第42話 残されていたもの
俺たちは、島に残っているかもしれない旧日本軍の施設を探していたが、見つけたのはところどころ花が咲いているだけの草原だった。おそらく破壊されたあとに、雨や風によって土で覆われてしまったのだろう。残念だが、一方でこれで良かったのかもしれないという思いもあった。
「そろそろ戻ろうか、今からなら余裕を持って山頂の仮拠点まで戻れると思うんだ。ここから先は、険しい崖だから登るのは無理だろうし」
ここで行き止まりと主張するような崖は、ごつごつとした岩の壁のようで、ところどころに緑色のツタが張りついている。ろくに土もなさそうなのに、ツタは見事に繁殖していた。
「そうですね。期待していたようなものは見つかりませんでしたけれど、十分な成果だと思います。バナナを持ち込んだのが誰だかわかったわけですし」
「んー、心残りがないわけじゃないけど、探せるものは探したよね。まあ、これでいいんじゃないかな。帰ろうよ」
少し残念そうな表情の
俺は、あえて元気な声を出すことにした。
「よし、わかったこともあるし、今日は帰ろう。帰りは、山の頂上近くまで登らないといけないから、気を抜かないでね」
「ここからだと頂上が遠く見えますね。斜面が緩やかなのが救いです」
「そうだった、帰りは登り道になるんだった。あう、ここでゆっくりしたいとか思ったけど、そんな場合じゃなかった」
女の子たちは、がっかりした様子だったが、言葉ほどには疲れていないようである。何もないとは思うが、余裕のあるうちに出発しておきたい。
「ゆっくりするのは、仮拠点についてからにしようぜ。暗くなったら、休むしかないんだし」
「はあ、そうなんだけど。もうちょっと……あっ」
浜本さんが何か言いかけたとき、強い風が吹いた。周囲の木々が揺れ、花びらが飛ばされていく。少し雲がでてきたようだ。
「ええっ、な、何。 何か、居るの?」
急に浜本さんが、驚いたような声を出した。俺と潮見さんは、よくわからず首をかしげる。
「木が揺れただけじゃないの? 大きな動物とか、今まで見てないでしょ」
「うう、そうじゃなくて、崖の方で何かちらっと見えた気がするの。一瞬、人影かと思ったけど、そんなわけないよね」
「いくらなんでも、人はいないだろ」
俺はすぐに否定したが、背筋にひやりとしたものを感じた。かつて基地のあった島だけに、破壊された施設の跡がなんだか恐ろしく感じられる。だが、理性は落ち着いて考えろと訴えかけてくる。
「崖の方か、調べてみようか」
「えっ? そっとしておいた方がいいんじゃないかなあ」
浜本さんは乗り気でないようだが、俺は確かめてみたくなった。彼女はちょっとうっかりしたところがあるが、いい加減なことは言わないだろう。
崖の前に立ってみたが、ツタに覆われた岩の壁があるだけである。動くようなものは見当たらなかった。
「あう、まぎらわしいこと言ってごめんね。たぶん、あたしの見間違いだから」
「ツタが風で揺れたのでしょうか」
「あっ、夕夏ちゃん、たぶんそれだよ。それを何かが動いたと勘違いしちゃったのかな」
そのとき、風が吹いてツタを揺らした。ほんの一瞬だけ、ツタの後ろに黒いものが見えた気がした。
「そうか、後ろに何か空間があるのか」
俺がツタを引っ張ると、洞窟の入り口ようなものが現れたのだった。
しばらくの間、俺たちは立ち尽くしていたが、潮見さんが我に返った。
「これは、自然にできたものではなくて、人の手が加わっているように見えますね。施設の一部だったのでしょうか」
「場所的に考えると、そうだろうね。調べてみようか」
「あう、下手に入らない方がいいんじゃないかな。でも、何か見つかるなら……」
浜本さんは及び腰だったが、好奇心も強いようだ。
「ちょっと、のぞいてみようよ。さすがに俺だって、今から洞窟を探検しようなんて言わないからさ」
ツタをどけて、みんなで崖にあいた穴をのぞきこむ。不安や期待を抱いていたのだが、穴はすぐに行き止まりになっていた。入り口から差し込んだ光が、地面に散らばる朽ちた木材や、ぼろぼろになった布袋らしきものを浮かび上がらせる。
「あれ、何なのこれ。洞窟じゃなかったの。壊れたものが転がってるだけ?」
さっきまで、びくびくしていた浜本さんが拍子抜けしたかのように言った。潮見さんは落ち着いて観察しているようだ。
「物資の保管場所だったのでしょうか。狭いのは、自然にできた空間を利用したのか、掘っている途中だったのかもしれません」
「なるほどね、この朽ちた木材は入り口の扉とかだったのかな。でも、保管場所と言っても、何も残ってないみたいだね。布の袋もぼろぼろだし」
俺は、布の袋を持ち上げてみた。単なる袋といっても、今の俺たちには貴重品である。使えるのなら助かると思ったのだが、荷物を入れたらすぐに破れてしまいそうだった。
「あっ、守川さん。袋の下に何かありますよ」
潮見さんに言われて地面を見ると、袋があったところに布製のカバンぽいものがある。
「これは、リュック……じゃなくて、
「は、
浜本さんは、周囲をきょろきょろ見回しながら言った。持ち主が居るはずがないのだが、長い年月を耐えてきたであろう背嚢を見ていると厳粛な気分になる。今までよく残っていたものだ。
「わたしたちが、この島で生活するために使うのなら許されるのではないですか。決して、マニアとか
「夕夏ちゃんて、意外と悪いことを考えるんだね。あたしは、これにサツマイモとかバナナを入れていいのかなーってぐらいのことを思ってたんだけど」
「美波さん、人聞きの悪いことを言わないでください。わたしは、そういうことをしてはいけないと言っただけで、やろうと考えたわけではないですよ」
潮見さんと浜本さんの会話を聞いているうちに、雰囲気が和らいだ気がする。貴重なものなのだろうが、俺たちが生活するために使わせてもらおう。俺は地面の背嚢に手を伸ばした。
「あっ、しまった」
肩にかけるヒモの部分をつかんだのだが、ある程度持ち上げたところで本体から外れそうになった。俺は、慌てて背嚢の底の部分に手をあてて支える。
「ふう、なんとかセーフかな。だけど、リュックとして使うのは無理みたいだ。……んっ、中に何かある?」
布越しに何かの感触がある。俺は背嚢を地面に置くと、慎重に開けてみた。女の子たちが見守る中、そっと取り出してみると、中身は茶色い油紙につつまれた物体だった。
「なんだろう? 軽いし、大きなものでもない感じだ」
「ピストルとかだったら、びっくりだよね。あれ、この場合って銃刀法とかで、あたしたちが怒られちゃうの?」
「しかるべき役所に届けでれば大丈夫でしょう。それに、本当に拳銃だったとしても、もう発射することはできないと思いますよ」
女の子たちがあれこれ推理する中、俺は緊張しながら油紙をめくっていく。拳銃か、展示されているものを見たことはあっても、実際にふれたことは一度もない。
みんなの視線が集中する中、姿をあらわしたのは小さな手帳だった。
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