第35話 島の南側
7月になって、何日かが過ぎていた。本来なら期末試験に苦しみ、夏休みを楽しみにしているはずの時期であったが、無人島に遭難した俺たちは山の中で汗を流している。海岸沿いのシェルターから沢を目印に登り、畑らしき場所から頂上を目指して地道に作業を続けた結果、ついに尾根らしき場所に到達したのだった。
「よし、ついに登ってこれたぞ。思ったより尾根筋がわかりやすいから、このままたどっていけば頂上へ行けるはず」
「えへへ、やった。尾根って、頂上から続いている線みたいな場所なんだよね。これなら迷わないのかな」
「木が茂ってますから簡単ではないかもしれませんね。でも、見たところ登りが緩やかになっていますし、意外と楽に頂上までいけるかもしれません。……ふう、楽だといいのですけど」
「潮見さんは、しばらく休んでてよ。俺は記念も兼ねて、しっかりとした目印をここに立てるから」
俺が棒を地面に突き刺していると、浜本さんが周囲を見回しながらため息をついた。
「はあ、こうやって目印を立てたら、あたしたちの土地になればいいのになあ」
「まだ言ってるんだ。でもさあ、こんなところに土地をもらっても普段は遊びにこれないし、利用価値もないじゃない。それに、自分の土地になったら税金だってかかると思うんだけど」
「あう、税金がかかるんだ。じゃあ、別にいいや」
わかりやすい反応に吹き出しそうになったが、潮見さんもくすくす笑っていた。
「ふふ、下手に土地をもらってしまったら管理責任も生じますからね。……ふう、元気が出てきました。わたしは大丈夫ですよ」
「じゃあ、もうちょっと進んでみようか」
俺たちは、尾根に沿って登ることにした。さきほどまでに比べると、進むべき方向がわかりやすいし、障害物もないので歩きやすい。
しばらく登っていると、周囲の木の枝の隙間から、空とは違う青色が見えた。はっきりとは見えないが、おそらく海だろう。朝に出発してからそろそろお昼の時間帯だが、かなり高いところまで来たようだ。
「もうちょっとで、頂上まで行けるかもしれないな」
「守川君、ちょっとってどのくらいなの? あたし、小学校の遠足で、先生にあとちょっとって言われながら2時間ぐらい歩いたことがあるんだからね」
「それは、とても恐ろしい話ですね。……ぶるぶる」
俺が振り返って潮見さんの様子を確認すると、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべた。元気いっぱいというわけではなそうだが、まだ大丈夫なようである。
気を取り直して歩きだすと、前方が明るくなってきた気がした。木々の間から見える青い空が、徐々に広くなっていく。
「あっ、これは本当にもうちょっとかも」
「ええっ、本当って、聞き捨てならないことを言わなかった? あっ、たしかに雰囲気が変わってきたかも」
後ろから浜本さんが文句を言ってきたが、彼女も何か気づいたようだった。
俺たちは自然と早足になる。森の中は少しずつ明るくなり、唐突に視界が開けた。
最初に目に入ったのは、濃い青色の海だった。島の南側の海は、俺たちがシェルターを作った北側の海岸と比べて、深そうで黒っぽい青色に見える。
「わあ、すごくきれいだね。でも、ひこまれそうで怖い感じもするなあ」
「ええ、深い海なのかもしれません。……ずいぶん、高く登ってきましたね」
女の子たちの感想を聞いているうちに、周囲を観察する余裕がでてきた。俺たちが居る場所は、頂上より少し下にある平らな場所のようだ。周囲は岩が多く、樹木が少ないので島を見渡すことができる。
島の南側は、今まで行動していた北側と同じく森に覆われている。だが、南の方が斜面が緩やかなようで木々の密度も低いようだ。
「ふうむ、俺たちは山が険しい方に流れ着いちゃったみたいだな。まあ、自分で場所を選べるわけじゃないけど」
今度は、視線を上げて島の周囲の海を観察してみる。もしかしたら、近くに何かあるのではないかと思ったが、青い海が広がっているだけで、絶海の孤島という言葉が頭に浮かんでしまう。
「やはり、この島は周囲から隔絶された無人島だったのですね。見渡す限りの水平線に囲まれた島というのは、うまく言葉にできませんが……神秘的、いえ、すごみのようなものを感じます」
潮見さんは、風で髪がなびくのを押さえながら言った。高度があるためか、風が結構強いのである。流れる雲と、風で揺れる森の木々を見ていると、この島が動いているかのように見えてしまう。緑に覆われた島が、船のように青い海を進んでいく、そんな連想をした。
「すごいなあ。この景色だけでも登ってきた価値があったよね。……あれ、あたしたちって何か目的があったような」
「そ、そうだ。前に住んでいた人の痕跡を探すんだった。えっと、施設か何かが残ってないかなって話だったよね。ここから、見渡せば……」
浜本さんの言葉に、俺たちは本来の目的を思い出す。眺めはすばらしいが、それ以外にやることがあるのだ。
気持ちを切り替えて、島の南側をじっくりと観察する。なだらかな森がほとんどを占めているようだが、ところどころ岩場が存在するようだ。上からだとはっきりとわからないが、川らしき地形もあって海へと続いている。
だが、人工物らしきものは見当たらなかった。
「あれは、何でしょう?」
俺が落胆していると、潮見さんが遠くを指差した。その方向には、白っぽい岩場が見える。
「岩場、だよね? 特に変わったところはないと思うけど」
「そうなのですけれど、他の岩場と比べてみてください。どことなく、砕けた石が散らばっているように見えませんか? 断言はできませんが、色も違うような気がします」
潮見さんの言葉に、俺と浜本さんは遠くの岩場を凝視した。
「んー、夕夏ちゃんの言う通り雰囲気を違うねえ。あれだけ見てると気が付かないけど、他のと比べるとちょっと変なのがわかるね」
「でも、どういうことだろう。何かの施設には見えないし……もしかしたら、撤去した跡なのかな」
「あう、ちゃんと片付けて帰ったってこと? 何か残してくれてたらいいのに」
俺たちは、かつてこの島には科学者が滞在していて研究をしていたのではないか、と推理した。そのときの施設か道具でも残っていれば、と思っていたが望みは薄いのだろうか。
遠くを見ていた潮見さんは、俺たちの方を向いて複雑な表情をした。
「施設は解体して持ち帰ったということかもしれませんね。あとは、希望的観測になってしまいますが、気象観測用の機器などが設置されていれば、というところでしょうか」
「ん、どういうこと? この島の天気予報なんて需要はないんじゃないの」
浜本さんが首をかしげる。俺は少し考えてから口を開いた。
「ああ、研究用にデータを計測してるってわけか。なら、データを送信してるだろうから、それを利用できるかもしれないってことだね」
「はい。ただ、そんなものがあればいいなって思っただけで……可能性は低いと思うんです。変に期待を持っても、がっかりするだけかと」
そう言って潮見さんは、顔をくもらせた。
ここから眺めた様子だと、あの場所まではかなり距離がある。ここまで来るのに、約半日かかっているから、あの場所へ到達するのは簡単ではない。行けたとしても、帰るまでに日が落ちて暗くなってしまうだろう。それだけの苦労をして行く価値があるか、潮見さんは悩んでいるのではないだろうか。
俺と潮見さんが考えをめぐらせていると、浜本さんがポンと手を叩いた。
「ふふん、つまり観測用の機械を見つけて、どーんとやったら、研究員の人が慌てて様子を見に来てくれるってわけだよね」
「いや、壊す必要はないからね。通信してるんだったら、非常事態を知らせる機能ぐらいあるだろ」
「そっか、それもそうだね。じゃあさ、次はそれを探しに行く?」
悩んでいる俺たちと違って、浜本さんはやる気に満ちあふれている。
「うーん、あそこまで行くのは大変だし、そんな装置がある可能性は低いと思うよ。1日では往復できないだろうし、そこまで手間をかけてもなあ」
「んー、あたしは気になるなあ。別にそんな装置がなくても仕方がないと思うの。ダメならダメで、次を考えたらいいんじゃないかなって」
「……正直なところ、わたしもあの場所を確かめてみたいと思っています。ですが、あそこまで遠征するにはどうしたらいいか思いつかなくて困っているんですね」
女の子たちは、ごく自然な感じで俺を見た。
「なんかプレッシャーを感じるな。……まあ、行ってみたいのは俺も同じだよ。ここまで来たら、この島をしっかり調べたいって気持ちになるよね。あそこまで行く方法は、ちょっと考えてみるよ。……まず、今日のところはそろそろ帰ろうか。もう、正午は確実に過ぎたからさ。帰り道も結構長いと思うよ」
俺が言うと、女の子たちは明るい表情になった。あの場所が気になるというのもあるだろうが、探検が楽しいという気持ちもあるのかもしれない。
俺たちは、もう一度景色を眺めてから山を下り始めたのだった。
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