第43話 映っていなかった物

小惑星プシケ<ガスパリスシティー>


ホテル<ニューガスパリス>のスイートルーム。

エルネスト・レスタンクールは、広々としたリビングのソファーで

朝早く目を覚ました。


—— くそう。ソファーはやっぱり寝にくかった ——


ソファーセットの前のテーブルには、高級ワインが2本空になっている。


情報屋パープルことメリッサ・ビリンガムは、エルネストの部屋に来て

スィートルームの豪華さに大喜びして、はしゃぎまくった後は、

エルネストにじゃれつきながら、高級ワインをがぶ飲みして

すぐにダウンしてしまった。


もともと、エルネストは捜査任務中に女性と肉体関係を持つつもりは

無く、パープルと話をするだけにしようと思っていたのでいいのだが、

あっという間にダウンした小娘を家に帰す手段も無くなったのは

誤算だった。

仕方なくパープルをベッドに運び、自分はソファーで寝ていたのだ。


シャワーを浴びてから寝室を覗くと、パープルは軽くいびきをかいて、

まだ良く寝ていた。パープルに声をかける。

「おい。メリッサ・ビリンガム。朝だぞ。 もう俺は仕事にいくぞ」


昨日のドレス風の宇宙スーツのまま眠り込んでいたパープルは、

薄目を開けたが、最初は自分が何処にいるのか分からない風で、

驚いて飛び起きてキョロキョロする。


「え? エルネストさん。 私寝ちゃってた?」

「ああ、良く寝てたよ」


「ベッドで、いちゃいちゃするのは?」

「俺は一緒に飲もうと言っただけで、一緒にベッドに入るとは言って無い。

 そもそも、そんなことしたら、どの面下げて今日トユン・チュエに

 会うんだよ」


「え~いじわるぅ」

「ホテルの朝食ビュッフェをおごるから、早く支度してくれ」


「えっ、えっ。ちょっと5分待って。シャワー浴びさせて」


パープルはシャワー室に飛び込んでいった。

少しして、髪を乾かすドライヤーの音がする。

続いて何かをスプレーする音。


シャワー室から出てきたパープルを見てエルネストは驚いた。

「お、髪の色が紫からブロンドになってる。

 それにさっきまでの薄紫のスーツじゃなく、白いスーツに

 変わってるじゃないか」


「これ熱風をかけると、色がすぐ落ちる髪染め塗料なの。

 スーツのほうは、この携帯スプレーで化学反応して

 いろんな色にすぐ変えられるのよ。

 素早く変装するには便利でしょ」


「そんな便利な物あるのか?」


「スーツメーカーが最近売り出して、女の子の間で最近流行ってる

 のよこれ。

 エルネストさん、女の子のお洒落なんて、あんまり気にしてないんでしょ」


「ああ、知らなかった。 さぁ、準備できたならレストラン行くぞ」


  ***


留置場の会議室に行くと、トユン・チュエ特別捜査員はもう来ていた。

「おはようございます。メリッサとのデートはどうでした?」


「BARではプシケ電子ニュースの記者に邪魔されて、その後、

 部屋で飲んだんだが、彼女はワイン2本を空にしてダウンした。

 参ったよ。おかげでソファーで寝て体が痛い」


エルネストは昨晩のことを包み隠さず伝えた。


「あいつ、普段はそんな飲み方しないんですけどね。

 よほどレスタンクールさんを信頼しているんですね。

 いっそのことそのまま地球圏に連れて帰って、面倒みてくださいよ」


「ご冗談を。 老婆になったり、男になったり、

 何人と一緒に暮らしてるのか、わからなくなりますよ」


「ですよね。私も慣れるまでは大変でした」


  ***


少しして2人の分析官と、アンジェリーナ・ハーゼルゼット保安部隊

長官が会議室に揃うと、チュエは分析官のヴィクター・マグワイアに

海賊団メデューサの映像の分析結果を報告するように指示した。


マグワイア分析官は、壁のプロジェクタに映像を映しながら説明を

始める。

「まず、この宇宙空母の装備を入念に調べました」


マグワイヤの説明内容は下記だった。

--------------------------------------------------------------------------------

[宇宙空母の武装装備]

・大型ビーム砲(性能不明)          1ケ (船首部)

・宇宙防衛機と同タイプのビーム砲      12ケ(各所)

・長距離型の電磁パルス砲  6ケ (船首尾に各2ケ。両舷に各1ケ)

・多連装ミサイル発射装置  4ケ (空母の両舷の前後に装備)


・その他詳細不明の装置

  1)両舷に各1ケ 何かを放出できるような装置あり

    (※宇宙機雷の発射装置の可能性あり)


  2)宇宙空母の甲板部に大きな開口ハッチあり

    (※甲板上に駐機している宇宙機以外にも、内部から何らかの

      飛行体が出る可能性あり)


[宇宙空母の搭載可能機数]

・宇宙機が駐機できる甲板(上面、下面)のエリアから約24機と推定


[宇宙空母の居住区]

・アーム回転式居住設備 (推定定員数 合計32名)

 伸縮式のアーム4本、居室4セット(推定定員各8名)

 居室はアームから分離して自航できるように小型推進機を装備


[映像から確認できた宇宙機] (合計16機) 

 スペース・ホーク4機、サイクロプス6機、ムーン・イーグル6機

--------------------------------------------------------------------------------


「このほか、分っているのは、プシケ保安部隊のサイクロプスが、

 メデューサの船団を追って行ったとき、彼らのサイクロプスに返り討ち

 されたんですが、保安部隊のサイクロプスのガンカメラの解析では、

 メデューサのサイクロプスの電磁パルス砲は、かなり強力に改造され

 射程距離が1.2倍はありそうです」


マグワイアの説明を真剣に聞いていたハーゼルゼット長官は、

重い口を開いた。

「凄いのは分かっていたけど、こうやって整理してもらうと、

 戦意を失うほどの相手ね。 誰が討伐できるのよ。こんな相手」


エルネスト・レスタンクールが質問する。

「性能不明の大型ビーム砲というのが、いやな感じですね。

 射程が長いのか、出力が大きいのか、という分析はできていますか?」


「おそらくですが……その両方です。射程も長く、出力も大きい。

 SGのビーム砲の研究開発データを送ってもらい、比較したんですが

 過去の実験で作成したという大型の実験用ビーム砲装置と、

 ほぼ同じ大きさに見えます。 その実験装置は、通常装備よりも

 射程は1.5倍、出力は約2倍です」


「出力が約2倍!」チュエが絶句した。


もう一人の分析官であるテッド・ブライトンが質問する。

「ヴィクター。さっき確認できたスペース・ホークを4機と言ったよね」


「さすがデッド。 そこが重要なんだ」


ヴィクター・マグワイアは、プロジェクターに別な静止画像を5枚

並べた。


「これは、プシケ宇宙港を襲ったスペース・ホークの写真です。

 胴体のマーキングなどから、5機が識別できていますが、

 このうち胴体にドクロのマークを付けたこの機体は、

 今回の映像には見当たりませんでした」


「どういうこと?」とハーゼルゼット長官。


「資源探査船<エベレスト>のカメラは、船首、船尾など各所に有って

 それぞれの映像データが残っています。そのどの映像を見ても、

 このドクロマークの入ったスペース・ホークが見当たらないんです」


「別行動をしている?」とエルネスト・レスタンクール。


「はい。そして、もっと大事なことに気が付いたんです。 

 そもそも、プシケ宇宙港から強奪されたハンプバック・ホエール型の

 無人輸送船<ボローニャ>が映っていないんです。

 メデューサの宇宙空母と行動を共にしているならば、無人輸送船の

 大きさを考えると、映像に全く映らないはずは無いんですが」


「つまり、その無人輸送船<ボローニャ>と、スペース・ホーク1機が

 別行動をしているのね。 どうしてかしら?」


ハーゼルゼット長官の質問に、ヴィクター・マグワイアが応えた。

「<ボローニャ>には、宇宙港から盗んだ多くの資源を乗せてあった

 はずです。それが別行動をしているとすれば……」


「もしかしたら、この宇宙空母の他にも奴らの秘密基地がある

 可能性が有る?」

とチュエ特別捜査員。


「ええ、確証はありませんが、それが一番辻褄が有う考え方です。

 プシケから盗んだ大量の資源を、どこかの星に降ろして保管しているか、

 もしくは秘密基地を建設でもしている……」


「大量の資源で秘密基地を建設ですって!」

ハーゼルゼット長官が大声をあげた。


「いえ長官、可能性を述べただけです。確証は有りません」


「でも、マグワイヤ。あなたの推論は当たっている可能性があるわ。

 それに秘密基地が有るとすれば、プシケを襲ったスペース・ホークが

 1機いないだけではなく、そこにももっと別の宇宙機の戦力が

 あるかもしれない。 そうだとしたら大変なことよ」


「この情報は我々が、プシケ宇宙港を襲ったスペース・ホークを

 特定できているからこそできた分析です。

 推論では有っても、これを世界政府に知らせる必要が有るのでは?」

トユン・チュエが提案した。


「そうね。マグワイア分析官。分析結果と今の推論を、世界政府に

 説明する資料を至急作成して」


「承知しました」






次のエピソード>「第44話 臨時議会の情報」へ続く

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