第30話 先住民?

 うっそうとした森の中、木漏れ日が美しく降りそそいでいた。近くを流れる沢の水音がとてもきれいで、心が癒やされる気がする。俺たちは道の整備を中断し、バナナを食べながら休憩していた。

 だが、俺の頭は疑問でいっぱいである。この島に生えていたバナナは一体誰が持ち込んだというのか。


「あう、この島って無人島……だったよね。このバナナは畑っぽいところにあったけど、そうじゃないってことになったんだっけ?」


 浜本美波はまもとみなみは、しっかりとバナナを食べながら言った。


「色々とありましたけれど、畑だったとしても相当に昔じゃないかって結論ではなかったでしょうか。一般的な航路から外れたこの島に、わざわざ住むメリットはないですからね」


 潮見夕夏しおみゆかは、バナナを食べるのをやめて首をかしげた。以前、彼女と俺は、この島に危険な人物が住んでいる、あるいは利用しているのではないかと話し合ったことがあったが、その可能性は無いだろうということになったはず。


「どういうことだろう? 突き詰めて考えてこなかったけど、バナナが持ち込まれているっていうことは、昔は人が住んでたってことなのかな」

「素直に考えるとそうなりますね。しかし、なぜこの島に住もうとしたのでしょうか? そして、どうして居なくなったのか……」


 つぶやくように言った潮見さんは、黙って考え込んだ。


「んー、なんていうか昔からの先住民的な人が住んでたのかな。でも、この島だと仕事とか学校が大変だから、みんな本土に移住しちゃったとか」

「浜本さん、俺もそれは考えたんだけど、日本でそんなところってあるのかな? いくらなんでも、この島は本土から離れすぎてると思うし、住んでる人がいたのならもっと痕跡みたいなものが見つかると思うんだけど。浜辺にだって、ゴミひとつないよ」

「あー、それもそうだね。じゃあ、ちょっと前に移住してきたとか……あう、わざわざ住むには不便すぎるかあ」

「漁師かな。いや、魚をとっても売るところがないか。わざわざここに住むんじゃなくて、大型船で漁に来たほうが良さそうだな」


 俺と浜本さんは、色々と考えてみたが答えらしきものは思い浮かばなかった。気がつけば、持っていたバナナは皮だけになっている。


「もしかすると、学者、研究者の人たちでしょうか?」


 潮見さんが、バナナを見つめながら言った。口調からすると、自信はなさそうである。俺と浜本さんは、彼女に注目した。


「本土から遠く離れた島に用がある人って考えたときに思いついたのです。例えば、海洋学者とか、植物学者、生物学の人たちですね。そういった方々なら、人が住んでいない上に、知られていないこの島は研究対象にピッタリだと思ったのではないかと……」

「おっ、潮見さん、いい考えなんじゃない? どうしてこの島に住むのかなって疑問があったけど、そういうところを研究に来たと思えば筋は通るんじゃないかな」

「うんうん、あたしもそう思う。研究者ならありそうだね。それで、こんな島だから持ってきたレトルト食品とか缶詰ばっかり食べてたんだよ。だけど、新鮮なものが食べたいってバナナとかサツマイモを植えちゃったとか」


 俺と浜本さんは、お互いにうなずきあった。だが、潮見さんは納得していないようである。


「わたしも、それは考えたのですが、仮にも研究者と呼ばれる人たちが外部から植物を安易に導入するでしょうか? この島は隔絶された環境だから、独自の生態系を築いているかもしれないのに、言ってみれば外来種を持ち込むなんて、ちょっと考えられません」

「言われてみると、そうだね。持ち込んだ植物が大繁殖とかしたら、植物学者とかが怒りそうな気がする」


 どうやら、研究者説も決め手にはならないようである。俺と潮見さんは、なおも悩んでいたが、浜本さんが急に明るい声を出した。


「ねえ、2人とも考えすぎじゃない? 学者さんがやらないっていうんなら、職員というかスタッフ的な人が勝手にやったんじゃないのかな。この島で研究しようって思ったら、たくさんの人が必要でしょ。荷物運んだり、施設を管理する人もいる訳でしょ。そういった人たちが、こっそり……とか」

「うーん、そんなのでいいのかって思うけど、意外とありそうな気もするなあ」

「でしょ、あたしたちの身の回りの外来種問題だって、たいていは食用で持ち込んだけど、逃げ出して大惨事みたいなのがたくさんあるじゃない。ウシガエルとかジャンボタニシとか。きっと昔のことだし、甘かったんじゃないかな」

「なんか認めたくないけど、謎の説得力があるね」


 今、バナナが食べられるのはありがたいが、そんな理由となると少々複雑な気分である。


「わたしが考えすぎなだけで、真相はそういうことなのかもしれませんね。……うん、おおむね納得できました」


 潮見さんは、晴れやかな表情でバナナを口に運んだ。結局、バナナの由来は謎のままだが、持ち込んだ人には感謝したい気分である。バナナの皮を眺めていると、浜本さんが何か思いついたかのように口を開いた。


「ねえ、本当に研究者の人たちが来てたのならさあ、何か残ってないかな」

「何かって、施設とか? 持って帰るんじゃないのかな……いや、もう一度研究に来ることを考えて残しておく可能性もあるか」

「でしょ、探してみる価値があるんじゃない? 昔のことだから食料はダメでも、道具とかがあったら助かると思うの。お鍋とか調理器具を置いていってくれてないかなあ」

「問題は、この森に覆われた島でどうやって探すかだなあ」


 俺が頭を悩ませていると、潮見さんが森の奥を見ながら話し始めた。


「山の頂上を目指してみる理由が増えたかもしれませんね。高いところからなら、何かわかるかもしれません。それに、あの場所が本当に畑なら、それほど遠くないところに何かあると思います。世話をしたり収穫するのに、時間がかかりすぎては困りますから」

「わっ、やっぱり夕夏ちゃんは賢いなあ。よーし、やる気がでてきたぞう」


 浜本さんは、すっかりやる気になっている。俺は頭の中で、この島の地形を思い浮かべてみた。

 俺たちが流れ着いたのは、島の北にある海岸である。そこから歩いて水場を見つけたが、大きくは移動していない。今は島の中心あたりにある山の方へ向かっているが、それほどの距離は進んでいないと思う。つまり、俺たちは島の南半分についてはまったく知らないのだ。いや、北側だって海岸をいくらか歩いたぐらいである。


「ふむ、一度は高いところから、この島に何があるのか見渡してみる必要があるな。新しいシェルターができたら、もっと探索範囲を広めてみようか」


 俺の言葉に、浜本さんと潮見さんが力強くうなずいてくれた。まだまだ、できること、やれることはたくさんありそうである。


  ***


 道の整備がうまくいったので、俺たちは例の畑っぽい場所まで行ってみることにした。歩きやすくなったので、かなり時間を短縮することができたと思う。

 大きな岩をよけて登っていくと、平らな場所に池が見えた。


「うん、変わりはないなあ。やっぱり、誰かが畑を作っていたとしても相当に昔だな」


 あらためて見たが、畑としては荒れすぎているように感じた。かなり大きな木が、畑らしき場所のところどころに生えている。バナナの件がなかったら、偶然だと思っただろう。潮見さんは、しきりに首をかしげている。


「どうしたの?」

「いえ……その、あまり畑には見えませんね。どうしてでしょう? あのときは、人の気配というか痕跡みたいなものを感じたのに。……すみません、わたしが考えすぎて余計な心配をかけたのかもしれません」

「気にしなくていいよ。こういう場所では用心しすぎることはないし、バナナが勝手に育つ可能性は低いってわかったんだから」


 浜本さんは周囲を注意深く観察していたが、つかつかとバナナの木に近づいていった。


「よし、このバナナを持って帰ろうよ。あっ、葉っぱも忘れないで持って帰らないとね。ふふ、今日はバナナの葉でサツマイモを包んで焼いてみようかな」

「なんていうか、浜本さんってたくましいよね」

「むっ、もしかして嫌味で言ってる?」

「そんなことないよ。今までこの場所への道を整備してたのって、バナナやサツマイモをとりに来やすくするためだし」


 俺が言うと、浜本さんは機嫌よくバナナの品定めに戻った。


「この島の由来が気になりますけれど、まずは自分たちの生活ですよね。わたしは、良いサツマイモを選んでみます」


 そう言って潮見さんは、サツマイモのツルが群生している場所に行った。女の子たちがそれぞれ採取を始めたので、俺はバナナの葉を持って帰る準備をすることにする。

 果たしてこの島の秘密が解明される日は来るのだろうか、作業をしながらぼんやりと考えたのだった。

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