第34話 山頂を目指して
俺たちは、山頂への道を開拓するために準備を始めた。
***
山の中腹にある畑らしき場所から、少し登ったところで俺たちは悪戦苦闘していた。
「あう、少し離れただけで、畑っぽい場所の方向がわからなくなっちゃうね。木がいっぱい生えてるせいで、どこも同じように見えちゃうし」
「そのための目印だろ。よし、慎重すぎるかもしれないけど、ここに1つ設置しよう」
俺は、持ってきた棒を地面に突き刺した。潮見さんがそこに矢印代わりの小枝をツルで結びつけてくれる。
「これで大丈夫でしょうか。標識というよりも、わたしたちにしかわからない秘密の目印という感じですね」
「そうだね、何かのおまじないっぽいね。でも、帰り道がわかれば十分だよ。これだけでも、安心感が違うし」
作業を終えた俺たちは、再び前進を開始する。はっきりとした道はないので、方向を間違えるとすぐに迷ってしまいそうだ。俺は、木々の間から見える太陽や山頂をこまめに確認しながら慎重に歩いていく。
「この山って、外から見た印象よりずっと広いような気がします。うっそうとした森が無限の広がりを持っているみたいで、どこまで行っても目的地にたどりつけないような感じというか」
「あー、そうだよねえ。海岸あたりから眺めたら、パッと森を突っ切っていったら頂上へたどりつけそうな気がするんだけど、実際に中に入ったら、どこまでも同じ景色が続いてて。……あう、坂がきついね」
女の子たちは、少し息を荒げながらついてくる。傾斜が急なので、登るのが大変なのだろう。森の中は直射日光がさえぎられるおかげか、それほど暑さは感じないのだが、額に汗が浮いてくる。
「2人とも大丈夫? 疲れてたら休憩して水でも飲もうか」
「んー、あたしはもうちょっと大丈夫かな。夕夏ちゃんは?」
「わたしは……正直、疲れてきてますが、まだいけます。ここまで来たのですから、もうちょっとがんばりたいですね」
「じゃあ、もうちょっとだけ進むよ。ダメそうなら、言ってね」
俺は潮見さんの様子を確認してから、上を目指す。身体が弱そうな印象の彼女だったが、島で生活するうちに体力がついてきたようだ。
目立つ木にツル巻き付けて目印にしたり、間違って進みそうな場所には進入禁止っぽくツルを張ったりして、俺たちはじりじりと進んでいく。
ふと、空を見上げると太陽が真上を過ぎようとしていた。
「あっ、今日はここまでにして戻ろうか」
「んー、もうちょっと進んでもいいんじゃない? ここまで登ってくるのだって大変なんだし」
「浜本さん、欲をだすと危ないよ。帰り道であせって迷ったら大変じゃない? 多少は余裕があったほうが、トラブルがあっても冷静に対処できるし」
「あう、そうだねえ。進めば、進むほど帰り道も長くなっちゃうんだよね」
正直なところ、俺もあと少し進めば何か発見できるんじゃないか、という思いがある。しかし、そんな冒険心で女の子たちを危険にさらすわけにはいかないのだ。
「良い判断だと思いますよ。こうやって振り返ってみると、帰り道って、来たときと印象が違いますし」
潮見さんの言葉を聞いて、後ろを見てみると確かに雰囲気が違うような気がする。登りと下りという違いに加えて、太陽が昇ってきたので、光の当たり加減も変わってきているのかもしれない。やはり、山はあなどれないということだろう。
「じゃあ、今日の作業はここまでにして帰ろうか。帰りは下りだから、滑らないように気をつけてね」
「あう、あ、あたしは滑らないからね」
「いや、別に浜本さんにだけ言ったわけじゃないから。なんだっけ、登山は下りのほうが怪我しやすいとか言うじゃない。下りはスピードが出るし、疲れてるから滑りやすいとか」
「なるほど、帰りだということで油断してはいけないわけですね」
俺たちは方向転換して、例の畑っぽい場所へ引き返すことにした。
迷わないように慎重に方角を確認しながら歩いたが、目印をつけたおかげで楽に歩くことができる。結構な距離を登った気がしたのだが、下っていくと思っていたよりもずっと早く畑らしき場所に到着したのだった。ひとまず、池のそばまで移動して休息をとることにする。
「意外と早く戻ってこれたね。行きと帰りだと、だいぶ時間が違う気がするなあ。まあ、時計がないから体感だけど」
「道がわかっている、というのが大きいのではないですか? 知らないところを歩くときは、どうしても慎重になってしまいますから」
潮見さんは、池でパシャパシャと顔を洗いながら言った。浜本さんは、水を手ですくって喉をうるおしている。
「まあ、がんばったご褒美ってことでいいんじゃないの。この畑みたいな場所だって、道をきれいにしたから、だいぶ早く来れるようになったし」
なるほど、この場所も最初にシェルターから来たときは半日ぐらいはかかったような気がする。だが、今は体感で2時間ほどだろうか。少しずつではあるが、俺たちの努力が報われているわけだ。このまま続けていれば、この山の頂上から島を見渡すことができるかもしれない。
「はあー、疲れた」
そう言って浜本さんは、仰向けに寝転んだ。彼女は、そのままの体勢で腕を伸ばしたりしていたが、急に立ち上がった。
「ねえ、思いついたんだけど。この島って、やっぱり誰も来ていない可能性があるんでしょう?」
「まあ、無いとは言えないね。この場所が畑っぽいって話から始まったけど、はっきりした証拠はまだないから」
「じゃあ、あたしたちが第一発見者ってことかもしれないんでしょ」
何を思いついたのか、浜本さんはうきうきした様子である。
「ふふ、もしかしたらさあ、この島の土地ってあたしたちの物にならないの? 全部、とは言わないけど、ちょっとぐらい権利はもらえないかなあ。さっきだって、がんばって道を整備して、道しるべとか設置してたんだよ」
「いや、それはないだろ」
俺はあきれてしまったが、同時に疑問がわいてきた。この島の権利ってどうなってるんだろう。わずかな期待を感じていると、潮見さんが静かに口を開いた。
「あのう、未発見の島であっても、基本的には国の土地だということになると思いますよ。どこの国に帰属するかという問題はあると思いますが、少なくとも発見した個人の所有物になることは無いと思います」
「あう、そうなんだ。がっかり」
「まあ、そうだろうな」
がっかりしたが、期待などしていなかったように俺は言った。浜本さんは、力なく座り込んだ。
「はあ、あたしたちって給料も貰わないで、この島を開拓してるようなものなのに。んー、埋蔵金とかないかな。これだったら、発見者はいくらかもらえるんでしょ」
「誰がこんな島に財宝を隠すんだよ。隠すのも、掘り出すのも大変すぎるだろ」
「んー、夢がないなあ」
浜本さんは面白くなさそうに言う。そんな彼女に、潮見さんが笑いかけた。
「ふふっ、確かに土地の権利は無いです。でも、わたしはみんなで建てたあのシェルターは、まぎれもなくわたしたちの家だと思っていますよ。それで、十分じゃないですか」
「夕夏ちゃんって良いこと言うね。うん、電気も水道もないけど、あたしたちの家だよね。……さて、体力も回復してきたし、帰ろうよ……あたしたちの家へ」
「まったく、浜本さんは調子がいいなあ」
俺は少しあきれつつも、彼女の言葉が心に残った。俺たちの家、か。
いつか、この島を離れるときがきても、きっと忘れないだろう。
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