第32話 シェルター完成記念パーティー
新しいシェルターの建設の合間に、俺たちは住んでいる場所の近くの海岸を探索してみることにした。かつて誰かが住んでいて、その痕跡が身近にあったら苦労して遠くまで探索する必要がないからである。
しかし、海岸を歩きながら眺めても人工物らしきものは全く見当たらなかった。資材を運ぶことを考えると、海に近いところではないかと思ったのだが、違ったようだ。あるいは、俺たちが住んでいる北側の海岸には無いのかもしれない。
住んでいた人の痕跡は発見できなかったが、代わりにありがたい物を見つけることができた。それは、捕まえるのをあきらめていた魚である。たまたま、海の岩場に行ったときにプールのような場所を見つけたのだ。岩場にくぼみがあって、引き潮のときに魚が取り残されていたのである。いわゆる潮だまりと呼ばれるもので、これを利用したり、岩を積んで自分たちで罠を作ったりして、確実ではないが魚を入手できるようになった。俺たちの生活は、より充実したのである。
***
6月の半ばを過ぎた頃に、新しいシェルターが完成した。最初のものより、一回り大きく頑丈に作ってある。道具や食料も、収納できるようになった。
「やったね。これが新しい、あたしたちのお家だね。ふふっ」
「季節のせいか、風や雨が強くなる日が増えてきましたから、ちょうど良かったですね。森の中だから、風雨がしのげますし、涼しくて快適です」
普段はおとなしい
俺は、ちょっとした達成感にひたっていた。家、と呼ぶには貧相なものだが、自分たちが生活する場を自らの手で作ったのである。みんなで作ったとはいえ、女の子たちが喜んでいる姿を見ていると誇らしい気分さえしてくるのだった。
「よーし、せっかくだから落成式だっけ、とにかくお祝いをしようよ。お料理はあたしが、がんばるから」
浜本さんは、すっかりテンションが上っている。落成式なんてするような立派なシェルターではないが、お祝いをするというのは良い案に思えた。
「俺たちの生活も安定してきたし、ちょっと豪華にするっていうのも悪くないと思うよ。こういうときに、ヤシの実なんかを飲むと雰囲気が出そうだな」
「ふふ、楽しそうですね。ここでの生活も長くなってきましたから、意識して記念日とか休む日を決めるの良いかもしれません」
潮見さんも賛成してくれたことで、俺たちの方針は決まった。新シェルター建設記念に楽しもうということである。思えば、この島に流れ着いてきてから毎日生活のために動き回っていた気がするのだ。そろそろ息抜きをしたっていいだろう。
俺たちは、今までにないほど張り切って準備を始めたのだった。
***
お祝いをしよう、ということになったがこの島で何かイベントと言えば、それは食べ物である。俺たちは色々な場所をかけまわって、手に入る食べ物で美味しそうなものを集めることにした。
日が落ちて周囲が暗くなってきたが、今日はお祝いということで焚き火を明るくなるように燃やしている。焚き火で照らされた周りには、浜本さんが作ってくれた料理が並んでいた。
「ふう、今日は結構がんばっちゃったかなあ。シェフからお料理の説明をした方がいいかな?」
バナナの葉っぱの上にのせた食べ物を前に、浜本さんはとても楽しそうである。変なノリになっているようだが、今日は合わせても良いだろう。
「じゃ、お願いしようかな。そっちの方がありがたみがでるし」
「わたしも、ぜひ聞きたいです」
「ふふん、守川君も夕夏ちゃんも素直でよろしい。えーと……今日のメインが、潮だまりで捕まえたよくわからない魚のバナナの葉を使った包み焼きで……えっと、よくわからないお魚だけど食べられることは前に確認済みで……あう」
「いや、普通に説明してくれればいいから」
それらしく話そうとした浜本さんだったが、いきなり言葉につまってしまった。よく考えると、正式名称がわからない食べ物が結構あるのだ。今日の魚は、白い身体に黒い縦縞模様があるが何かそれっぽい名前なのだろうか。
「コホン、そうだね。お魚の包み焼きに、焚き火で焼いた貝、サツマイモと里芋をバナナの葉で包んで焼いたもの、デザートによく熟れたバナナとパパイヤ、飲み物はヤングココナッツジュース……ええと、これで全部だね」
「あらためて見るとすごいですね、これだけの物って普段の生活でもなかなか食べられませんよ。しかも、全てがオーガニック食品で、木を燃やして焚き火で調理しているわけですから。まさしく自然の恵みで、高級ホテルに泊まるようなセレブでも食べられないんじゃないですか」
「わっ、夕夏ちゃん良いこと言うねえ。そうだよ、あたしたちは考えようによっては、すごい贅沢をしてるんだよ」
「しかも、セカンドハウス建設記念ですからね。クラスのお友達に、かなりの差をつけてますよ」
潮見さんは真面目な性格なのだが、ときどきお茶目というか変なノリになることがあるのだ。まあ、今日は盛り上げようとしてやっているのかもしれないが。
「ここらで、リーダーのお言葉をいただきましょうか」
「守川君、ビシッと決めてよ」
変なテンションだと思っていたら、俺にまで飛び火してしまった。しかし、俺がリーダーだったのだろうか。
「えっ、真面目にやらないとダメなの? 普通に食べたいんだけどなあ」
俺は思わず文句を口にしたのだが、女の子たちは期待したような目で見つめてくる。これは逃げられない感じだ。
「えっと、俺たちが遭難したのが5月の連休で、今は6月の半ばだから、もうかなりの日数が経つわけだ。えっと、何日ぐらいだろう……」
「もうすぐ50日ですね」
「ありがとう、潮見さん。もう、そんなになるのか。コホン、とにかく、何の道具も持たずに流れ着いてきたけど、自分たちの力で家を建てて、食料を確保して生活をしてきたわけだ」
俺は、新しいシェルターと並べられた料理を見る。
「自分で言うのも何だけど、俺たちって結構立派にやってきたと思うんだ。病気とか怪我もなく健康には問題ないし、こうやって豪華な料理を並べられるぐらいの余裕もある。これは、浜本さんと潮見さんが、良くがんばってくれたおかげだね」
「ふふっ、守川君もね」
浜本さんが、優しい口調でつけ加えてくれた。少し照れくさい気分になる。そして、言うか言わないか迷ったことあったのだが、思い切って言うことにした。
「……捜索隊はまだ来ない」
焚き火の明かりの下、女の子たちが少しうつむくのがわかった。
「でも、俺は忘れられたり見捨てられたりはしていないと思うんだ。きっと、どうやったら見つけられるのか考えてくれてるんじゃないかな。……だから、俺たちも自分たちで、やれることをやっていこうと思うんだ。生活を安定させて、可能なら以前に住んでいた人の痕跡を探すとかだね。……とにかく、救助が来ないって悲観的になるよりも、前向きにやっていこう」
話しているうちに勢いがついて、かっこうをつけたようなことを言ってしまったが、女の子たちは拍手をしてくれた。
「ふーん、守川君、なかなか良いこと言うじゃない。リーダーって呼ばれて意識しちゃった?」
「浜本さん、そういう方向に持っていったのは、そっちでしょ」
「ふふ、わたしはとっても良い話だと思いましたよ。……頼りにしてますよ、リーダー」
「ちょっと、潮見さんまで」
潮見さんは冗談っぽく言ったが、きらきらした目で俺を見ているような気がする。
「夕夏ちゃん、あんまりおだてると守川君が勘違いするかもしれないから、そのへんでストップして。……ダメだからね」
「勘違いって、どういうことだよ。……それより、せっかく浜本さんが作ってくれたんだから食べようよ。堅苦しい挨拶みたいなのは終わりにしてさ」
俺が言うと、みんなが料理に向き直った。今日はお祝いで、楽しむのが目的なのだ。
「じゃあ、この島の恵みをいただこうか。そうだな……俺たちが、出席日数的に留年するまでに救助されることを祈って、とか」
「ちょっと、守川君、なんてことを言うの。あう、あたし留年なんて嫌だよう。遭難はあたしたちのせいじゃないから、特別な何とかで配慮してくれるんじゃないの?」
雰囲気を変えようと冗談のつもりで言ったのだが、浜本さんは大げさに嘆いた。
「……そういえば、もうすぐ期末試験の時期ですよね。わたしたち、勉強は一切していませんが」
「あう……救助されるのは期末試験のあとでいいかな。うーん、できればそのまま夏休みがいいなあ」
「やっぱり、浜本さんって大物だね」
「ど、どういう意味なの、守川君?」
俺たちは、わいわい言いながら食事を始めた。少し騒がしすぎるかもしれないが、とがめるような隣人は残念ながら居ない。島の動植物には迷惑かもしれないが、今日ぐらいは許してくれるだろう。
この日、俺たちはお腹いっぱい食べて、焚き火が消えそうになるのに気づかないぐらい楽しくおしゃべりをして過ごしたのだった。
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