第2話 破談
ファビオはジンジャーエールのコップからそっと手を離した。
—— 薬入り? いや、それじゃぁ奴らはブツを手に入れられない。
睡眠薬で俺を拉致でもするつもりか? ——
ジンジャーエールを飲むのを諦めてコップから手を離し、不自然に
ならない様に、その右手でレオン・ラガルドの手中の鉱物を指差した。
「その何百倍もの大きさの隕石の本体は、ある天体に隠してある。
ここの入港検査で取り上げられても困るからな。
おそらく、レニウムの量で約1トンはある」
もちろん、ある天体に隠したというのは真っ赤な嘘だ。
テオが<イカロス>の貨物室のジャンクパーツ置き場の
推進機の中に隠したのだ。
—— <イカロス>の中に隠してあるなんて言ったら、
こいつらに船を襲撃されかねないからな ——
「ヒュー!」サンクラス男が驚いて口笛を吹いた。
高額なレニウム鉱の大口取引になることを喜んでいるようだ。
「ほう。レニウムが約1トン。かなりの大口だな」とラガルド。
ラガルドはレニウム鉱から目を離し、ファビオの目をじっと見て、
ジョークじゃないという顔をしているのを確かめようとする。
ファビオが頷きながら見つめ返すと、ラガルドはもう一度、
レニウム鉱にルーペを当ててじっくりと品定めを始めた。
ファビオは品定めの時間を少し与えたほうが、
ブツの価格交渉をし易いと思い、黙って待つことにする。
店内をを横目で見渡す。
カウンター席にいたカップル2組のうち、
男の一人が、バーテンダーの出した読み取り機に、
腕の端末から電子マネーを送信していた。
2組のカップルは、皆かなり酔っているようで、
ふらつきながら席を立って、交互に別れのハグをしながら、
4人がもつれ合うように店を出て行こうとしている。
また、テオとブラ爺さんは、なぜか肩をたたき合って
握手をしたあと、強くハグしている。
—— あいつ、何をやってんだ?
爺さんとジャンクパーツの取引が成立したのか? ——
そしてテオは店の入り口側にあるトイレのほうに行ったようだ。
—— 嘘だろ。今、このタイミングで便所に入る? ——
ブラ爺さんのほうは、カウンター席から立ち上がり、
中央のテーブル席の若者たちに小声で何か話かけ始めた。
若者たち3人は、ブラ爺さんの話に最初はずいぶんと驚いた
ような顔をしていたが、やがて笑顔になって席を立って、
爺さんと一緒に4人で店を出て行った。
いつの間にか店内のガチャガチャした音楽も止まっていたし、
大声で騒いでいた若者たちがいなくなって店は急に静かになる。
それから少しして、レオン・ラガルドが鉱物サンプルをテーブルに
置いて顔を上げた。ルーペを胸のポケットにしまって、満足そうな
表情をしている。
ファビオは価格交渉に入った。
「一般市場の取引額は、今、1キロ当たり2000宇宙ドルを超えてるが、
政府に取引の届け出なしでレニウムが大量に手に入るんだ。
キロ5000でどうだ?」
—— キロ5000で、1トンを売れば5百万宇宙ドルになる ——
------〔宇宙ドル〕-------------------------------------------------------------
世界法定通貨の電子マネー。約3000宇宙ドルが民間人の平均月収だ。
5百万宇宙ドルというのは、途方もない高額である。
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ラガルドがしかめっ面をして、両手を広げた。
「小僧、そりゃ、吹っ掛けすぎだろ。キロ2500ドルなら払うぞ」
「冗談じゃない。そんな低い単価じゃ政府の買取価格とあまり変わらない
こんな
ファビオはまだしゃべり続けていたが、
レオン・ラガルドはサングラス男に目で合図する。
サングラス男が拳銃を構えた手をテーブルの上に出して、横に振った。
—— こいつら! ——
「こっちのリスクも考慮してモノを言ったほうがいいぞ。若造」
ラガルドは、顔をサングラス男の拳銃に向けてから、ファビオのほうに
向きなおりながら低い声で凄んだ。
サングラス男は拳銃をファビオの顔に真っすぐ向けて、
嬉しそうにヘラヘラと笑い顔をしている。
—— このチンピラ。むかつく奴だな ——
ファビオは拳銃を向けられても平静を装いながら言う。
「俺を撃ったら、隠し場所がわからず、ブツが手に入らないだけだぞ」
「ふん。ボウヤは甘いな。お前の船の航行記録を見れば、
どこの星に立ち寄ったのかなど、すぐに分かるんだ。
そこをケレスから近い順番に回ればいずれ見つかるさ」
「誰が船の航行記録なんて渡すか……」
ファビオは途中まで言いかけて止めた。
—— しまった。 そうか。
さっき検査官が数人、入港検査で船に入ってる ——
そのファビオの表情を見て、ラガルドは薄笑いを浮かべた。
「ほう、カンだけは良いようだな。 そうだよ、若造。
地方政府に雇われている検査官なんて、たらしこむのは
簡単なんだ。大人しくブツの隠し場所を言えば命は助けてやる。
こっちも、あちこちの星を探す手間が省けるからな」
ラガルドはふんぞり返って、勝ち誇ったような顔をしている。
ソファーの背に体を預け、手に持った鉱物サンプルを、
ポンポンと空中に投げてはキャッチしている。
サングラス男が拳銃をファビオの顔に向けた。
すでに引き金に指がかかっている。
—— くそう、こいつら最初から、金を払う気なんか無かったな ——
「少し考えさせてくれ」
ファビオはジンジャエールのコップを左手で取り、口に運ぶ
振りをする。もちろん飲む気はないが、その動作に隠れて、
テーブルの下で右手はポケットに入れていた。
そして左手に持っていたジンジャーエールをサングラス男の
顔にぶちまける。
「ズキューン」
サングラス男が驚いて拳銃の引き金を引いたが、
ファビオは身を倒して避けて、遠くの壁についていたBARの
照明が火花を散らして消えた。
ファビオはポケットからボルトナット入りの袋『ブラックジャック』
を素早く出す。
グルンと振り回してサングラス男の腕に叩きつけると、拳銃が吹き
飛んで、ボックス席の奥の座席に落ちた。
サングラス男は、ブラックジャックで殴られた腕を押さえながら、
口に入ったジンジャーエールを懸命に吐き出そうとした。
「アゥアゥ」
そのサングラス男の慌てぶりを見ると、グラスに入れられてたのは、
睡眠薬のような甘っちょろい『薬』ではなさそうだ。
彼らが、ファビオからブツの隠し場所を聞き出そうとしていたことから
考えれば、自白剤なのかもしれない。
レオン・ラガルドが、ボックス席の奥に落ちた拳銃を拾おうとする。
それを阻止するために、ファビオがブラックジャックを振り下ろすと、
拳銃に当たって、撃鉄部分が壊れて取れた。
ファビオはさらに、ブラックジャックを振り上げて、ラガルドに殴り
かかる姿勢を取りながら言う。
「交渉は終わりだなラガルド。 さっさと、そのサンプルを返せ」
「ずいぶんと、舐めた真似をするじゃないか小僧。
リオ商会に立てついて、お前は生きてこのケレスを出られると
思ってるのか?」
ラガルドは、サンプルの鉱物をテーブルにポイっと投げる。
それを拾うために、ファビオがテーブルに手を伸ばす。
ラガルドを睨みつけながら、鉱物を掴んだとき、後ろに何かの
気配を感じた。
「ファビオ!後ろだ!」 テオの声。
さっと振り向くと、隣のボックス席にいた大男が、
ファビオに向かって鉄パイプを振り下ろして来ていた。
ファビオの目の前に、鉄パイプが迫っていた。
次のエピソード>「第3話 BARの騒動」へ続く
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