第29話 バナナの謎

 太陽が海に沈み、周囲が暗くなってきた。手元が見えづらくなったが、焚き火を囲んでご飯を食べるのには良い雰囲気である。

 浜本美波はまもとみなみが灰の中から掘り出したサツマイモを配ってくれた。俺と潮見夕夏しおみゆかは、葉っぱの上に焼けた芋をのせてもらう。


「んー、外側はやっぱり焦げちゃってるねえ。でも、中身はよく火が通っていると思うの」


 サツマイモの表面は焦げて固くなっている部分がある。思い切って剥がすと、中から美味しそうな湯気があがった。中身は良い具合に仕上がっているようだ。


「じゃあ、さっそく食べようかな……おっ、甘いな。サツマイモってこんなに甘くなるのか」


 やわらかくなって、ほくほくした中身は自然な甘みがあった。焦げた匂いも、香ばしくて良いアクセントになっている。


「浜本さんて、すごいね。こんな美味しい焼き芋って初めてな気がするよ」

「ふふー、もっとほめていいんだよ。でも、初めてだからちょっと焦げちゃったね。次回は、もうちょっと火加減か焼き方を工夫してみようかな」

「おっ、それは次が楽しみだねえ」

「まあ、期待してくれていいからね」

 

 俺が感想を口にすると、浜本さんは嬉しそうにしながらサツマイモを食べた。彼女は料理が好きなんだろうな、と思う。


「はあ、焼くだけでこんなに甘くなるなんてサツマイモって、すごい食べ物ですね。広い地域で栽培されているのも納得です。あっ、もちろんは美波さんが上手に焼いてくれたからですが」

「まあまあ、夕夏ちゃん。天然のサツマイモを焚き火でじっくり焼いただけだから、誰がやってもおいしくなるよ」

「いえ、わたしにはできそうもないです。焦がすか、焼けずに固いままになりそうで。……んむっ、甘くて美味しいです。こういうお菓子っぽい甘みって本当に久しぶりですね」

「そうだね、スイーツっぽい感じかも。これはもっと食べたくなるね」


 女の子たちは、実に楽しそうにサツマイモを食べている。果物のようにすぐに食べられるわけではないが、このおいしさを考えると手間をかける価値は十分にあると思う。しかも、うまさだけでなく食べごたえもある。


「よしっ、これはあの場所への道を整備して、移動しやすくしないといけないな。バナナもあるし、楽しみになってきたぞ」

「やる気になってきたじゃない、守川君。あたしもバナナの葉を使った料理を試したいから、がんばろうよ」

「ふふっ、新しい発見があると楽しくなってきますね。わたしはあのウリでタワシ作りに挑戦しますよ」


 焚き火を囲みながら、みんなで楽しく食事をしていると、空には星が輝きだしていた。明日からやることが多くなったが、これが嬉しい悲鳴というやつだろう。

 俺は明日からの計画を練りつつ、食事を楽しんだのだった。


  ***


 翌日から、シェルターの材料を集めつつ、バナナとサツマイモが生えている場所への道を整備することにした。沢に沿って歩き、倒木や岩をどけて、邪魔なツルを切る。地道で時間のかかる作業であったが、歩きやすくなった道を見ると確かな達成感を感じることができた。


 俺たちは、数日かけて畑らしき場所へと近づいていた。この作業ばかりをしているわけにもいかないので、どうしても時間がかかってしまうのである。

 この日は、作業をしているうちにお昼近くになってしまったので、岩に腰掛けて休憩することにした。


「よし、作業も順調に進んだし、熟したバナナを食べてみようよ」


 そう言って浜本さんは、風呂敷代わりの葉っぱから、黄色くなったバナナを取り出した。朝の出発前に何かごそごそしているな、と思っていたがこれを準備していたようだ。


「おっ、楽しみだなあ。前にとってきたけど、結局は熟すまで待たなくちゃいけなかったからね」

「ふふ、わたしも早く食べてみたいですね」


 潮見さんも、わくわくしているようである。これはどう見てもバナナだから、未知の植物などとは違ってハズレということはないだろう。浜本さんは、ちゃんと全員の分を用意してくれたようで、1人につき1本ある。俺は手にとるなり、さっそく皮をむいてみた。


「ふむ、普通のバナナって感じだ。普通って言っても、今の状態だと安心して食べられるのが一番ありがたいな。どれどれ、味は……」


 少し固めではあるが、食べる分には問題ない。わずかな雑味のあとに、控えめな甘みが口に広がっていく。


「ちょっとワイルドな風味があるけど、十分おいしいな」

「うーん、もしかするとちょっと早かったかもしれないね。我慢してもっと追熟させればよかったかな」


 浜本さんは、一口食べて考え込むような仕草をした。


「もぐもぐ……んー、これ何だろ? やっぱりキャベンディッシュなのかな」


 彼女の口から出てきた謎の言葉に、俺と潮見さんは顔を見合わせた。


「守川君、この女また変なことを言い出したぞ、とか思ってない?」

「お、思ってないぞ。それで、キャベンディッシュって何? 人の名前かな」

「んー、人の名前でもあるのかな」

「どういうこと?」

「キャベンディッシュって、バナナの品種のことなの。たしか、人の名前からとったってどこかで聞いたような」


 俺は食べていたバナナに目を向ける。市販されているものより、小さめではあるが見た目はごく普通である。


「ただのバナナだと思ってたんだけど、そんな大げさというか、かっこいい品種名だったんだ」

「キャベンディッシュが広く普及してるから、そう思っただけで、このバナナがそうだとはわかんないけどね。……守川君、バナナっていうのは紀元前から栽培されていたっていう、偉大な作物なんだよ」

「へえ、すごいなあ。本当に?」


 疑ったわけではないのだが、浜本さんは頬をふくらませた。


「では、守川君に問題です。このバナナには種がありません、どうしてでしょう?」

「なんで急に学校の先生みたいなことを言い出したの。……種? そういえば、バナナの種って見たことないな。今食べているのが……果実だっけ、あれ?」


 俺が戸惑っていると、潮見さんが口を開いた。


「食用にするのは果皮かひと呼ばれる部位ですね。食用にするバナナの種は、品種改良で無くなったと聞いたことがあります。種の少ないものを選んで栽培し続けていって、今のような形になったとか」

「正解、やっぱ夕夏ちゃんは賢いなあ。もう、守川君はバナナのことを知らないくせにあたしのことを疑ったでしょ」

「いやいや、そんなことはないよ。浜本さんも賢いっていうか、色んなことを知ってるんだね。俺なんてバナナの味しか気にしてなかったから」


 正直に感想を言うと、浜本さんは得意気な表情になって満足したようだった。さすが、料理が得意というだけあって食べ物に詳しい。急なクイズが終わったので、俺は安心してバナナを食べようとしたが、ふと疑問が浮かんだ。


「あれ、バナナに種が無いってことは、どうやって増えるんだ?」


 思いついたことを口にすると、浜本さんはやれやれとでも言いたげな表情になった。


「バナナは株分けで増えるんだよ。言ってみれば、クローンみたいなものかな。桜のソメイヨシノと似てるね。まったく、守川君は……」

「ちょっと待って、種じゃなくて株分けで増えるってことは……株分け?」

「ふふん、株分けはね、バナナの根本から生えてきた小さな株を切って、別のところに植えるんだよ。今、あたしたちがおいしいバナナを食べられるのは、昔の人が大事に育ててきたからなんだからね」


 自信満々というように語る浜本さんだったが、俺の頭は疑問でいっぱいになった。


「じゃあ、この島のバナナはどこから来たんだろう。種なら、風とか鳥が運んできたと思ってたけど、浜本さんの話だと誰かが持ち込んだってことになるんじゃないの?」

「あっ、えーと……どういうことなのかな」


 俺たちはバナナを食べながら、3人で首をかしげたのだった。

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