第19話 悩ましい栄養バランス
朝、目を覚ますと雨が降っていた。シェルターの入り口から空を眺めると、雲は多いが明るくなってきている。もうすぐやむだろう。俺は、
こんな風に過ごすのは慣れてしまったのだが、女の子2人と身体が触れそうな距離で寝起きするというのは、世間から見ればただ事ではないのかもしれない。とはいえ、最初の頃はそんなことを考える余裕はなかったし、今となっては当たり前になってしまった。こんなことを思うのは、生活にゆとりができたからだろうか。
ぼんやりと考えていると、雲の切れ目から太陽が顔を出した。
外に出て背伸びをしていると、浜本さんが何やら難しい顔で口を開いた。
「あたし、前から思ってたんだけど栄養がかたよってると思うのよね。今までは、とにかくカロリーが大事でそれどころじゃなかったけれど、気をつけたほうがいいと思うの」
「栄養かあ、たしかに食べるだけなら、なんとかなるようにはなったけど。ところで、何が足りないの?」
俺が質問すると、浜本さんは腕組みをした。どこか、教師のような仕草である。
「守川君、三大栄養素って知ってる? 知ってるよね」
「えっ、あー、肉類とか野菜……じゃない……よな」
どこかで聞いたことがあると思うのだが、単語が出てこない。言葉につまっていると、潮見さんが遠慮がちに口を開いた。
「ええと、炭水化物、タンパク質、脂質の3つですよね。これに、ビタミンとミネラルを加えて五大栄養素ということもあったと思います」
「さすが、夕夏ちゃんはよく知ってるね。もう、守川君、これぐらい授業で習ったんじゃないの?」
「習ったような気はするんだけど。ふう、この生活を続けていると勉強の知識をどんどん忘れていきそうだな」
「あう……クラスのみんなは真面目に勉強してるんだろうなあ。救助されたあとに、遅れを取り戻すための補習が……数学が怖いよ」
浜本さんは遠くを見るような目になったが、すぐにいつもの様子に戻った。
「勉強のことは今はおいとくね。それより、栄養の話だよ。あたしが言いたいのは、動物性タンパク質を摂取する方法を考えた方がいいと思うってこと。あたしたちって、お芋とかパパイヤがメインでしょ。炭水化物はとれてるとして……ええと、この前に食べたヤシの実は脂質を多く含むから……やっぱタンパク質が足りないと思うの」
「タンパク質かあ、言われてみれば肉系のものが食べたいなあ」
この島にきてからの食生活を思い返すと、果物や芋ばかり食べている気がする。贅沢なのかもしれないが、できれば体力のつきそうなものを食べたいものだ。
「動物性タンパクというと、現実的なのは魚でしょうか? この島に来てから、動物の姿は見かけていませんよね。鳥はよく飛んでいますけれど、捕まえるのは難しいと思うのです」
潮見さんの言葉に、俺と浜本さんは海の方を見た。空が晴れてきたので、海は魅力的に輝いている。
「潮見さんの言う通りだね。ひとまず海に行ってみようか。今の状態で魚を捕まえる方法は思いつかないけど、何か見つかるかもしれないし」
「うーん、守川君、なんだか適当だね。まあ、あたしもお魚を捕まえる方法はわからないんだけど」
「ふふ、わたしも思いつかないのですが、行ってみれば何かひらめくかもしれませんよ」
俺たちは、わりと適当な感じで海岸へと向かった。
3人で歩きながら、自分が楽しい気分になっていることに気づいて少し驚く。これも、食料や水が確保できたからだろう。島に流れ着いた直後に比べれば、救助は未だこないものの状況は良くなっている。気を抜きすぎるのは良くないが、ずっと緊張していては神経が持たないだろう。楽しめるものを楽しむのが、ここで生活していくコツかもしれない。浜辺に向かいながら、そんなことを考えたのだった。
***
浜辺に着くと、浜本さんが波打ち際に駆け出して行った。今は引き潮のようで、白い砂浜が広く感じられる。
「わあ、ここの海って本当にきれいだね。んー、あたしたちって、せっかく南の島に来たのに一度も海に入ってないんだよね、もったいないなあ。……わわっ」
大きな波が打ち寄せてくると、浜本さんは濡れないように慌てて戻ってきた。
「浜本さん、気を緩めすぎなんじゃないの?」
「ちょっとぐらいなら、いいじゃない。難しい顔で悩んでたら、いい考えが浮かぶわけじゃないし。……あっ、魚がいるよ。わりと浅いところにもやってくるんだね」
透明度の高い水の中で、ときおり魚らしき姿がきらりと光る。手ごろな大きさだが、動きはかなり素早い。
「これは捕まえるのは無理そうだね。木と石の刃で
「無人島だからといって、人間に対する警戒心が薄いわけではないようですね。魚を捕まえる手段としては釣りが良いのでしょうけど、道具はないですし代わりになるものも思いつきませんね」
潮見さんは真面目に考えてくれているようだ。彼女の言う通り、釣りの道具があれば魚を食料にできるのに。
「釣りかあ、サバイバルの本なんかで、魚の骨を加工して釣り針にするっていうのを読んだことがあるけど、その魚を捕まえられないんだよなあ。釣り糸を用意するのも無理そうだし」
「もどかしいですね。周囲は海で魚もたくさんいるのに、捕まえられないなんて」
俺と潮見さんは、同時にため息をついた。昔の人類は、道具無しで魚を捕まえていたのだろうか。21世紀の俺は、頭を悩ませても良いアイデアを思いつけなかった。
「わっ、カニさんだ。えへへ、小さくてカワイイ」
緊張感のない声を出した浜本さんが、小さな赤いカニを追いかけていた。残念ながら、サイズ的に食べるところは無さそうである。
「浜本さんて、なんていうか自由だね」
「あう、ごめんね。あたしが提案したことだったけど、何がなんでも魚を捕らなくちゃいけないわけじゃないから。あんまり思いつめないでね」
「まあ、それもそうか。……んっ、カニが居ないな。どこへ行ったんだろう?」
いつの間にか、小さなカニは姿を消していた。最後に見たあたりを見てみると、砂にぽつぽつと穴が開いている。
「ふうん、穴に隠れたのかな」
俺は砂浜に落ちていた棒切れを拾って、穴を探ってみた。何やら固いものに当たった感触がある。
「あれ、これはカニじゃないな。なんだろ」
慎重に砂を掘ってみると、灰色の二枚貝が姿を現した。アサリよりサイズが大きく、全体的に色が地味だ。貝を見た女の子たちが、近くによってくる。
「何でしょう、見慣れない貝ですね。浜本さん、これは食べられるのでしょうか?」
「うーん、どうかなあ、二枚貝で毒があるものって、あまり聞いたことがないけど。種類がわからないし、うーん」
浜本さんは、貝をじっと観察している。見た目はいたって普通の貝のようで、店で売られていてもおかしくないような外見だ。
「こんな貝で毒なんてあるのかなあ、いけるんじゃないの? 何だっけ、刺されたら危険っていうのは聞いたことがあるけど」
「それはイモガイの仲間ではないでしょうか。肉食の巻貝で、毒で獲物を麻痺させて捕食するのですが、人間が刺されても危険ということだったと思います」
「ああ、何かテレビかネットで見た気がするなあ。潮見さんって詳しいんだね」
「いえいえ、わたしも聞いたことがあるぐらいで、確かなことを語れるぐらいの知識はないですよ。ただ、沖縄などの南の海に生息しているそうですから、不用意にさわらない方が良いと思います」
「なるほどね、きれいな海だけど危険な生物がいる可能性もあるのか」
話しながら棒で砂を探っていると、同じような貝がいくつも出てきた。
「おっ、これは食料として有望なんじゃないの。魚は無理でも、貝なら簡単にとれるし。ああ、もっと早く気づいていればなあ」
「うーん、今はちょっとだけとって、食べられるか試してみた方がいいと思うの」
テンションの上がる俺と違って、浜本さんは珍しく慎重な態度である。俺はたくさんとりたい気分を抑えて、形の良いものをいくつか選んだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。