第31話 食事前のひととき

 この島にかつて誰かが住んでいた可能性に思い当たった俺たちは、すぐにでも探索に出かけたい気分になっていた。しかし、先に生活基盤を固めなくてはならない。食べ物や寝るところをしっかり確保しておかないと、いざというときに困るのである。

 俺たちは、森に少し入った場所で新しいシェルターを作り始めた。2度目なのでコツのようなものはわかってきたが、良いものを作ろうとこだわると、色々と時間がかかってしまうのである。



 骨組みになる木材を、場所を微調整しながら設置していると結構な時間が経っていた。そこで、暗くなる前にご飯を食べようということになった。


「守川君、疲れているところ悪いけど、火を起こしてね。あたしは、食材の準備をするから」

「いいよ、調理は任せるからね」


 俺は浜本美波はまもとみなみに返事すると、火起こし用の道具をとりに行くことにする。潮見夕夏しおみゆかは、俺たちを見て何やら迷っていたようだが、森の方を見てから口を開いた。


「あの、わたしはヘチマみたいなウリの様子を見に行きたいのですが、いいでしょうか?」

「水場で腐らせて、タワシを作ろうってやつだっけ? いいんじゃないかな、火を起こすのに時間がかかるだろうし、行ってきたら」

「うんうん、ご飯の準備も大丈夫だからいいと思うよ。でも、夕夏ちゃん、暗くなる前に戻ってきてね。危ないことはないと思うけど、念のためね」

「わかりました」


 潮見さんは、ペコリと頭を下げると森の中へと入っていった。怪我をしたり迷子になったりしたら困るので、俺たちは基本的に3人一緒に行動している。だが、近くだしこれぐらいは大丈夫だろう。俺は自分の仕事をすることにした。



 火起こしの準備をしていると、浜本さんが話しかけてきた。


「夕夏ちゃんて、あたしたちより年下なのにしっかりしてるよね」

「そうだね。……身体があんまり強そうじゃないけど、がんばってるよね。最初に会ったときは、サバイバル生活して大丈夫かなってと思ってたけど」


 俺は潮見さんが、タワシ作りをしているであろう森の方へ目を向けた。彼女は細かい作業をまめにしてくれるのである。


「……ねえ、男子ってさあ、夕夏ちゃんみたいに、おとなしい感じで可愛らしい女の子が好きなんでしょ?」

「いきなり何の話なの。男子って言っても、好みなんて人それぞれだと思うけど」

「ふうん、まあ好みは人それぞれだけどね。……守川君はどう思うの?」

「うん? だから、しっかりしてるし、がんばってるなあって話をしてたじゃないか」

「……はあ」


 浜本さんは、ため息をついた。俺の返答がお気に召さなかったのだろうか。彼女は、サツマイモと里芋をバナナの葉っぱで包もうとしている。


「守川君って、この島から帰るのを待ってくれている人はいるの? えっと、ご家族はもちろんだけど、その……学校のクラスでとかで」

「まあ、クラスのみんなや先生は心配してくれるてるんじゃないかな。ただ、2年生になってクラス替えでメンバーがだいぶ変わったからなあ。5月の連休中に遭難したから、新しいクラスでは1ヶ月過ごしただけか。いきなりクラスメートが行方不明っていうのはショックだろな。あっ、もちろん前のクラスの友達も心配してくれてるかな」

「そういうことじゃなくて……うーん、まあいいか」


 彼女の望んでいた返答ではなかったようだが、それなりに納得はしてくれたようだ。俺は火起こし用の板を取り出して、火種用の枯れ草をセットする。さて、ここからが大変なのだ。


「守川君ってさあ、モテるの?」

「はあっ? いきなり何を」


 火起こし用の棒を持ったところで、不意をつかれてしまった。動きが止まってしまう。


「まったく、さっきから何か探るみたいな感じだと思ってたけど、もしかしてそういう話題にえてるの?」

「ちょっと、あたしは飢えてないから。飢えてるって、もっと言い方があるでしょ。ガツガツしてないから」

「はいはい、わかったよ」

「むう、守川君て、あたしの扱いが雑じゃない? とにかく、あたしはそういった話題を求めているとかじゃなくて……えーと、一緒に生活している人の心情を……理解とかして、ええと、よりよく関係を……みたいな?」

「なんで、疑問形になるんだよ。はあ、前にも、こんなやりとりをしたような。でも、長く生活してるんだし相手のことを理解したいってのはわかるかな」

「そう、あたしの言いたかったことはそれなの」


 浜本さんは、なぜか得意気に言った。この態度を見ていると逆襲してやりたくなる。


「そういう浜本さんはどうなの? クラスの男子にモテるんじゃないの。一緒にいると明るくて楽しいし、料理も得意とか、それこそ男子が好きそうじゃない?」


 ついでに端正な顔立ちに活発そうなポニーテールがよく似合っていると思ったが、調子にのりそうなので口には出さないでおいた。


「うーん、別にクラスの男子にモテても、あんまり……」

「うわ、それってひどくない」

「そ、その、クラスの男子がどうとかじゃないの。えっと、守川君が言ったみたいにクラス替えの直後で、まだよくわかってないからモテても困るみたいな意味だからね。あたしのクラスの男子がダメダメってわけじゃないから」


 浜本さんは、慌てたように言うと盛大なため息をついた。


「はあ、あたしってお友達によく言われるんだけど気分の上下が激しいんだって。あと、ちょっとめんどくさい性格だとか」

「それは俺も思ってたよ」


 浜本さんは、むっとしたように頬をふくらませたが、しばらく黙ってバナナの葉をいじっていた。


「……守川君、ごめんね」

「えっ、どうしていきなり謝るのさ。もしかして、何かやらかしてたの? 一体、何を」

「ち、違うから。あたしも、ちょっとは慎重になったんだからね」


 顔を赤くした浜本さんだったが、もう一度ため息をついた。


「あう、ごめんね。あたしって、こういうそそっかしいところがあって、お友達によく怒られるの」

「ふふ、その友達って苦労してるんだな。でも、浜本さんのことをよくわかってくれてるみたいだし、良い友達だね」

「うん、良い友だちなんだ。早く会いたいな。……あたしね、実は男子が苦手なの」


 浜本さんは、急にしおらしい態度になって意外なことを言った。


「そうなの? 浜本さんて、誰とでも仲良くなれそうな感じだけど」

「うーん、あたしね、さっき言ったとおり気分の上下が激しいでしょ。だから、一緒に遊んでたりおしゃべりしてたりして、楽しくなったらどんどんテンションがあがちゃって……その、誤解されるときがあるの。それでギクシャクしちゃったことが昔にあって、なんだか苦手意識がついちゃって」

「ああ、そうなんだ。まあ、俺らぐらいの男子って勘違いしちゃうことがあるからなあ。去年の文化祭で、良い感じで盛り上がったからいけると思って告白したら、切ない結果に終わったやつが居たな。……俺じゃないからな」

「本当に守川君じゃないの? あやしいなあ……って、あたしが真面目に話してるのに」


 不満そうに言った浜本さんだったが、もう笑顔になっていた。


「とにかく、あたしが言いたいのは、この島に流れ着いた最初の頃の話なの。……その、守川君がどんな人かもわからなかったから、変な態度をとった気がしてて、それを謝りたいなって」

「別に気にしてないよ。あんな状況で冷静になれないし、俺もよくわからないことを言ったりしたかもしれないし、お互い様だよ」

「うん、ありがと。……あのときの守川君って、すごく必死な感じがしてたな」

「そうだったの? なんだか、恥ずかしいなあ」

「あたしはかっこ悪いとか思わなかったよ。おかげで、こうやって無事に暮らせてるんだもの。……ありがとう」


 浜本さんは、不意に真面目な顔になってお礼を言ってくれた。あらためて彼女に向き合うと、きれいな瞳をしているな、と思う。いろいろと俺を振り回すことのある彼女なのだが、こうやって見るとかなりの美少女なのだ。

 なんとなく2人で黙り込んでいると、足音が近づいてくるのに気づいた。


「見てください、タワシというかスポンジらしき物ができましたよ」


 潮見さんが、なにやらスポンジっぽい物体を手にしてこちらにやって来る。それをきっかけに、俺と浜本さんは元の雰囲気に戻った。


「えっ、できたの? 見せて、見せて」


 浜本さんは、勢いよく立ち上がって潮見さんの方へ走っていく。

 この島には秘密がありそうだが、意外と一緒に暮らしている人についてもわからないことはあるんだな、とぼんやりと思う。俺は一息つくと、火起こしの作業にとりかかったのだった。

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