第40話 大株主

小惑星プシケの<ガスパリスシティー>。


留置場のある地方政府の居住設備。


GSA捜査員のエルネスト・レスタンクールは、

小惑星プシケ保安部隊のアンジェリーナ・ハーゼルゼット長官、

およびトユン・チュエ特別捜査員と、打ち合わせをしていた。


資源探査船<イカロス>から、海賊団メデューサの映像が送られて

来たことで、午後のクルト・フュッテラーの尋問を中止して、

この新情報にどう対応するのかを話し合っていたのだ。


「とりあえず、世界政府には地方政府にも武装を許可するべきだと、

 意見書を出しておいたわ。 どうせ、平和ボケの地球圏の人たちには

 ピンとこないんでしょうけど」

とハーゼルゼット長官。


いつもの暴言にエルネストは苦笑しながら答えた。

「私もその『平和ボケ』の地球圏育ちですが、十分に危機感を抱く

 映像ですよ、あの映像は」


「あなたはGSAだからそう思うのよ。私が言ってるのは 世界政府のお役人よ。

 まあ小惑星帯に来たこともない人たちに、期待するのは無駄ね。

 そういえば、チュエ特別捜査員。 

 あの映像に写っていた移動基地……いえ、宇宙空母と言ったほうが良いわね。 

 あれの武装の分析はやってるの?」


「はい。分析官のヴィクター・マグワイアが整理中です」


「そう。じゃぁそれが終わったら、明日、詳しく報告してね。

 私はこれから、高速旅客船<ペキン>に乗って準惑星ケレスから来た

 保安部隊の応援部隊を出迎えに行って、その後はプシケ地方政府の

 知事と今後の海賊団への対応策について打ち合わせがあるのよ。

 少なくとも装備追加の予算を増やして貰わないとね」


「承知しました」


ハーゼルゼット隊長が足早に会議室を出て行くと、トユン・チュエが

申し訳なさそうに言う。

「レスタンクールさん、いつも長官の物言いが悪くですみません」


「はっはっは。 大丈夫ですよチュエさん。 

 本心が分かりにくい人より、あのほうがずっといいです。

 いま長官がケレスからの応援部隊が来たと言いましたが、

 ケレスから続々と保安部隊の応援が来るんですね」


「いや今回、高速旅客船<ペキン>に乗って来たのは、ほとんどが

 観光客で、保安部隊の応援は少しだけだと聞いています。

 話は変わりますが、パープルはお役に立ちましたか?」


「いやぁ、調査力にも、変装術にも参りましたよ。凄いとしか言いようが

 ありません。 あなたのことを『兄貴』と言ってましたが?」


「ええ正確に言えば、あいつは私の異母兄妹です。

 本名はメリッサ・ビリンガム。 

 私の両親は私が幼いころ離婚して、私は母に育てられました。

 チュエは私の母方の姓なんです。

 メリッサのほうは父が地球圏で再婚した女性との間にできた子供です」


「そうですよね。あなたはアジア系で、パープルさんは白人に見える。

 まさか兄妹とは知らず、今晩BARで飲もうと誘っちゃいましたよ」


「へ~そうですか。 それで、あいつに断られたんですか?」

「いえ、『兄貴』が夜遊びを許してくれたらOKという返事でした」


「あなたが相手なのに、私がNOと言うはず無いでしょう?

 あなたになら、あのお転婆娘を嫁にして貰いたいぐらいだ。

 一緒に飲みに行くのを、すぐ断らなかったんだったら

 あいつは、レスタンクールさんをすごく気に入ってるんですね。

 俺なんか、飯を一緒に食おうと言っても、すぐ逃げられますよ」

 

しばらく、トユン・チュエからメリッサの話を聞いたが、

チュエ特別捜査員も、青年になってから初めてメリッサと出会い、

彼女が地球圏でどのように育ち、どうやってあのような変装術を

身に着けたのかは、彼女が話そうとしないので良く知らないらしい。


メリッサは、地球圏での暮らしが嫌になって、両親の元を離れて、

会ったことも無かった兄を頼って、プシケに来たということだった。


父親もメリッサのことを心配し、トユン・チュエにプシケでの

生活を見守ってくれと懇願して来たということで、トユンが、

メリッサのために借家を手配したり、仕事を探したりしていたらしい。


しかし、結局、地球圏から来た自由奔放な娘にとって、

小惑星プシケの地味な仕事は馴染まず、どの仕事も長続きせず

結局、トユン・チュエが保安部隊の外部協力員(つまり情報屋)として

メリッサを登録し、彼女の特技を生かして仕事を手伝わせているという

ことのようだ。


エルネストは、本題に移り、パープルが入手したブラックラットの常連客

である『ミラノ』がカラカス・テクノロジー社をすごく贔屓にしているか、

もしくは関係者かもしれないという情報をチュエと共有した。


そして、カラカス・テクノロジー社のことを

分析官のテッド・ブライトンと、トユン・チュエ、そしてエルネストの

3人で手分けして調べることになった。


 ***


エルネストは、カラカス・テクノロジー社の各地の宇宙機製造ドックの

場所や、ドックの規模を調査していた。


あの巨大な宇宙空母を建造するには、大型旅客船や大型輸送船を建造

できるクラスのドックが必要だ。しかし、あのクラスの船を人目に

つかないように就航させるのは難しい。


だからパーツだけを建造して秘密裏に輸送し、小惑星の何処かで

アセンブルした可能性のほうが高いかもしれないと踏んでいた。

それでも、ある程度の工場の規模は必要だろう。


カラカス テクノロジー 社が高速旅客船のシェアを伸ばしてからは、

地球圏のあちこちに工場が増えているので、絞り込みには時間が

かかりそうだった。


2時間ほどした時、トユン・チュエとエルネスト・レスタンクールが

作業していた会議室に、別の場所で作業をしていた分析官の

テッド・ブライトンが入って来た。


「カラカス・テクノロジー社に出資している株主について

 かなり、面白いことが分かりましたので、報告をします」


ブライトンは、持ってきたタブレットの映像を、会議室の壁の

プロジェクターに映して説明を始めた。


「カラカス・テクノロジー社に出資している大株主は、沢山有りますが

 おかしいことに、実態のないダミー会社が多いことに気が付いたんです」


テッド・ブライトンがタブレットを操作すると、

CT社の株主リストのかなりの範囲がマーキングされた。


「そして、これらの実態のないダミー会社ですが、良く良く調べて

 行くと、結局は一人の大物にたどり着きます」


「大物?」「大物って?」

エルネストとトユン・チュエが同時に質問した。


「ジャンニーノ・モレッティー。 

 そう、あの暗殺者のショウジ・サクライが護衛任務をしていたという

 世界共和党の重鎮の大物議員です」


「なんだって?」

エルネストが大声をあげた。


「実態のないダミー会社群は、それぞれバラバラの会社のようですが

 資金の流れを追って行くと、モレッティー議員が実質的に保有する

 ファンドグループにたどり着きます」


「つまり、実質的にモレッティー議員は、カラカス・テクノロジー社の

 大株主だということなのか?」


「そうなります。

 それに、まだもっと情報があります。

 モレッティー議員の地球時代の先祖は、イタリアという国家の、

 『ミラノ』という都市に住んでいた大富豪のようです。

 これはモレッティー議員の父親の手記の中に記述がありました」


「ビンゴじゃないですか。レスタンクールさん。

 『ミラノ』がモレッティー 議員のニックネームで

 彼が、かつて自分を護衛していた サクライを脅して

 暗殺者として送り込んだと考えれば、かなり筋が通ります」


「その通りです。モレッティ 議員の第一秘書は サクライの

 妻です。常に人質を取られているようなものなので、

 サクライはモレッティ 議員の言いなりに動くしかなかった。

 議員が暗殺の黒幕と いう 推論は正しいと思います」


「では この調査結果を、レスタンクール さんがGSA本部に報告

 すれば、モレッティー議員を拘束して取り調べできるでしょうか?」


「いや、それはまだできません。

 『ミラノ』がカラカス・テクノロジー社の関係者かもしれないと

 いうのは、違法賭博をしていたギャンブラーの推論です。

 全く 証拠としては扱われないでしょう。

 それに、モレッティー議員がカラカス社の大株主 だと いうことも

 それ自体は全く違法ではありません。


 やはり、カラカス社が海賊団メデューサを支援しているという

 確固たる証拠を見つけない限り、クルト・フュッテラーの暗殺未遂と

 モレッティ 議員を結びつけるのはかなり難しいです』


「それでは、その物的証拠を得られるまで前に進めないと

 いうことですよね」


「例の海賊団 メデューサの映像が広く知られたのは、我々にとって

 チャンスです。世界政府も メデューサに対して何らかの手を打たざる

 を得ないでしょう。

 その過程で、メデューサとカラカス・テクノロジー 社の関係が徐々に

 明らかになるかもしれません」


エルネストはそう言いながら、ファビオがメデューサの映像を多方面に

バラまいたのは、間違っていなかったと確信した。


—— ファビオとテオに、『ミラノ』の正体は

   ジャンニーノ・モレッティー議員かもしれないと伝えるべきか?

   いや、いや、それはまだ時期尚早か…… —— 


ジャンニーノ・モレッティーは前大統領の側近で、世界共和党の重鎮だ。

はっきりした証拠も無い段階で、ファビオ達が議員に復讐をしようとしても、

返り討ちに合うだけだと、エルネストは思った。


 ***


この日の調査を終え、エルネスト・レスタンクールは、プシケ地方政府の

ビルから出て地下道に入った。

宇宙移住の都市では、疑似重力を働かせるための円筒型居住区が複数

あるが、それらは 地下道で繋がっている。


エルネストは地下道の自動歩道 ラインに乗った。

自動歩道ラインは何本もの速度の違うベルトマットで構成されており、

外側は低速で動くラインで、内側に行くほど高速のラインになっている。


人々は外側の速度の遅い ラインから 自動歩道 ラインに入り、徐々に

内側の速度の速いラインに乗り換えて、目的地 近くまで内側のライン上で

立ち止まっているのが普通である。


エルメストも外側のラインから、内側のラインへ歩みを進めていたが、

怪しげな男が尾行してきていることに気がついた。


一番速度が早いベルトマットまで来て、なんとなく周囲の店を見ている

振りをしながら確認すると、男は10m程後ろで立ち止まっていて、

エルネッサと目を合わさないように少し下を向いていた。


—— このまま ホテルまで尾行者を連れて行くのは、

   ちょっと厄介になるかもしれないな ——


ふと横を見ると、旅行者向けに小惑星 プシケの土産物を売っている店が

あったので、斜めに走って低速ラインまで進み、自動歩道 ラインを降りて

土産物屋に飛び込んだ。


エルネストのいきなりの寄り道行動に、尾行者の男は反応できず、

エルネストの行き先を確認しようと、キョロキョロとしながら

高速ラインに乗ったまま土産物屋の前を通り過ぎた。


—— あいつは何者だ?  ——


準惑星ケルンでエルネストを襲ったチンピラのような悪には見えないし、

ショウジ・サクライのように訓練された暗殺者にも見えない。


通り過ぎた男を逆に尾行し、捕まえて正体を明かせようかとも思ったが、

それは 踏みとどまった。


今日はパープルとホテルのBARで飲む約束をしているから、

あまり乱闘騒ぎをして時間を潰したくなかったのだ。


ホテルまで最短のルートではなく少しだけ大回りをして、尾行者を完全に

まいたことを確認してからホテルへと向かった。






次のエピソード>「第41話 デート」へ続く

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