第45話 水平線の向こうに

 洞窟に泊まって迎えた朝、俺は起きてきた浜本美波はまもとみなみ潮見夕夏しおみゆかに思いついたことを伝えた。彼女たちは探索で疲れていたのか、眠そうだ。しかし、俺の話を聞くと、2人ともパッと目が覚めたようだった。ありがたいことに、女の子たちは俺の思いつきに賛成してくれたのである。


 それから、俺たちは慌てて出発の準備をに取り掛かった。島の北側に作ったシェルターに戻るためである。洞窟で発見した手帳はどうしようか迷ったが、背嚢はいのうに入れて持っていくことにした。


  ***


 がんばって移動し、俺たちはこの日のうちに、いつも暮らしていたシェルターに戻ってくることができた。さすがに疲れてしまったので、この日はゆっくりと休み、明日に備えることにした。

 急いで戻ってきたのは、俺の思いつきが明日でなければ実行できないからである。俺は、頭の中で手順を考えながら眠りについたのだった。


  ***


 当日、俺たちは早起きをして、浜辺に枯れ枝や草などを運んでいた。焚き火用にいくらか集めてあったのだが、今日の作業には多くの量が必要なのである。

 それなりの量を集めた頃には、すっかり汗をかいていた。


「そろそろ、いいんじゃないかな」


 浜本さんが額の汗をぬぐいながら言った。俺も初めてのことでよくわからないのだが、機会を逃しても困るのである。


「そうだな、始めようか。足らなくなったら、途中で追加していこうか。ええと……」

「はい、必要なのはこれですよね。さっき、取ってきました」


 そう言って潮見さんは、俺が普段使っている火起こし用の道具を渡してくれた。彼女は、準備よく火を移すための枯れ草も用意してくれている。



 俺が考えたのは、海岸で物を燃やして狼煙のろしをあげることだった。普段なら、船や飛行機の通らないこの場所で狼煙をあげても誰も気づいてくれないだろう。だが、今日は特別なのだ。


 8月15日、何度も潮見さんに確認した今日の日付だ。今年は2015年だから、戦争が終わって70年である。だから、この節目の年に関係者が慰霊に訪れるのかもしれないと思ったのだ。

 もちろん、可能性は低いと思っている。70年も経っているのだから、関係者も生存していないかもしれない。それでも、やらずにはいられなかった。あの手帳を見たからかもしれない。



 俺が起こした小さな火は、枯れ枝に移ってすぐに大きくなった。そこに、青い葉のついた枝を放り込むと、白い煙が空に昇っていく。雲ひとつない、澄み渡った青空だった。


 うまく煙は出たが、思ったより枝などの消費量が多い。たっぷりと用意したはずだが、残りがもう少なくなっている。どうしようか考えていると、浜本さんが大声を出した。


「み、見てっ。海の向こうに、黒い点みたいなものが見えるよ。あれ、何だろっ」


 俺と潮見さんも慌てて水平線に目を凝らす。だが、食い入るように見ても、はっきりしたものは見えない。


「何かあるような気はしますが、船かどうかはわかりませんね。もう少し近くに来てくれれば」

「よーし、ここでどーんと燃やしちゃおうよ。煙をもっと出そうよ」


 浜本さんは、意気込んで狼煙を大きくしようとしたが、燃やすものが少なくなっていることに気づいたようだ。


「あう、これだけじゃ。すぐになくなっちゃうよ。ええと、森に取りに行く? でも、その間にあの黒い点がなくなったら……」


 水平線に見える点が船とは限らない。だが、せっかくの希望から目を離したくない気持ちもよくわかった。俺は燃やせるものがないか考えて、決断をした。


「シェルターを燃やそう。俺たちが島に来て、最初に作ったやつだよ。あれなら、海に近いところにあるからきっと間に合う」

「ええっ?」


 俺は、女の子たちの返事を待たずに駆け出したのだった。



 最初に作ったシェルターは、もうかなり傷んでいた。屋根に使った葉は色が変色し、全体が傾いている。思い切って、骨組みの木を引っ張ると、あっけなくシェルターは崩壊した。さすがに胸が傷んだが、今は感傷にひたっている場合ではない。


「わたしも手伝います。狼煙は美波さんが見てくれています」


 シェルターの残がいをかき集めていると、潮見さんが息を切らせながらやってきた。俺は彼女にうなずいてみせると、大急ぎで作業を始めたのだった。



 大量の木の枝や葉を抱えて砂浜を走るのは、きつかった。後ろからでは、潮見さんが髪を振り乱しながら必死に走っている。


「こ、こっちだよ。もうすぐ、燃やすものが無くなっちゃう。早くっ」


 狼煙の横で、浜本さんがぶんぶんと手をふっている。俺は狼煙に突っ込むぐらいの勢いで走り、シェルターの残がいを火に投げ入れた。

 バチバチと大きな音がして、炎があがった。そこに、追いついてきた潮見さんが残りを火にくべると、白い煙が激しく空に昇っていく。俺は、息を整えながら煙が昇っていく様子を眺めた。

 

 頭に今までの思い出がよみがえる。初めてこの島に流れ着いた日のこと、不安な夜、パパイヤの美味しさ、見た目は今ひとつだったけれど頼もしく感じた最初のシェルター。

 白い煙は、空の高いところまで昇っていった。



「わっ、わああっ」


 俺は、泣き出しそうな浜本さんの声で我に返った。潮見さんは、ぼう然とした様子で海を見つめている。

 おそるおそる、海の方へ目を向けると、黒い点は大きくなっていた。いや、黒い点ではない。これは、明らかに船だ。


「ここに、あたしたちはいるよっ」


 燃やすものが無くなったので、浜本さんはぶんぶんと手をふった。こんなことをして、海から見えるのかわからなかったが、俺も精一杯手をふる。潮見さんは、飛び跳ねながら手をふっていた。


 不意に、大きな音が浜辺に響いた。

 それは、船が鳴らした汽笛だった。


 俺たちは、もう一度大きく手をふると、海へ向かって走り出したのだった。

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