第20話 貝の試食

 浜辺で貝をつかまえた俺たちは、シェルターへと戻ってきた。太陽の高さからすると、まだ午前中だが貝を試食するために火を起こすことにする。

 火起こしは重労働なのだが、慣れてきたのと新しい食材への興味で今はあまり気にならない。浜本美波はまもとみなみは木の枝を重ねて焚き火の準備をし、潮見夕夏しおみゆかは枯れ草などの燃えやすいものを持ってきてくれた。よく使うものは普段から収集してあるので、この点でも楽になったと思う。


「浜本さん、この貝って微妙なの? なんだか警戒してるみたいだけど」

「守川君に緊張感がないって言われたから、気を引き締めてるの。タンパク質のあるものを食べようって言い出したのは、あたしだし」

「いや、別に責任を感じなくてもいいと思うけど」


 俺は、火起こし用の木の板と棒をシェルターから取り出しながら話しかけた。この道具は濡れるといけないので、雨がかからないようにしているのだ。


「んー、警戒しすぎかもしれないけど、ここにはお薬もないから。あと、貝とか魚は生息環境によっては毒をもたない種でも、有毒化することがあるのよ」

「えっ、そうなの。環境汚染みたいなの?」

「シガテラ毒、だったでしょうか。ある種のプランクトンを食べることで、魚などの体内に毒が蓄積されると聞いたことがあります」


 潮見さんが、枯れ葉を用意しながら口を開いた。


「そうそう、夕夏ちゃんは賢いねえ。この島だと化学物質の心配はないけど、自然に存在する毒が気になるのよね。フグだって、食事を通して身体に毒を蓄積するって言うし。……シガテラはサンゴ礁の海だったと思うけど、この島の貝を食べた人はいないわけだから気をつけた方がいいと思うの」

「そういうことか、自分で食べ物を探して、食べられるか自分で判断するって大変だよな。よし、火を起こすよ」


 慣れてきたとはいえ、火起こしは簡単な作業ではない。俺は自分に気合を入れたのだった。


  ***


 焚き火が良い感じに燃えてくると、浜本さんは平べったい石を持ってきた。鉄板の代用にするのだろう。


「んー、火力的に焼けるかなあ。そのまま火の中に入れたら灰とかがついて食べられないし」

「石にのせるのは良いアイデアなんじゃない? 俺は貝を見つけたのに満足して、焼くことまで考えてなかったよ。さすがは、栄養士志望だね」

「そうかな、えへへ」


 浜本さんは棒で石の位置を調整しつつ、嬉しそうに笑った。料理のことになると、つい彼女を頼りにしてしまう。


「でもね、ちょっと食べてみるって言ったけど、こういう未知の食材を食べるやり方ってあるのかな。あたし、どこかで聞いたことがあるような気がするんだけど」

「可食性テスト、と呼ばれるものでしょうか。正確な名称はわかりませんが、わたしも聞いたことがあります」

「俺も、おぼろげな記憶があるな。ちょっとずつ、時間をおいて食べて様子をみるんだっけ?」


 俺と浜本さんは、潮見さんを見た。彼女は自信なさそうに口を開く。


「野草か何かの本で読んだと思うのですが、はっきりとは覚えていないのです。あやふやな知識で実際に試すとなると、迷いますね」

「それでも、何もわからないよりはマシだろうから、覚えている範囲で話してくれると助かるよ。俺の知識は、ちょっとずつ食べてみるぐらいだし」

「わかりました……少し待ってくださいね」


 潮見さんは、胸に手を当てて考え込む仕草をする。俺も記憶を探ったが、思い出すことはできなかった。浜本さんは、マイペースに貝を焼き始めている。


「ええと、いくつかの段階があって、異常がなければ次のステップに進むというものだったと思います。まずは、対象を皮膚にふれされて様子を観察する。次は、小さなかけらを舌の上にのせる。かけらを飲み込んで15分ほど待つ。そして、8時間待って異常がなければおそらく大丈夫ということだったと思います。ただ、これは植物の場合だったかもしれません。すみません、やはり曖昧にしか覚えていませんでした。ああ、もっと細かいステップがあったような気もします。舌の上に15分おくのだったのかも……」

「ううん、すごく参考になったよ夕夏ちゃん」


 浜本さんは、木の棒で貝の位置を調整しつつ答えた。


「皮膚にふれたり、舌にのせて刺激があったら一発アウトってことでしょ。15分待つのは胃で消化がはじまったときかな、8時間は腸で吸収されたときだと思うから、理にかなっていると思うよ。貝はウイルスが怖いけど焼いちゃえば問題ないし、他にも何かあるかもしれないけど、そこまで気にしてたら何も食べられないよね。よーし、あたしがチャレンジしてみる」

「えっ、浜本さんが食べるの? 俺が試そうかなって思ってたんだけど」


 ここは一番体力がある俺の出番だと思っていたのだが、浜本さんはやる気に満ちている。


「ふふん、あたしは栄養士志望で少しは知識があるから、何かあってもいろいろと分析できるかもしれないでしょ。守川君と夕夏ちゃんは、あたしがお腹が痛くなったときに、お水とかを用意してくれる役をお願いしたいんだけど」

「わかりました。みんなで食べて、みんなが動けなくなったら大変ですよね。看護は任せてください……と、言えるほどのことはできないですけど」


 潮見さんは真面目な表情でうなずいた。俺としては、未知の食材を食べるのは栄養士と関係ないだろうと思ったのだが、力仕事担当の俺がダウンしてもみんなが困るだろと思い直し、しぶしぶうなずいたのだった。


  ***


 あれこれ相談しているうちに、石の上にのせられた貝がパカッと開いた。中身は、アサリやハマグリと同じような見た目である。


「よしっ、あたしが挑戦してみるね」


 浜本さんは、焼けた貝をお皿代わりの葉っぱの上にのせた。貝は3つで、あたたかそうな湯気を上げている。正直なところ、危険かもしれない未知の食材というよりも、浜辺のバーベキューを連想してしまう。


「ええと、まずがさわってみるんだね。……うん、よく焼けて弾力もいい感じ。じゃなく、異常はないよ」

「まずは、一段階をクリアですね。ヤシの殻に水を入れてありますから、何かあったら使ってください」


 潮見さんは緊張した表情で見守っている。俺も焼けた貝をじっと観察してみたが、見た目も匂いも異常はなさそうだ。


「じゃあ、舌の上にのっけるんだっけ。ちょっと、ちぎって……はむっ……あっ、別におかしくなかったから飲み込んじゃった……まあ、いいよね」

「今は大丈夫なの?」

「うん、平気だよ。ひとかけらだけど、味は期待できそうな感じ」


 俺と潮見さんは心配しながら見ているのだが、浜本さんはどこかお気楽な様子である。まあ、舌にふれるなり異常が発生するような貝なんて、そうそう無いだろうが。



 しばらく雑談して時間をつぶしたが、浜本さんに異常は見られない。むしろ、元気である。


「だいたい15分たったよね。そろそろ本番いくよ」


 浜本さんは、貝をつかむと口に持っていく。いや、これから8時間ぐらい様子をみるんじゃないのか。俺と潮見さんが、止める間もなかった。


「あむっ、もぐもぐ……」

「ちょっと、浜本さん、いきなり食べたらまずいんじゃないの?」

「……お、おいしいっ。身がプリプリしてて、塩気のあるお汁がじゅわっと出てくるの。大丈夫、まずくないよ」

「あのう、味ではなくてですね……」


 俺と潮見さんが、あっけにとられる中、浜本さんは残りの貝にも手を伸ばす。

 

「はむっ、ちゅるっ……お汁もおいしいなあ。そっか、あたしたち塩分も足りてなかったのかもしれないね。これは、タンパク源としてだけでなく、味の面でも有望だと思うの。んっ、これが最後だね……はむっ」


 空の貝殻が3つになったところで、俺と潮見さんは我に返った。


「は、浜本さん、いきなり食べるのは良くなかったのではないですか。貝をいくつか持ってきたのは、きちんと焼けるかわからなかったからですし」

「俺たち、味を確かめるんじゃなくて、食べて大丈夫か試してたんだから」

「あっ、そうだね。……うん、そうだったね」


 浜本さんは、バツの悪そうな表情で貝殻をいじくった。


「食べてしまったものは仕方がないとして、体調は大丈夫なの? いざとなったら、吐き出した方がいいかも」

「体調は平気だよ。……とりあえず、このまま8時間待って問題なければいいんだよね。うーん、二枚貝で食べたら危険なものはそうそう無いはずなんだけど。……あう、心配かけてごめんね」


 食べてしまったものは仕方がないので、俺たちはゆっくりと待つことにした。

 浜本さんが大丈夫なのかは気になるところだったが、それとは別に貝の味が気になってしまった。彼女の様子からすると、かなり美味しそうだが。

 俺たちは色々な意味で、もやもやしながら過ごすことになったのだった。

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