第41話 さらに奥地へ

 太陽の角度からすると、まだ探索する時間はありそうである。俺は、帰り道にかかる時間を計算しながら考えをめぐらせた。この島には、かつて旧日本軍の基地が置かれていたようである。目の前にあるのが高射砲陣地の跡だとすれば、どこかに司令所のような施設があったはずだ。


「んー、どこを探せばいいんだろうね。森の中をうろうろしてたら、あっという間に時間がなくなりそうだし」


 浜本美波はまもとみなみは、腕組みをしながら考えているようである。


「何か手がかりがほしいですね。相当に昔のことですから、草や木々に埋もれてしまっているかもしれません」


 潮見夕夏しおみゆかも、真剣に考えているようだ。2人の言う通り、探すのは簡単ではない。すみずみまで調べるには、この島は広すぎるのである。ここは頭を使わなくては。


「観測所なら高くて見晴らしの良いところだろ。司令所とか司令部みたいな人がたくさん生活するような場所はどこに作るんだろう? 宿舎っていうか寝泊まりする施設も必要だよな」


 思ったことを口に出しながら考えてみる。こういうのは軍事的な理論に基づいて設置されるものなのだろうか。しかし、俺はその手の知識には詳しくないのだ。

 なら、俺たちがこの島でシェルターを作ったときは、どうだっただろうか。何か考えて作ったはず。


「……水かな?」


 思わずつぶやくと、潮見さんが俺を見た。


「何か思いついたのですか?」

「この島で生活する上で大事なものって考えたんだけど、それは水だと思うんだ。暑いし、炊事や洗濯にも必要になるよね」

「そうですね。訓練や戦いとなれば、汗もたくさんかくでしょうし。……この高射砲陣地で勤務していた人はどこで水を補給していたのでしょう?」

「俺は、川じゃないかと思うんだ。頂上付近から島の南側を見たときに、川らしきものが見えたじゃない。そこから運んでたんじゃないかな。それで、人がたくさん生活するなら水辺の近くが便利だよね」


 この考えが正しいかはわからない。川の近くなど、わかりやすい場所に作ってはいけないのかもしれないし、この砲台跡と一緒になっていた可能性だってある。俺が拠点を作るなら、という仮定での推理だ。

 この推理に自信はなかったが、浜本さんは感心したようだ。


「すごいじゃない。お水はやっぱり大事だよね。毎日使うけど、運ぶと重たいし」


 そう言って浜本さんは、ヤシの実で作った水筒を揺らした。残りが減っているので、ちゃぷちゃぷと音がする。


「じゃあさ、ここから川の方へ行ってみればいいわけだね。あう、どっちかなあ?」


 俺は、出発前に見た風景を必死に思い出す。ここから、それほど遠くはないはずだが、森の中を迷わずに行けるだろうか。

 悩んでいると、潮見さんがじっと地面を見ていることに気がついた。


「どうしたの、何か見つけたの?」

「あそこなんですけれど、道とは言えないんですけど、地面に何かの跡が残っているような気がするんです。砲台跡から森へ、少し低くなったところがあるように見えます」


 俺たちは木陰から出ると、潮見さんが見つけた場所へと移動する。近くで観察してみると、たしかに森の奥へと続く道のように見えなくもない。


「うーん、でも基地があったのってだいぶ昔でしょ。これって本当に道の跡なのかなあ」


 浜本さんは、森の方を見て首をかしげた。


「わからないな。でも、ここに砲台があったってことは、大砲とか弾も運んできてたわけだよね。台座とかを作る資材も必要なはずだから、当時はそれなりの道があったんじゃないかな。だから、草とか木が生えても、うっすらと痕跡が残っているとか」

「そっか。あの大きな大砲も運んでこなきゃいけなかったんだよね。……じゃあ、この道、じゃなくて道の跡みたいなところをたどってみようよ。悩んでる間に時間は無くなるし、そもそも他にヒントもないでしょ」

「そうだな、浜本さんって思い切りがいいよね。潮見さんも、それでいいかな」

「ええ、わたしも賛成です。今の情報では、これが一番可能性が高い気がします」


 3人の意見が一致したので、俺たちは目印を設置してから森へと入ったのだった。


  ***


 森の中を迷わずに進めるか不安があったが、道らしきところをたどっていくと思ったよりスムーズに移動することができた。かつて道があったときは、木を切り倒したり邪魔な岩をどけたりしたのだろうか。今でも、森の中に通りやすい空間というようなものを感じるのだ。

 しばらく歩いていくと、水の流れる音が聞こえてきたのだった。


 俺たちが住んでいるシェルター近くにある水場は、小川というかちょっとした沢と表現するような小さなものだった。だが、目の前にあるのはしっかりとした川である。


「わっ、きれいだし水もたっぷりあるねえ。はあ、あたしたちが流れついたところに、こんな川があったら良かったのに」


 浜本さんは、歓声をあげながら手を流れの中につけた。


「ふう、冷たくていい気持ち。あっ、ここで水を補給できるね」

「この川の水って飲んでも大丈夫かな? いや、今までさんざん飲んできたし、ここだけ危ないってこともないか」


 俺が手で水をすくうと、女の子たちも同じようにする。


「んっ、ふう、美味しいですね。ここまで来るのに、思ったよりのどが渇いてしまいましたから、助かりました」


 潮見さんは、ほっとした様子で水をゆっくりと飲んだ。俺も、水の心配がなくなったので一安心である。お腹が空くのは我慢できるが、この南の島でのどが渇くのは耐えられないというか、危険なのだ。


「森の中に流れる川って、いやされるよね。きれいだし、音も心地よい感じ。ここに新しいシェルターを作っちゃいたい気分」

「浜本さん、ここに来た目的を忘れてない?」

「わ、忘れてないに決まってるでしょ。えっと、指揮所だとか司令部っぽいところを探すんだよね。あれ、川は見つけたけど、それらしいところが見当たらないねえ」


 浜本さんは、きょろきょろと周囲を見回してから首をかしげた。川にはたどりつけたのだが、俺たちが探していた物は見つからないままである。だが、道の痕跡はこのあたりへと続いていた。何か、あるはずだ。


「あっ、上流の方が明るい気がするな。木があんまり生えてないのかもしれない。行ってみようか」

「あう、登りはやだなあ。まっ、行くけどね」

「……ふう、こういうときは大変そうな方が正解なんですよね。いえ、何でもないです」


 女の子たちは、川の上流の方を見てため息をついたが、表情は元気そうである。もう少し探索を続けても大丈夫だろう。

 俺たちはヤシの実の水筒に水を補給をすると、上流の方へと向かったのだった。


  ***


 こちらの川は岩が多く、川沿いを歩くのは難しかった。少し離れたところを進んでいるうちに、坂が少しきつくなってくる。この方向であっているのか気になりだしたところで、唐突に開けた場所に出たのだった。


 森の中に、ぽっかりと穴があくように草原があった。丈の低い草が生え、ところどころに黄色や白の花が咲いている。だが、ただの草原ではないようで、ところどころに岩が顔を出している。よく見ると、天然の岩ではなくてコンクリートっぽいものが混ざっていた。


「ここが、ええとあたしたちが探してた司令所? みたいな場所なのかな。何も残っていない感じだね」

「そうだね。何かしら残ってたらと期待してたんだけど、やっぱり時間が経ちすぎてたのかな」


 周囲は森なのに、ここだけ木があまり生えていないのは、かつて何かの施設があったからだろうか。俺と浜本さんが落胆する中、潮見さんはじっと景色を眺めていた。


「あそこ、草原の奥を見てください。崖になっているでしょう」


 彼女の言う方を見ると、壁のようにそびえる崖があった。ほぼ垂直な崖でこれ以上は先に進むことができないようだ。


「雨などで、あの崖の上から土が流れてきたのかもしれません。それで施設跡が埋まって、草原になったのではないでしょうか」

「ああ、長い月日が経っているもんなあ。かつての基地も、自然に還っていくってことか」


 この草原は、過去にこの島につけられた傷跡が癒える過程にできたものなのだろうか。

 俺たちは、無言で草原を眺めたのだった。

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