第36話 ちょっと一休み
山頂に到達した俺たちは、次に島の南側を探索することになった。そのための計画を色々と考えなくてはないないのだが、まずは休息をとることにした。このところずっと山の中で作業をしていたので、みんなの疲労がたまっていたのである。
朝方に雨が降ったが、きまぐれな雲はすぐに流れていって明るい太陽が顔を出してきた。
「ふう、やはり暑くなってきましたね。湿度がそれほどでもないので、森の中だと涼しいのが助かりますが」
「そうだね、直射日光をさけて影に入ればすごしやすいね。シェルターを森の中に移して正解だったかな。雨と風がしのげるから、屋根も思ったほど傷んでないね」
この前、山の頂上を目指した帰りにバナナの葉をたくさんとってきたが、それほど使わなくて済みそうだ。
「ここを交換すれば、あとは大丈夫かな。バナナの葉っぱが丈夫なのは良いけど、余っちゃったなあ」
「……それだったら、お皿とかお料理に使うからとっておいてよ」
そう言って
「じゃあ、シェルターに入れとこうか?」
「うーん、今は中を整理中だから別のところに置いといてほしいなあ。あう、青いバナナを持って帰りすぎたかなあ」
中から、何やらがさがさやっている音が聞こえてくる。大きめに作ったシェルターではあったのだが、油断すると道具や食料でスペースが圧迫されてしまうのだ。
「ふふ、食料は多めにあった方が安心できますからね。では、このバナナの葉は水場につけておきましょうか」
「夕夏ちゃん、ありがとう。直接食べるわけじゃないけど、新鮮な方がいいもんね」
「じゃあ、俺は後片付けをしておくよ」
バナナの葉を潮見さんに任せて、俺は屋根の修理用に持ってきた木の枝や葉っぱを集めた。こういった素材は森の中にたくさん落ちているのだが、良いものは貴重なのである。俺は素材を抱えて歩きだした。
行き先は、最初に作ったシェルターである。2番目のシェルターを作るときに、解体して素材にしようかという案もあったが、なんとなくもったいない気がして、そのままにしておいたのだ。今では、使う頻度が少ない物を収納しておく倉庫になっている。
「よいしょっと、これで良し。……ふう、こっちのシェルターはかなり傷んできたな」
屋根に使った葉は、ほとんどが茶色に変色してしまっている。おまけに、手探りで作ったということもあってシェルター全体のバランスも悪い。シェルターというよりも、廃材の寄せ集めという感じだ。
「これでも、最初はお世話になったんだよなあ。夜、寝るときは頼りになったし。……あれから、結構時間が経ったんだな」
俺は、しばらく感傷にひたってから新しいシェルターへと戻ったのだった。
片付けを終えて帰ると、女の子たちが何やらあらたまった態度で立っていた。何か問題があったのだろうか。
「どうしたの?」
「ええと、水浴びをしてリフレッシュしたいんだけど。あっ、洗濯も」
浜本さんが、もじもじしながら言った。潮見さんも恥ずかしそうにしている。
「なんだ、そんなことか。……良いんじゃないの? えっと、俺は何かあったときに備えて声が聞こえるぐらいのところに居ればいいんだっけ」
サバイバル生活も長いとはいえ、普通の生活で気楽にシャワーを浴びるようにはいかないのだろう。独りで見張りをすることになる俺にも、気を使ってくれているのかもしれないが。
「頂上を目指す作業で汗もいっぱいかいただろうし、遠慮しないで行ってきたら? 俺はゆっくり道具の手入れでもしようかな」
「えっと、守川さんも疲れているでしょうから、シェルターで休むのはどうでしょうか? ここなら大声を出せば聞こえますし、シェルターの地面の葉も新しくしておきましたから」
シェルターをのぞいてみると、潮見さんが言ったように新しい葉っぱに取り替えられている。なかなかに快適そうだ。
「じゃあ、のんびりさせてもらおうかな。別に、俺に気をつかわなくてもいいのに」
「いえいえ、服が乾くまで時間がかかりますから」
「まあ、シェルターはあたしたちも使うわけだし、守川君のためだけにしたわけじゃないからね……あう、なんだかあたしがツンデレな子みたい。……違うからね」
「はいはい、わかったよ。気づかいはありがたく受け取っておくから、さっぱりしてきたら」
浜本さんは何か言いたげだったが、潮見さんと2人で水場の方へと向かって行った。1人残された俺は、新しい葉が敷かれたシェルターへと入ったのだった。
シェルターの中で寝そべると、葉っぱの新鮮な香りが鼻をくすぐった。背中が少しごわごわするが、すぐになじんで心地よくなるだろう。一人なので思い切って手足を伸ばすと、なかなか気持ちが良い。
こういうのんびりした日も悪くないなと思う。遭難してサバイバル生活を強いられてはいるが、食料は確保できているし、快適なシェルターも作った。一緒に生活している浜本さんと潮見さんとは仲良くやっているし……2人とも、かなりの美少女である。いや、それは関係ないか。
とにかく、俺は意外と良い暮らしをしているのかもしれない。
「……はあ、水が冷たくて気持ちいい」
「……森の中で水浴びをするのって、雰囲気があっていいですね。木漏れ日が良い感じできれいです」
不意に2人の声が、かすかに聞こえてきた。風や遠くから聞こえる波の音で、はっきりとは聞こえないのだが、一度意識すると話し声を自然に耳がひろってしまう。
「……こうやって身体を洗うのって、最初は抵抗があったけど、慣れてくるとむしろ爽快だね。開放感っていうのかなあ」
「……もう、美波さん、何を言っているんですか。変なくせがついたら、救助されたあとが大変ですよ」
ううむ、盗み聞きするつもりはないのだが。かといって、わざわざ場所を移動するとあとで誤解されるかもしれない。
「……いいじゃない、ここだけだって。無人島で、誰かに見られるなんて、ありえないでしょ」
「……きゃっ、ちょっと大胆すぎるんじゃないですか」
くっ、のんびり休むつもりだったのに落ち着かないではないか。
「……はあ、美波さん、もうちょっと恥じらいというか慎みを大事にしてください」
「……女の子同士だし、別にいいじゃない。守川君がのぞきに来るとかないでしょ」
「……も、守川さんは、そんな人じゃありませんっ。そんなこと、するはずがないでしょう」
「……あー、あたしは、のぞきに来ないって言ったんだけど。うーん、なんか夕夏ちゃん、ムキになってない?」
「……なってませんっ」
ああ、ますます移動しにくくなったではないか。やってもいないのに、のぞきの疑いをかけられるのは絶対に避けたい。かといって耳をふさいだら、何かあったときに困るし。
「……本当かなあ。夕夏ちゃん、めずらしく……ひゃっ、冷たっ」
「……変なことを言う美波さんがいけないんですよ。えいっ」
「……ひゃうっ、ここの水って冷たいんだから。わぷっ、顔にかけるのは反則だから」
「……わたしたちは身体を洗いに来てるのですから問題ないでしょう……それに……してませんから……」
風が吹き始めたのか、2人の声は木々が揺れる音にかき消されていった。俺は、ため息をついて寝転んだ。平和な1日なのだが、無駄に気を使ってしまった気がする。
南の島の時間は、ゆっくりと過ぎていったのだった。
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