃないとダメなものもあるから、陣地がわかれてるって話だったような」

「ふうん、守川君のお父さんって物知りなんだね。でも、それが何か関係あるの?」


 浜本さんは、きょとんとした様子だったが、潮見さんはハッとしたようだった。


「つまり、この砲台跡以外にも何か施設がある……いえ、あったということですか」

「うん。もしかしたら、俺たちが仮拠点を作った頂上近くにも何かあったのかもしれないよ」


 俺は、岩がむき出しになった山の方へ目を向けた。


「あそこなら島の周囲を見張るのにちょうどいいから、観測所があったのかもしれない。例の畑は、そこの人たちが使っていたんじゃないかな。山を登ったり下りたりが大変だけど、池の水も利用できるからね」

「そういうことかあ。兵隊さんなら、簡単に行き来できそうだね」


 浜本さんは、納得した様子でうなずいた。だが、すぐに彼女の表情はくもってしまう。


「でも、頂上のあたりって岩が散らばっているというか荒れた感じがあったよね。あう、ここから見て岩がむき出しになっているのは……」

「攻撃を受けて破壊されたのかもしれないな」


 思ったことを口に出すと、何ともいえない気分になった。自分たちが何気なく過ごしてきた場所で、痛ましい出来事があったと思うと切ない気分になる。俺たちは、無言で砲台跡を見つめたのだった。



 しばらくの間、俺たちは黙って座り込んでいた。急な発見に、どう反応していいのかわからないのかもしれない。俺は雰囲気を変えようと、あえて気合を入れて立ち上がった。


「提案なんだけど、まだ時間に余裕はあるから、もうちょっと探索を続けてみたいんだ。さっき話したけど、ここ以外にも司令所っていうか兵員が寝起きしたり生活したりするような場所があったと思う。そこを見つけられれば、何かあるかなって……俺たちが救助されるのには全然関係が無いんだけど、調べてみたい気分になったんだ」


 口にしてから、無理にやることではないなと思った。さっさと元のシェルターに戻って、ゆっくり身体を休める方がいいのかもしれない。

 やっぱり取り消そうかな考えたが、意外なことに女の子たちはやる気を見せていた。


「せっかく、ここまで来たんだから気になるところは調べたいよね。何かあるかもしれないし、何か見つけなくてはいけないような……あう、あたし、何を言ってるんだろう」

「美波さんの言いたいこと、何となくわかるような気がします。わたしも、この島で過去に何があったのか、できることなら知りたいと思います」


 俺たちは、うなずきあうと再び砲台跡に目を向けたのだった。

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