第28話 焼き芋に挑戦

 俺たちは、新しいシェルターを作るために色々と動き出した。

 最初に建設場所を決めることになったが、せっかくだから一番良い場所にしようとした結果、ずいぶんと時間がかかってしまった。その上、材料探しもなかなか良い物が見つからない。妥協すればなんとでもなるのだが、自分たちの生活の場になるのだから可能な限り良くしたいのだ。

 

 太陽が傾いてきたところで作業は中断することになった。火を起こして食事の準備をすることにする。


「よしっ、サツマイモを焼いてみよっか。遠征でゲットした、せっかくのお芋だからね」


 浜本美波はまもとみなみは、紫色のサツマイモを手にして意気込んでいる。


「いいね。俺は、がんばって火を起こすから調理は任せるよ」


 俺が火起こし用の道具を取り出していると、潮見夕夏しおみゆかがため息をついた。


「美波さんはすごいですね。サツマイモを焚き火で焼くって言葉だと簡単ですけれど、焼く時間や焼き加減など、わたしにはできそうもないです」

「んー、夕夏ちゃんも慣れたらできるようになると思うよ。あたしも焚き火で焼いたことなんてないけど、焦がさないようにしてやわらかくなったら食べられるんじゃない? じっくり焼いた方がいいと思うから、灰にうずめてみようかな」

「うう、そういう判断ができないんですよね」

「あたしだって、よくわかってないよ。とにかく、こういうのはやってみないと失敗か上手くできるかもわからないから」


 浜本さんは適当なようで、料理の腕は確かだった。料理と言っても、焚き火で何かを焼くだけであるが、シンプルゆえに難しいのだ。木の枝を燃やしているだけだから火力調整が難しいし、食材が焼けたか判断するのも俺にはよくわからないのである。調理は彼女にまかせるとして、俺は気合を入れて火を起こす作業にかかったのだった。



 パチパチと音をたてて焚き火が燃えている。火起こしで疲れた俺が休んでいる中、浜本さんは木の棒を箸代わりにして奮闘していた。


「うーん、やっぱり火が近いと焦げちゃうなあ。アルミホイルがあれば、うまく焼けそうなんだけど」

「なにか代わりになるものがあればいいのですけれど、耐熱性のあるものって思いつきませんね」


 潮見さんは、焚き火を見つめながら首をかしげた。それにしても、ここで生活しているとありふれていたはずの物がどれも貴重品に思えてくる。ホームセンターなんて宝の山だろう。


「耐熱性のあるものかあ、あたしにも思いつかな……ああっ」


 浜本さんは、大きな声を出して手を止めた。


「バナナの葉を持ってくればよかった。たしか、バナナの葉は丈夫だから包み焼きに使ったり、お皿代わりにできたはず。あう、食べ物ばっかりに意識が集中しちゃってたね」

「あっ、俺もバナナの葉が屋根の材料にちょうど良いなって思ってたんだよな。元はそれでバナナを見つけたんだけど、色々あって忘れてたなあ」


 あの日は、色々と発見が多すぎた気がする。池のあった畑のような場所も、まだまだ調べてみた方が良いかもしれない。


「また、行ってみましょうか。バナナやサツマイモを採りにいきたいですし、バナナの葉を使った屋根というのも素敵ですね」

「俺もそう思うよ、潮見さん。ただ、結構な距離があるし、まとまった量の葉っぱを運ぶのは大変かもしれないね」

「そうですね。ただ、場所もわかりましたし、歩きやすいように道を整備してみたらどうでしょうか。整備といっても、邪魔な倒木や岩を移動させたり、ツルなどを切ったりして歩きやすくするぐらいですが」

「ふーむ、いいね。シェルターを作る材料を取りに行くために道を整備する。事業っぽくなってきたね」


 俺は計画を頭に思い浮かべながら、浜本さんの様子をうかがう。


「あたしも賛成だよ。高性能なシステムキッチンをつけてとは言わないけど、焚き火をする場所にバナナの葉を使った屋根みたいなのが欲しいなあ」

「……もしかして、俺に言ってるの?」

「むう、守川君ってあたしへの対応がさあ、やっぱり雑じゃない?」

「いやあ、任せとけとか言ったら『勘違いしないでね』とか言われそうだなって」

「そんなことは……あう、言わない……かなあ?」


 なぜか疑問形になる浜本さんである。潮見さんは、楽しそうに笑っていた。


「と、とりあえず、お芋を食べてから考えようよ。おいしかったら、たくさん収穫したいから。えっと、灰に埋めてみたからこの状態でしばらく待てばいいと思うの」

「ふーん、結構時間がかかるんだね」

「市販されているものよりは細いお芋だけど、中までじっくり熱を加えるには時間をかけないと。火力が強いとお芋が焦げちゃうから、気長に待ってね」

 

 浜本さんは、木の棒を使ってサツマイモを灰の中に埋めていく。なんだかんだ言っても、彼女は料理において頼りになるのだ。しかし、それなりに待たないといけないのか。何か、やり忘れたことはないかな。


「あっ、そうだ。あのヘチマみたいな謎のウリがあったじゃないか。あれって、どうするの?」


 俺はシェルターの隅に置かれていた、巨大なキュウリのような物体を思い出した。サツマイモとバナナのインパクトで忘れていたが、これも意外と美味しい食べ物かも。


「んー、どうしよっかなあ。夕夏ちゃんは、あれが何か知ってる?」

「すみません、ちょっと見当もつかないです。ただ、ウリって加工して食べるイメージがありますね」

「そうだねえ、これはどうなんだろ。見た目的に甘くはなさそうだけど……よくわからないから、ちょっと切ってみようか。何かわかるかもしれないし。いいよね?」

「ああ、こういうのは浜本さんに任せるよ。でも、食べられるかわからないから、いきなりガブッといったらダメだよ」

「むう、やっぱりあたしの扱いが雑な気がするよー」


 浜本さんは唇をとがらせつつ、石のナイフとまな板代わりの平たい石を準備し始めた。


「どうしようかな、まずはヘタのところを切り落としてみようかなあ。……よい、しょっと」


 サクッという小気味よい音がすると、さわやかな……ではなく青臭い空気が周囲にただよった。苦い野菜とか草の嫌な部分を濃縮したかのような臭いである。


「あうう、これは食べられなさそうだね。というか、あたしは食べるの嫌だなあ。しかも、中身はすごく繊維質だね。びっしりとつまってて、毒があるとか以前に食用には向かないと思う」

「どれどれ……ああ、これは食べるところがなさそうな感じだね。まあ、そうそう美味しい食べ物が自生してないよなあ」


 幸い、食料は他にあるので無理に食べる必要はなさそうだ。フルーツみたいなのだったら良いなと思っていたが、そうは簡単ではなかったのである。俺と浜本さんが落胆していると、潮見さんがひょいと謎のウリを持ち上げた。彼女は、じっと断面に注目している。


「食用ではなくて、ヘチマのようにタワシにできないでしょうか? このウリはまるでスポンジみたいに繊維がつまってますから、もしかしたら作れるかもしれません」

「さすがは、潮見さんだね。俺は、食べ物以外の利用法とか思いつかなかったよ。ところで、タワシってどうやって作るの?」

「水につけておいて腐敗させ、中身を取り除くのだったと思います。……やってみてもいいですか?」

「いいよ、浜本さんも別に問題ないよね」


 俺が浜本さんに確認すると、彼女は首を縦にぶんぶんと振った。


「もちろんだよ。タワシというかスポンジみたいなのができたらいいなあ。身体を洗ったり、いろいろと使えそうだし」

「ええ、スポンジみたいなものができるとありがたいですね。作れるようでしたら、このウリもいくつか採ってきましょう」


 俺はあまり興味がなかったが、女の子たちは真面目な表情で会話している。サバイバル生活とはいえ、女の子はこういう身だしなみを整える物が気になるだろうか。

 サツマイモを焼いているうちに、太陽はオレンジ色になり海へ近づきつつあった。

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