第12話 島にやってきた石器時代
新しい1日が始まった。
俺たちが、真っ先にすることはシェルターを出て海を眺めることである。残念ながら、今日も船や飛行機の姿は見えない。それでも、南の島の美しい風景を見ていると、がんばろうという活力がわいてくる。青い海や南国風の木々を見ていると、落ち込んでいるのがもったいない気分になるのだ。
海を眺めたあとは、森の中にある水場に移動した。
「はあー、冷たくて気持ちがいいなあ。本当に気持ちの良い朝って感じだね」
「そうですね。見方を変えれば、すごく贅沢なことをしていると言えるかもしれません。こんなきれいな島を3人で独占しているんですから」
なるほど、そういう考え方もあるのかもしれない。俺も、たまに自分たちの状況を忘れて景色に見入ってしまう瞬間がある。
「この島がきれいなことは確かだけど、近くに高級ホテルでもあれば本当に最高なのになあ。いや、安い民宿でもいいんだけど」
「ちょっと、守川君。夢みたいなこと言ってないで、今のあたしたちができる範囲で生活をアップグレードさせていこうよ」
「まあまあ、ちょっとした願望だから。でも、ただ待っているだけじゃなくて生活を良くしてくってのはいい考えだと思うよ」
浜本さんは頬をふくらませたが、機嫌はむしろ良いようだ。ここ数日で、みんなのことがだんだんわかってきたような気がする。
「とはいえ、どこから手を付けようかなあ。やってみたいことはいくつもあるんだけど、出来ないこともあるし」
ほとんど何も持たないで流されてきた俺たちでは、できることは限られている。葉っぱを手で採取することすら苦労しているのだ。せめて、ナイフみたいなものでもあれば楽になるのだが。そんなことを考えていると、沢にさまざまな石が転がっていることに気がついた。
「ここって、緩やかな流れのわりに石が多いな。大雨のときに流されてきたものかなあ」
「あれじゃない、上の方でダムみたいになってたところを守川君が、どーんと壊したから」
「浜本さん、人聞きの悪い言い方しないでよ。あれは詰まってたのを直そうとしたら、派手に壊れただけだから。……この石も上流から流れてきたのかな?」
俺は、角ばった石を拾い上げてみた。出来損ないのレンガのような形である。頑丈そうだが、何かに使えないだろうか。
「もしかして、石器……打製石器を作ろうと考えているのですか?」
潮見さんが、感心したかのように見つめてくる。打製石器というと、石を叩いたり割ったりして作るものだっけ。歴史の授業のごく初期に登場したような。
石器については潮見さんの発言で思いついたのだが、俺は最初からそのつもりであったかのような態度をとった。
「うん、原始的な道具でも無いよりはマシだと思ってね。木を切ったりはできないだろうけど、小さな枝とか草ぐらいは何とかできたらいいなって」
「いいですね、道具があればやれることの幅が広がりますし、効率も上がります。ですが、作るのが難しそうですね。わたしは、教科書ぐらいの知識しかないですし」
「それは、俺も同じだよ。まあ、実際に色々ためしてみようか」
俺たちは、まず水場周辺で良さそうな石を探すことにする。浜本さんは、謎のやる気を出していた。
「よーし、石器時代の人に負けないようにがんばるよ。ふふん、あたしたちは21世紀の人間だから、きっと作れるよ」
彼女の言葉に若干の不安を覚えつつ、俺たちは石器作りを始めたのだった。
***
石器時代の人間は偉大だったのかもしれない。俺たちが、石を石で叩いても簡単に石器は作れなかった。そもそも、石を割ることが難しいのだ。金づちのようなものがあればいいのだが、その道具が無いから困っているのである。
「なんだか、言葉にできない敗北感がありますね。わたしたちは21世紀の人間なのに……文明って何でしょうね」
慎重に石を叩いていた潮見さんは、悲しそうにため息をついた。文明はともかくとして、彼女の細い腕では無理かもしれない。
「ええー、打製石器って言うぐらいだから、叩いたらパキーンってできるんじゃないの? あう、なかなか割れないし、割れても砕けちゃうし難しいよ。あたしたちって、石器時代の人間に負けてるの?」
浜本さんは、中途半端な形になった石を見て悔しそうに言った。石器時代の人間と張り合う必要は無いと思うのだが。
しかし、石をうまく使えるように割るというのは難しく感じる。そもそも、石器として使うのだから簡単に割れるようなものでは駄目なのかもしれない。
「みんな、ちょっと離れてくれるかな。俺に考えがあるんだ」
俺はみんなに離れるように言うと、手に持った石を思いきって岩場に叩きつけた。バキッという音と共に、地面にあった方の石が割れた。くっ、そっちじゃないんだが。
「おおー、守川君やるねえ。けっこう鋭くなってるんじゃない?」
「ええ、思っていたより鋭利な断面ですね。見事です」
女の子たちが口々にほめてくれたので、俺はいかにも計画通りという顔をした。割れた破片を拾い上げてみたが、ちょっと小さすぎる気がする。
「うーん、俺は石斧みたいなのが作りたかったんだけどなあ。思い通りにはいかないか」
「では、それをわたしに使わせてくれませんか。わたしの手のサイズだと、ちょうど石包丁? というか石のナイフとして使えそうです」
「いいよ、潮見さんにあげるよ。ちょっと形を整えた方がいいかもね」
「ありがとうございます。これで、植物の採取がはかどりそうです」
石のかけらを渡すと、潮見さんはとても嬉しそうな表情になった。こんなものを女の子にプレゼントして喜ばれるのは、この島でだけだろう。複雑な気持ちでいると、浜本さんが目で何かを訴えていた。
「えーと、浜本さんもほしい?」
「うん、もちろんだよ。ツルを切るのに、歯で食いちぎるのって女子的にどうかと思うの。しかも、アレってなんか毛みたいなのが生えてるし、すっごく苦いんだよ。絶対、食用には向かないと思う」
たくましいな、と思ったが口には出さないでおいた。
とはいえ、ちょうど良い大きさの物がない。俺は、割れた石を岩場に置くと、硬そうな別の石で叩いてみた。うまく割れないが、なんとなくコツのようなものがわかってきた気がする。
俺は適当に叩くのではなく、角ばった石の端の方を重点的に狙ってみた。何度か叩くと、薄く剥がれるように石が割れる。
「わっ、守川君すごいね。石器時代の人に負けてないよ」
「勝ち負けはともかくとして、割れやすい石があるよね。そういうのが分かるようになれば、もっと良いのができるかも。はい、これ」
「ありがと……わっ、けっこう切れ味が良さそう。使うときは気をつけないと」
浜本さんは、渡した石の破片をしげしげと見つめている。隣では、潮見さんがしゃがんで何かをしていた。
「潮見さん、何してるの?」
「いただいた石のナイフの持ち手に、ツルを巻き付けてみたんです。滑りにくくなるし、目印になってわかりやすいかなって」
「ああ、良いアイデアだね。そういうふうに、加工っていうか飾り付けすると一気に道具って感じがするよ。よし、俺も自分のを作るぞ」
「力のいらない作業ならできますから、必要でしたら言ってくださいね」
俺は、石を探したり叩いたりを繰り返して、なんとか石器らしきものを手に入れた。
悪戦苦闘の末、この南の島はやっと石器時代を迎えたようだった。
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