第26話 眠れない島の夜

 真夜中に目が覚めた。いや、正確な時間はわからないから夜中だろうと推測しただけである。暗いシェルターの中、隣の潮見夕夏しおみゆか、その奥の浜本美波はまもとみなみはぐっすりと寝ているようだ。山への探索で疲れたのかもしれない。俺も身体を休めようと思って目を閉じたのだが、なかなか睡魔はやってこなかった。

 妙な胸騒ぎがするというか、何か落ち着かないのだ。身体の向きを変えようとしたが、うっかり隣の潮見さんに身体がふれてしまった。慌てて離れたが、彼女は眠ったままのようである。シェルターにいろいろと詰め込んだせいで、寝るスペースが狭くなっているのだ。

 俺は眠るのをあきらめると、女の子たちを起こさないように、こっそりと外に出ることにしたのだった。



 夕方に降っていた雨はやんで、星空が広がっていた。星明かりのおかげで、歩くぐらいは問題ない。俺は、海がよく見える場所まで静かに移動することにした。


「ふう、ここのあたりでいいか」


 俺は、少し離れたところにあるシェルターを見てため息をついた。眠れないなら海でも眺めて過ごそうというわけである。すぐ隣に人がいれば気を使うし、それが同世代の女子であればなおさらなのだ。

 砂地に腰を下ろし、ぼんやりと夜空を見上げたが、何かが頭の奥に引っかかっている。しばらく考えてみたが、どうも原因は潮見さんが「畑ではないか」と言った場所のようだ。

 あのときは、潮見さんの考え過ぎということになったが本当にそれで片付けていいのだろうか。新しい食料の発見に気を取られて何か見落としてる可能性があるかもしれない。


「浜本さんは海賊の基地がどうとか言ってたけど、本気で考えてたわけじゃなさそうだし……待てよ」


 海賊という言葉に、ドクロマークをつけた悪そうな船を思い浮かべたが、現実にも海賊は存在するではないか。密輸とか人身売買、船を乗っ取って身代金を要求するような集団が暴れている地域があると、ニュースで見た覚えがある。日本近海でそんなことがあるとは思えないが、何らかの犯罪組織がこの島を秘密の拠点として使っているとすればどうだろう。こっそりと作物を植えて、食料を補給するために利用しているとか。

 だとすると、海から見える場所にシェルターを建ててのんびり暮らしていても良いのだろうか。


「……何か考え事ですか?」


 背後から声がきこえたので、驚いて振り返ると潮見さんが立っていた。


「ちょっと眠れなくてね。ごめん、もしかして起こしちゃった?」

「いえ、なんとなく気配を感じて起きただけですから、気にしないでください」

「そっか、ええと浜本さんは?」

「ぐっすり眠っているみたいでしたよ。……隣、座ってもいいですか」

「うん、いいよ」


 俺が返事をすると、潮見さんはすぐそばに腰を下ろした。隣に座ってもいいとは言ったが、肩がふれそうな距離である。彼女の顔が間近にあるので、戸惑ってしまう。


「どうしました? あまり声を大きくすると、浜本さんが起きてしまうと思ったので」


 すぐ隣から、潮見さんがささやくように話しかけてくる。ちょっと動揺してしまったが、暗いからバレてはいないだろう。


「ああ、そうだね。ちょっと考え事をしてただけだから、気にしないで」

「……もしかして、悩み事があるんですか?」


 潮見さんがすぐ近くから、のぞきこむようにして聞いてくる。暗くて表情はよくわからないが、近距離で見つめ合うような形になってしまったので、ごまかすのは難しい。 


「不安にさせたら悪いんだけど……」 


 俺は、さきほど思いついたことを潮見さんに話すことにした。適当なことを言うより、正直に話した方が良いと思ったのである。

 彼女はしっかりしているのか、落ち着いた様子で聞いてくれた。


「……実は、わたしも似たようなことを考えていました」

「えっ、そうだったの?」


 潮見さんの口から出てきたのは意外な言葉だった。これには、俺が驚いてしまう。


「完全に同じではないのですが、あの場所を見たときはそういう想像をしました。誰かがこっそりと、ここで作物を育てていたのではないかと。そして、秘密にしている理由を考えると……というわけです」

「あっ、それで周囲を気にしてたんだね」

「ええ、でも、よく考えれば何者かが潜んでいるわけがなかったのですけどね。仮に畑だとしても、あの様子だと長く放置されていたものでしょうから、怖がる必要なんてなかったんです。……はあ、恥ずかしい」


 そう言って潮見さんは、両手で頬をはさむようにした。可愛らしい仕草だったが、残念なことに暗くてよくわからない。いや、今はそんなことを考えている場合ではない。


「潮見さん、俺が考えたのは、あそこがたまに利用される場所かもしれないってことなんだ。畑としたら荒れすぎだけど、ちょっとした食料補給ぐらいはできるんじゃない?」

「ふふ、守川さん、あの場所までどのくらいかかりましたっけ?」


 なぜだか、潮見さんはいたずらっぽい口調で言う。


「ええと、半日ぐらいか。いや、昼前にはついてたかな?」

「仮に、海で活動する非合法な集団が居たとして、歩いて半日ぐらいかかる場所に畑を作ると思いますか? わざわざ上陸することを考えると、もっと手間がかかるでしょう」

「あっ、そうか。食料を補給するためなら、海岸近くで育てればいいよな」

「それに大航海時代ならともかく、現代において、わざわざ島で栽培した食料を補給する必要はないと思います。保存食は充実してますし、バナナだったら青い状態のものを積み込んでおいて、熟成させてから食べればいいのではないですか」

「あー、それもそうか。だいたい、船に乗ってたら島の作物の育ち具合もわからないよね。そもそも、食料ぐらい多めに載せとけば済む話だよなあ。昔じゃないんだから、冷蔵庫だってあるんだし」


 今度は、俺が恥ずかしくなる番だった。勝手に想像をふくらませて不安になって、それを年下の女の子に解消してもらうとは。


「はあ、情けないな。ごめんね潮見さん、こんな話に付き合わせちゃって」

「あのっ、情けないとか、わたしはそんな風に思ってはいませんから」


 俺がため息をつくと、潮見さんが急に大きな声を出した。


「わっ、あんまり大きい声を出したらダメだよ。浜本さんが起きてきたら、いろいろと面倒だから」

「す、すみません。ですが、美波さんが面倒っていうのはちょっと……ええと、静かに話した方が良いですね」


 俺たちは、黙ってシェルターの様子を見ることにする。浜本さんのことだから、きっと風紀が乱れるとか言い出すに決まっているのだ。しばらく待ったが、彼女はぐっすり寝ているようで外に出てくる気配はない。 

 潮見さんと俺は、顔を寄せ合って小声で話すことにする。


「ふう、大丈夫みたいだね。……ところで、何の話をしてたっけ?」

「えーと、あらためて言うのは……コホン、わたしは守川さんのことを頼りないとか思っていませんよ、ということを伝えようとしたんです」

「ああ、そう言ってもらえると助かるんだけど、俺より潮見さんの方がしっかりしてる気がするなあ」

「……そんなことないです」


 暗くて表情はわからないが、潮見さんの声が沈んだ。


「わたし……本当は、守川さんや美波さんが思っているような子ではないんです。しっかりしてるように見えるだけなんですよ」

「そうかな? 俺や浜本さんより年下なのにしっかりしてると思うけど。頭も良いし、色々と助かってるよ」

「それは……わたし、体力に自信はないですし、美波さんのように料理ができるわけでもないのです。ですから、せめて何かの役に立てるように、賢いふりをしているだけなんですよ。……それらしいことを口にしていますけれど、本当に合っているかわからないことばかりですし」

「それでも、俺は役に立っていると思うし……いや、潮見さんには助けられているよ。さっきだって、俺の悩みを解決してくれたじゃないか。ありがとう」


 俺は、目の前に居る潮見さんにはっきりとした口調で言った。普段なら恥ずかしく感じたかもしれないが、暗い中ということもあって言い切ることができた。


「……っ、そのっ」


 暗くて表情はよくわからないが、潮見さんは言葉につまった。お互いに黙ってしまうと、遠くから静かに波が打ち寄せる音が聞こえてくる。風はなく、夜空の星が美しく輝いていた。


「と、とにかく、お互いに変に自虐的というか卑下するようなことを言うのはやめよう」


 黙っていると何かが起こりそうな気がしたので、俺は雰囲気を打ち消すように言った。


「そ、そうですねっ。夜の海が悪いんですよね。なんだか、感傷的になってつい話しすぎてしまうというか。あはは」

「ははっ、らしくないことを言ったりしちゃうよね」


 潮見さんは早口で話すと、ぎこちなく笑った。俺も適当に調子を合わせて笑うことにする。声を抑えて笑っていると、妙に楽しくなってきて、眠れないときに感じていた落ち着かない気持ちは消えていた。


「さて、そろそろ戻ろうか。学校はないけど、夜更かしはいけないよね。あと、これは浜本さんには内緒にしとこうね、色々とうるさくなりそうだから」

「ふふ、わかりました。2人の秘密ですね」


 きれいな夜空の下、潮見さんはいたずらっぽく笑ったのだった。

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