第21話 食料は充実したけれど

 貝を試食した翌日になっても、浜本美波はまもとみなみは元気だった。もしかすると警戒しすぎだったのかもしれないが、医者も薬もない島のことだから気をつけた方が良いのは確かだろう。

 日が昇ると、俺たちはすぐに浜辺へと移動した。もちろん、貝をとるためである。


「きのうはちょっとヒヤヒヤしましたが、浜本さんが無事で良かったです。でも、食べられるってわかると急に食欲がわきますね」


 海へ向かいながら、潮見夕夏しおみゆかが笑顔で話しかけてくる。彼女も新しい食材を早く食べたいのだろう。


「そうだね、俺たちを心配させた浜本さんには、貝をしっかり焼いてもらわないと」

「あう、ごめんね。口に入れたら、普通のおいしい貝の味だったから、いつものご飯みたいに食べちゃったの」

「まあ、今度から気をつけようよ。よし、今日はたくさんとるぞ」


 俺たちは、昨日の場所に移動して貝を探し始めた。

 貝が生息している場所は、ばらつきがあるようで適当に掘っても簡単には見つからない。それでも、何度か探しているうちに何となく居そうな場所がわかってきた。こうなってくると探すのが楽しくなってくる。3人で夢中になって探していると、結構な数の貝をとることができたのだった。


  ***


 昨日と同じように、貝を焚き火で焼くことにした。お昼にはまだ早い時間だと思うが、お腹が空いているのを感じる。夜の焚き火は雰囲気があって良いが、明るい時間のも悪くはない。なんというか、生活しているという感じがするのだ。


「んしょっ、もうちょっと火に近づけた方がいいかな」

「すみません、浜本さん。料理をお任せしてしまって」

「いいんだよ、夕夏ちゃん。あたし、お料理が好きだし、みんなが笑顔になってくれたら嬉しいから。……それに、昨日は心配かけたし」


 浜本さんは、木の棒を箸のように使って貝の位置を調整している。俺も試してみたことはあるのだが、彼女ほど上手にはできなかった。


「焚き火の火力はどう? 普通のコンロみたいに火の強さを簡単に調整できないから難しいんじゃないの」

「うーん、そうだね。でも、だからこそ、やりがいがあるって感じかな」

「へえ、さすがは浜本さん、頼もしいね」

「えへへ、もっとほめてもいいんだよ」


 焚き火を囲みながら話していると、それだけで楽しい。遭難した島ではあるが、大自然の中でバーベキューをしていると考えると、ちょっとお得な気分である。空は晴れわたり、遠くに見える海は吸い込まれそうに青い。風が吹けば、南国っぽい木々がゆっくりと枝を揺らす。


「貝を焚き火で焼くっていうと可哀想な気もしていたのですが、今になると美味しそうだと思ってしまいます」

「潮見さんも、ここの生活にだいぶ慣れてきたよね。ワイルド……という感じはしないけど」

「ふふ、野性的な感じになるのは困ります。でも、ここで暮らしているとちょっとだけ自信がつきますね。あっ、わたしは大したことはできていないのですが」


 この島に来てから結構な日数が経つと思うが、潮見さんは最初に出会ったときの繊細で可愛らしい印象から変わっていなかった。もちろん、日焼けはしているし身だしなみを整える道具などはないのだが、清楚な感じは損なわれていないと思う。


「いやいや、潮見さんはしっかりしているから助かるよ。よく気がつくから、こまめにシェルターの屋根を手入れしてくれているし、焚き火の材料なんかも集めてくれているじゃない」

「いえ、それほどのことではないです。あまり力仕事ができないので、そういったところで役に立ちたいと思って」

「おかげで助かってるよ。火を起こすときに、枯れ草とかが無いと探すの大変だし。ありがとう」


 俺がお礼を言うと、潮見さんは顔を赤らめて焚き火の方に目をそらした。なかなか奥ゆかしい感じである。


「あうう……あたしは不注意でごめんね」

「ま、まあ、今のところは大変なことになってないから。何より、浜本さんが危ない目にあったら心配だし」

「そうだね、みんなに心配かけちゃうもんね。……あっ、貝が焼けてきたよ。味は、あたしが保証するからね」


 浜本さんは申し訳なさそうな表情になったが、すぐに元気になった。こうやって雰囲気を明るくしてくれるのも、彼女の良いところだろう。



 浜本さんが、焼けて口が開いた貝をみんなに配ってくれた。お皿はないので木の葉で代用しているが、むしろ美味しそうに見える。


「はい、守川君と夕夏ちゃん、遠慮なく食べてね。おいしいし、タンパク質もたっぷりだよ」

「おっ、やっと食べられるなあ。昨日は浜本さんを心配してたけど、途中からお腹が空いてきたからね」

「ちょっと、それはひどくない?」


 浜本さんは頬をふくらませたが、顔は笑っている。


「……実はわたしも、貝の味が気になっていました。お芋とパパイヤもおいしいですけれど、さすがに違うものが食べたくなっていましたから」

「もう、夕夏ちゃんまで。……えへへ、次からは、もうちょっと慎重にやって食べられるものを増やしていきたいね。さあ、食べようよ」


 俺は、焼きたての貝を口に運んだ。貝の身を口に入れると、塩気と旨味のある汁がじゅわっとあふれ出す。大きさはそれほどでもないが、適度に弾力があるので食べごたえがある。


「これは文句なしに美味しいなあ。味付けなしで、焼くだけでこの美味しさってすごいと思うよ。……あっ、浜本さんが上手に焼いてくれたからってのもあるけど」

「ふふー、そんなに大したことじゃないけど、みんなが喜んでくれると幸せな気分になるよね」


 俺が感想を言うと、浜本さんは嬉しそうに微笑んだ。潮見さんは、行儀よく貝を食べている。


「んっ……美味しいですね。身体がタンパク質を求めていたのかもしれません、ついつい食べてしまうのがわかる気がします」

「そうでしょ、夕夏ちゃんもそう思うよね。おいしいものって、ある意味こわいよねえ。おいしくなかったら、食べすぎたりしないんだけど」

「ああ、わかります。普段の生活だと甘いものを食べすぎて、あとで恐ろしくなったりします」

「へえ、夕夏ちゃんでもそんな経験があるんだね。ふふっ、貝はヘルシーだから大丈夫だよ」


 女の子2人は、楽しそうに話しながら貝を食べている。2人ともダイエットを気にするような体型ではないと思ったが、余計なことは言わないことにした。


  ***


 夢中になって食べていると、いつの間にか空の貝殻がたくさん積まれていた。結構な量の貝をとってきたのだが、女の子たちも食べきったようである。

 食事に満足した俺は、木によりかかって一息ついた。南国の太陽は力強く輝いているが、木陰はひんやりとしてすごしやすい。都会と違って、海と森が熱を吸収しているからだろう。

 青空をひとかけらの雲が流れて行く。


「……捜索隊、来ないね」


 ぼそっと、浜本さんがつぶやいた。俺と潮見さんが、目を向けると浜本さんはハッとしたように口をおさえた。


「ご、ごめんね。その……つい、あうう」


 この島に流れ着いてから、結構な日数が経った。最初の頃は期待を込めて海や空を眺めていたが、次第にがっかりすることが多くなっていった。もしかしたら、捜索は打ち切られているのではないか、そんなことを考えることもあったが、口にすると現実になってしまいそうで言えなかった。

 おそらく、みんなも同じように考えていたのか、最近は捜索隊について話すことは少なくなっていたのだ。


「そんなに気を使わなくてもいいよ。まあ、俺も口には出さないだけで同じように思っていたから」


 俺が静かに離すと、潮見さんもこくりとうなずいた。


「捜索隊どころか、船や航空機の気配すらありませんね。この島は、おそらく一般的な航路から外れているのだと思います。……わたしたちを探してくれてはいると思うのですが、別の場所に流されたと勘違いしているのかもしれません。……あっ、ごめんなさい。余計に不安をあおってしまいましたね」


 今度は潮見さんが、しょんぼりとした。彼女はときどき空を眺めていたが、さっき言ったようなことを考えていたのだろう。航路から外れているということは、偶然に発見してもらえる可能性は低いということだ。

 さわやかに晴れたお昼どきではあったのだが、場になんとも言えない空気が流れる。


「こうなったら、開きなおって南の島の生活を楽しもうか」


 雰囲気を変えようと、俺はあえて明るく言った。それを聞いた浜本さんは、あきれた顔になる。


「ちょっと、守川君。この流れで、どうしてそんな結論になるの?」

「いや、色々と考えたけど俺たちにできることって無いと思うんだ。近くに人は居ないみたいだし、イカダを作って海に飛び出すなんて無謀だろ」

「うええ、海で漂流なんてあたしヤダよう。だったら、この島で救助を待とうよ」

「そうなるだろ。結局はこの島で待つのが一番なんだよ」


 あえて自信ありげに言い切ってみたが、潮見さんは納得したようにうなずいてくれた。


「待つだけというと消極的に思えますが、これが一番良い方法なのかも……いえ、今のところ最善ですね。悲観的なことを考えて精神的に消耗するぐらいなら、守川さんの言う通り楽しむというのは良い案だと思います」

「そっか、夕夏ちゃんが言うと、あたしもそれがいい気がしてきたかな。うん、考えてみれば勉強はしなくていいし、プライベートビーチどころか、島全体を独占してるわけだし。ふふ、捜索隊が来るまでに遊んでおかなくちゃ」

「……浜本さんて、ポジティブだね」


 急に元気になった浜本さんを見て、思わずため息が出てしまった。しかも、俺の発言より潮見さんの言うことの方が説得力があるのか。


「ふふ、いいじゃない。難しそうな顔をしてたら、事態が好転するわけじゃないし。落ち込むなんて、あたしらしくなかったよね。さっきのは、ちょっと寂しくなっただけだから」

「ええと……いや、その意気でいこうって話だったんだよな。俺が提案したのに……ともかく、こうなったら捜索隊の人が驚くぐらい楽しく過ごせるようにしようぜ」

「わたしも賛成です。無人島に漂着して大変だったんだろうなって、思っている家族を驚かせたいですね」


 潮見さんは顔を上げて笑みを浮かべた。彼女は俺の方を見て、いたずらっぽい表情になる。


「お友達にも自慢します。わたしは、男の人に家を建ててもらった上に、天然素材のお料理を毎日食べさせてもらっていたって」

「ちょっと、夕夏ちゃん、それは禁止だよ。絶対に誤解されるし、料理を作ったのはあたしだから。……もう、守川君はデレデレしないのっ」

「だから、してないって」


 深刻な空気は、いつの間にかどこかへ消えていた。俺たちは、そのまま他愛のない話をして笑いあう。

 もしかすると、単なる強がりなのかもしれない。それでも、俺たちはこの島でおそらくは長い間すごしていかなくてはならないのだ。ならば、笑って楽しくしていた方がいいに決まっている。


 午後からは何をしようか、そんなことを考えながら木陰で一休みしたのだった。

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