第27話 引っ越し計画

 翌朝は、さわやかな目覚めだった。眠れずに海を眺めていたのが嘘のようだ。一緒に会話した潮見夕夏しおみゆかは、何事もなかったかのように接してくる。明るい太陽に照らされた南国の風景を眺めていると、あのことが夢のように思えた。


「ねえ、思いついたことがあるんだけど」


 浜本美波はまもとみなみが、急にあらたまった態度で話し始めた。もしや、昨晩のことを気づいていたのだろうか。別に変なことをしていたわけではないが、あれこれ言われるのは面倒である。俺は思わず身構えた。


「引っ越しするのはどう?」

「えっ、引っ越し? どうして」


 浜本さんの口から出た言葉に、俺は戸惑った。なぜなんだろう。もしかして、昨晩の俺のように考えたのだろうか。俺は、ちらっと潮見さんの方を見てから話し始めた。


「浜本さん、もしかして海から見える位置にシェルターがあったら危険とか考えてるの?」

「どういうこと、海に危険な生き物でもいるの?」

「あー、俺の勘違いか。実はね、俺の考えすぎだったんだけど……」


 少し迷ったが、昨晩考えたことを話すことにした。この島を謎の組織が拠点にしているのではないかという仮説と、それはありえないという結論である。もちろん、夜中に潮見さんと話したことは黙っておく。


「へえ、守川君って、あの畑みたいな場所を見てそんなことを考えてたんだ。あたしが海賊って言ったときは、微妙そうな表情をしてたのに」

「あとになって、だんだんと気になってきたんだよ」

「ふーん……でも、あたしたちの安全を気にしてくれてたわけだよね。ふふっ、ならいいよ」


 下手に話すと不安にさせるかと思ったが、浜本さんはむしろ機嫌を良くしたようだ。


「それでね、あたしが引っ越しをしようって言ったのは、もうちょっと水場に近いところにシェルターを移した方が便利なんじゃないかと思ったの。昨日、色々なものを運び込んだら手狭になってきたって言ってたし、この機会に考えてみたらどうかなって」

「ああ、そういうことか納得したよ。うん、せっかくだからサイズを大きくしたいな」


 俺は、夜に眠れずにいたら潮見さんに身体が当たってしまったことを思い出す。荷物収納の意味でも、俺が穏やかな気持で過ごすためにもサイズ拡張は必要な気がする。


「わたしも賛成です」


 俺たちの話を黙って聞いていた潮見さんも、引っ越しに乗り気なようだ。


「このシェルターって、とにかく寝る場所ということで応急的に作ったものじゃないですか。ですから、居住性とか利便性を考えて作り直すというのは良いと思います」

「そうだったなあ。暗くなる前にって、手探りかつ慌てて作った気がするよ。……そういえば、どうしてこの場所にしたんだっけ?」

「捜索隊が来た場合に備えて、海が見える場所にしたのだったと思います。あと、森に近づきすぎると虫が心配ということで、木がまばらに生えている今の場所に決めたのではなかったでしょうか」


 ううむ、やっぱり潮見さんはしっかりしてるなあ。浜本さんも感心してうなずいている。


「なるほどね。浜辺にはSOSの文字を作ってあるから、海から離れても大丈夫だね。虫は……居ないことはないけど、森の中で住めないってことはないかな。この島って南の方にあるけど、蚊とかやっかいそうな虫が意外と居ないよね」

「おそらく人間や大型の哺乳類が居ないですから、人の血を吸うような虫は生きていけないのかもしれません」


 潮見さんが森の方を見ながら話す。昨日、長時間にわたって森の中で活動したが、虫さされはなかった。人が居ない島の数少ない利点なのだろうか。


「ほら、メリットばっかりじゃん。森の中なら雨と風もある程度は防げるし。そうと決まったら、さっそく行動しようよ。あっ、今のシェルターを持っていけないかな」


 ご機嫌な様子の浜本さんは、シェルターをがさがさと揺らした。屋根に使っていた葉っぱが、パラパラと散っていく。


「慌てないでよ、浜本さん。これは、ありあわせの材料で作ったものだから下手をすると壊れちゃうよ。引っ越しする途中で、バラバラになったら、今夜から寝るところがなくなるでしょ」

「あう……そうだね、動かせたら簡単かなーって思ったんだけど、屋根は葉っぱをのせただけだもんね」


 浜本さんは、気まずそうに落ちた葉っぱを屋根に戻した。


「急ぐようなことではありませんから、ゆっくりと計画を立てましょうよ」


 潮見さんが、場をとりなすように言った。彼女は森の方を見ながら話を続ける。


「まずは、建設予定地を選ぶところから始めましょう。なるべく平らで、乾燥したところが良いですし、わたしは……害がなくても虫があまりいないところがいいですね」

「あっ、それはあたしも。血を吸ったり刺したりしなくても、足がいっぱいあるような虫がカサカサしてるのはイヤだなあ」

「ですよね」


 2人は意見があったようである。まあ、俺は虫が怖いとは思わないが、一緒に生活したいとも思わない。


「ふふ、わたしたちの第2の家になるわけですから、土地選びからこだわりたいですね。土地代は無料ですし」

「夕夏ちゃんって、シェルターを作るってなると、よくわからないテンションになるね。えへへ、でも、あたしも楽しくなってきたかな。そうだ、焚き火をする場所に屋根が欲しいなあ。今だと雨が降ると、お芋を焼いたりできないじゃない」

「ああ、そうですね。美波さんは、お家のキッチンにはこだわりたいタイプですか?」

「それはもちろんだよ。キッチンは、できたての料理をすぐに食卓に持っていけるようにしたいなあ。あっ、できれば火力の強いオーブンも置いて……」


 女の子たちは家の話題で盛り上がっていたが、俺はそこに割り込んだ。


「コホン、理想の台所はいいんだけど、建設担当としては材料の確保も検討したいんだけど。石斧は作ったけど大きな木を切り倒すなんて無理だから、海岸の流木とか森の倒木からめぼしいものを探さないといけないんだよ。いくら良い家を考えても、作れなかったら意味がないからね」

「んー、守川君、そこはさあ、俺にまかせろ、ぐらい言ってくれたらいいのに」

「はいはい、俺は現実的なんだよ。理想の台所は、自分で家を立てるときに業者とよく相談してね」

「むう、なんか、あたしへの対応が雑じゃない?」


 浜本さんは頬をふくらませたが、すぐに笑顔になった。


「まあ、今はこの南の島に新しいお家を建てないとね。場所を選んで、次に頼りにならない業者さんに設計してもらわないとねー」

「むっ、2つ目のシェルターだけど、1回目でコツっぽいのがわかったから、もうちょっと良いものが作れるぞ」

「ふふっ、冗談だって、守川君。……本当は頼りにしてます」


 ずいぶんと調子が良いなと思ったが、にこやかな浜本さんの笑顔を見ていると、まあいいかという気分になる。気がつけば、俺も頭の中で新しいシェルターのイメージをあれこれと考えていた。潮見さんも楽しそうにしている。


「さて、土地を見に行きますか? それとも建築資材をさきに確保しましょうか。ふふ、何だか楽しくなってきましたね。わたし、救助されたらお友達に自慢しますよ。南の島で男の人に、お家とセカンドハウスを建ててもらったって」

「夕夏ちゃん、それはダメだって。守川君が、勘違いしたり調子の乗ったりするんだから」

「だから、俺はそんな軽々しい男じゃないって」


 俺たちは、あれこれ騒ぎながらこれからの計画を立てることにした。楽な作業ではないが、自分たちの生活に直結するわけだからやり甲斐は十分にある。

 まぶしい南国の太陽の下、忙しい1日がスタートしたのだった。

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