第25話 わきあがる疑惑
思い切って探索に出た俺たちは、山の中腹あたりでバナナとサツマイモを発見した。俺と
「どうしたの、何か変なことでもあるかな?」
潮見さんが周囲を気にしているようなので、あたりを見回したが特におかしな点はない。静かな森の中で、池から流れる水の音が心地よく感じられて平和な雰囲気である。
「ねえ、夕夏ちゃん。バナナとサツマイモは、東南アジアとか……ええと、そのあたりの島々で普通に見られる植物だから、変なことはないんじゃない? この島はたぶん日本だと思うけど、南の方にあって暖かいから」
浜本さんが困惑しながら説明したが、潮見さんは首をふった。
「いえ、わたしが言いたいのは、そういうことではなくてですね……」
潮見さんは、もどかしそうにしていたが、ぽつぽつと話し始めた。
「この場所がおかしいと言ったのは……山の中なのに平らな土地になっているじゃないですか、それに加えて池があって、バナナとサツマイモがまとまって生えているわけです」
「俺たちにとってはありがたいけど……うーん、都合が良すぎるとか?」
「いえ、その……畑、みたいだと思いませんか?」
少しためらったあと、潮見さんは「畑」という単語を口にした。
「わたしたちがこの島に来てから、一度も人の気配を感じたことがなかったじゃないですか。なのに、どうしてここに畑らしき場所があるんでしょうか……何者かが隠れ住んでいる可能性が?」
「俺たち以外に誰かがこの島に居るってこと? しかし……」
俺は話を続けようとして、言葉につまってしまった。自分たち以外の人間がいるという可能性に、なぜか不安を感じてしまう。ここは無人島でさびしいと思っていたのに、他の人間の存在を意識すると落ち着かなくなるのは皮肉なものである。木の陰や草の茂みに何者かがひそんでいるのではないか、そんなことを考えてしまう。
浜本さんが、周囲をうかがいながら口を開いた。
「誰かが隠れて住んでるって……海賊さん? この島が秘密基地ってこと?」
「いや、それはないだろ。海賊って、いつの時代の話なんだよ」
俺は、拍子抜けしてしまった。潮見さんも、きょとんとした表情をしている。だいたい、どうして海賊にさん付けしてるんだ。
「わわっ、2人ともそんな反応しないでよー。何者かって言うから、想像したものを口にしてみただけなの。あたしだって、ドクロマークをつけた船が海をウロウロしてるなんて思ってないから……思ってないからね」
「わかってるよ。まあ、こんな島に隠れ住むっていうのも非現実的かなあ」
顔を赤くして弁解する浜本さんを見ていると、さきほど感じた不安が消えていく。俺はあらためて周囲を確認してみた。
「ふーむ。潮見さんは、この場所が畑みたいだって言うんだね」
「は、はい。平らな場所で池もありますから、作物を育てるには適していると思うんです」
「なるほど、言われてみれば畑に見えなくもないかな。でも、逆に言うと、俺は潮見さんに畑みたいだって聞かされるまでは、何とも思わなかったよ」
「えっ、それは、どういうことですか」
「よく見たら畑かもしれないって思えるけど、パッと見ただけだと畑だって思わないんだ」
潮見さんは、困惑した様子で周囲を見回している。
「畑にしては、バナナやサツマイモはバラバラに生えているし、作物には見えない木や草もたくさん生えているじゃない。これが畑だったら、もっと秩序だっているっていうか、整理されていると思うんだ。農作業の邪魔になりそうな大きな木が、ところどころに生えてしまっているし」
「それは……そうですね。すみません、わたしの勘違いだったみたいです。落ち着いて考えれば、畑にしては雑すぎますね。バナナとサツマイモが近くにあったので、人の手が加わっていると思い込んでしまったようです」
俺の言葉に、潮見さんは安心した様子をみせた。慎重な彼女だから、考えすぎたのかもしれない。
「まあ、仮に畑だとしても相当長く放置されてたんだろうなあ。だから、誰かが住んでいるってことはないと思うよ」
「それって、昔はこの島に誰かが住んでたってことなの?」
浜本さんが、バナナの木を見ながら疑問を口にした。
「それは……どうだろう? 昔、この島に住もうとして断念したとか? いや、飛行機や船も通りかからない場所にわざわざ住もうとは思わないかな」
「んー、わかんないね。とにかく、この島には、あたしたち以外の人は住んでいないってことでいいのかな」
「そうだと思うよ」
「なんだ、助けてもらえるような人が住んでいれば良かったのにね、残念。……んー、このバナナの房を持って帰ろうかな。えへへ、追熟させれば甘くなるはず」
そう言って浜本さんは、バナナの木を探り始めた。なんというか、現実的な女の子である。
気がつくと、太陽は頂点をすぎつつあった。
「あっ、話しているうちに時間が過ぎちゃったな。そろそろ帰ろう」
「すみません、わたしが変なことを言ったせいで」
「潮見さん、気にしなくていいよ。こういうところでは慎重すぎるってことはないんだし。あっ、サツマイモもいくつか持って帰ろうか」
「はい、わたしが持ちますよ」
俺と潮見さんは、浜本さんが引っかかって抜けたサツマイモのツルを調べに行く。
「ねえ、途中で見つけたヘチマみたいなウリも忘れないでね」
食べられそうなバナナを見定めていた浜本さんが、念を押すように言ったのだった。
***
俺たちは大量の成果を手にして帰ることになった。バナナの房を棒にくくりつけ、サツマイモは大きな葉っぱに包んで持ちやすくして、みんなで分担して持つ。途中においてきた謎のウリも加えると結構な荷物になったが、発見の喜びのせいか足取りは軽い。そのおかげか、帰りは思ったよりも早くシェルターに到着することができた。
「ふー、疲れたけど大収穫だったねえ」
荷物をおろした浜本さん、ぐっと背伸びをした。彼女のしなやかな肢体が強調されたが、俺は礼儀として見ないようにしておく。潮見さんは、葉っぱで包んだサツマイモを確認していた。
「宝の山って感じですね。美波さん、持って帰ったものはどこに置きましょうか? 雨がかからない場所がいいのですよね」
「うん。シェルターの中に……あう、結構スペースがぎりぎりだねえ。んー、バナナは追熟するまでおいておきたいんだけど」
俺はシェルターをのぞきこんでみたが、たしかにだいぶ手狭になってきている。3人が寝られる場所ということで作ったのだが、道具や焚き木の燃料などがスペースを圧迫してきているのだ。
「ひとまず道具を押し込んで、焚き火用の枝を整理すればなんとなかなるかな。でも、これからは何か考えないといけないなあ」
「うーん、まだもうちょっと大丈夫じゃない? あたしたちがつめて寝れば両端にスペースが確保できるよ。守川君だって、バナナを食べたいでしょう」
「それは否定しないけどさ」
もはや誰も気にしていないようだが、俺たち3人は物理的に近い距離で寝ているのである。サバイバル生活とはいえ、これ以上に距離が近くなるのはよろしくない気がするのだ。かといって、このことを口にするのは意識しすぎのようだし、変な雰囲気になっても困るので、ふれないようにしているのだが。
俺があれこれ考えをめぐらせていると、頬に冷たいものがあたった。
「あっ、雨だ。早く荷物を中に入れて、今日は休んじゃおうか。みんな疲れたんじゃない?」
「そうだね、サツマイモを焼いてみたかったけど、雨なら無理だね。明日のお楽しみってことにしようか」
「ふふ、今日は疲れたのでぐっすり眠れそうです。ええと、荷物はこれで最後でしたっけ」
俺たちは急いで荷物を整理すると、シェルターに横になった。この島では、急に雨が降り出すことがあるのだ。その分、急にやむことも多いのだが、俺たちの行動は天候に大きく左右されてしまうのである。
俺たちは、雨音を聞きながら一日の疲れを癒やすことにしたのだった。
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