第41話 デート

エルネストは尾行者をまいてから、ホテルのラウンジに入る。

少し大回りしたせいで、パープルとの待ち合わせ時間を5分過ぎていた。


パープルが、エルネストのリクエスト通り、若い女性の姿で来るかどうか

は自信がなかったが、ラウンジに入ると 一目で パープルだとわかる

若い美人女性がこちらを向いて軽く手を振っていた。


薄紫色に染めた ショートヘアに、薄いピンクのドレス風の宇宙スーツ。

紫の目の色に良く似合う装いで、フォーマルのドレスコード の店にも

入れる姿だ。


彼女に向かって歩み寄る時、目の片隅にあの尾行してきた男が、

ラウンジのソファーに座っているのが見えた。


——  ちっ!  ホテルを知ってやがったのか —— 


尾行者はエルネストにまかれて諦めるのではなく、ホテルに先に来て

待っていたようだ。


「やぁ、スージー待たせたね」


エルネストは、わざと違う名で呼びながらパープルに近づき、

頬に軽く挨拶のキスをするように見せかけて耳打ちした。

「尾行者がいる。演技して」


パープルはすぐに 状況を察知し、紫色の目でウインクをして応えた。


「スージー。お腹は空いてるかい?すぐBARで飲むのでいいかい?」

「さっき友達と軽く食べたから、BARでいいわ」


昨晩は 老婆の声、今朝は男の声だったが、初めて聴くパープルの

若い女性の声は、澄んだ綺麗なソプラノの声だった。


エルネストがエスコートしながらBARの方向へ向かおうとすると、

パープルはそっとエルネストの腕に自分の腕を回して、体をギュッと

寄せて、エルネストにピタリとくっついた。


囁くように質問する。

「あなたのことは本名で呼んでいいの?」

「ああ。それでいい」


プシケ地方政府のビルから尾行してきて、自分の宿泊しているホテルまで

知ってるなら、エルネストがGSA捜査員であることも、当然、知って

いるはずなので、ここで偽名を使っても意味がないと、エルネストは

分かっていた。


 ***


2人はテーブル席ではなく バーカウンターを選んだ。

テーブル席で向かい合うより、肩を寄せ合ってヒソヒソ話をできるからだ。


尾行者の男は、少し遅れてBARに入って来ると、エルネスト達を観察

できる少し離れたテーブル席に座る。


男が座ったテーブル席は、エルネストの左側にあり、右にいるパープルの

方を向くと、エルネストは男を見ることができなかった。


パープルはごく自然にエルネストの目を見つめながら小声で囁く。

「あなたの左手奥5 m に座った。黒いセカンドバッグを持ってる」


「ウイスキーをロックで」

エルネストはバーテンダーに注文し、パープルに目で注文するよう促す。


「私はスクリュードライバー。

 あとおつまみに、スナックか何かあります?」


バーテンダーは手を挙げて、 注文を了解したと合図した。


そのバーテンダーとのやり取り中に、パープルはさりげなく男の様子を

伺ったあと、手に持ったハンドバッグからハンカチを探すふりをしながら、

ハンドバッグの中の小さな電子メモ帳に何かを打ち込んだ。


』と電子メモ帳の文字が見えた。


—— 集音録音機? ——


エルネストは頷いて、わかったと伝えた。

 

男がセカンドバッグから、遠距離でも声を拾える集音性能のついた

録音機をテーブルか何処かに置いたのだろう。

迂闊な話をしてはいけないので、パープルは電子メモ帳を使って

エルネストに伝えたのだ。


—— ちっ。なんだよ。せっかくのデートなのに、

   ゆっくりと話もできないじゃないか —— 


エルネストは、わざと大きい声で話した。


「スージー。今日は高速旅客船<ペキン>の乗客達と一緒に観光を

 してきたのかい?」


(※パープルに、高速旅客船<ペキン>に乗って来た観光客を

  装えとアドバイスしている)


パープルは一瞬考えて対応する。

街を観光客がブラブラしているのを見ていたので、何処からかの

旅客船が来たのは知っていた。


「いいえ今日はフリーの日だから、この街をブラブラしてただけ。

 長旅で疲れちゃったから」


(※『高速旅客船』というエルネストのヒントに応えて

   『長旅』と言っている)


—— いいぞパープル。潜入捜査慣れしている。

   これも情報屋としての訓練なのか? ——


からはヘアスタイルがだいぶ変わったね。

 かなり短くしたんだね。よく似あってるよ」


(※旅客船<ペキン>は、準惑星ケレスから来たことを伝えた。

  また自分たちはケレスで出会い、仲良くなったのだという演技を

  しようと提案をしている)


「うん。あなたが出発した後に、いい美容院を見つけたのよ……

 でもこのヘアスタイルにしてから、男どもにジロジロ見られるから

 ちょっと気になるな」

パープルは首を左右に振り、ヘアスタイルを見せる振りをしながら、

眼で男のほうを示した。


(※尾行者の男がこちらをジロジロ観察しているということを伝えている)


バーテンダーが、2人の会話を邪魔しない様に、カウンターテーブルに

そっと飲み物とポテトチップが入った籠を置く。


エルネストとパープルはグラスを軽く合わせて乾杯する。


エルネストはウィスキーを少しだけ飲んで、話を続けた。


「男たちが見るのは、君が可愛いいという証拠だからね。 

 よほど怪しい奴じゃなきゃ、見られても害はないだろ?」


(※男が怪しそうなのか、危なく無いかを観察して欲しい)


パープルはスクリュードライバーのストローを少し吸って、

美味しいと喜ぶ顔をしたあと、グラスを置いて応えた。


「ふふ。大抵はあなたと同じようにいい男ばかりだったけど……

 ずっとジロジロ見てくるのは旅行者じゃなく地元の人が多かったわ。

 女性を襲って来るような感じじゃないんだけど……

 小惑星帯の人たちって、若い女性を見る視線に遠慮が無いのよ。

 まるで美人コンテストの審査員みたいに評価点メモをつけようとする」


(※男は地元・・つまりプシケ在住者のように見える。

  こちらを襲う感じではない。 メモに何かを記録している)


—— こちらを襲う気は無さそうで、集音録音機をセットし、

   メモをしてる? 何が目的だ? ——


「そうなのか? でも君なら絶対に美人コンテストは優勝だな。 

 僕もここの仕事が入らなきゃ、ケレスで君とゆっくり観光したのにな。

 残念だったよ。 

 ここの仕事も全然面白くなかったし、来なくても良かったぐらいだ。

 さっさと終わらせて、君と資源鉱山ツアーに行ければいいんだけど」


(※わざと仕事の話をして、男の反応を見ようとしている。

  プシケでの捜査でいい情報は得られてないと匂わせている)


パープルは、ポテトチップに手を伸ばしながら応える。

「わぁステキ。 私、そのツアー少し興味あるかも……」


(※男が少し興味を持っている感じがする)


「そう。じゃぁ、明日は仕事をちゃちゃっと終わらせるか」


 ***


2人はしばらくの間、隠語を使ったスパイゲームのような会話を

続けていたが、男は何も行動を起こそうとしなかった。


カウンターの上の飲み物は無くなり、おつまみのポテチの最後の一切れ

をパープルが摘み上げながら言った。

「この後、どうするの?」


「もし君が良ければだけど、僕の部屋でもう少し話をするかい?

 美味しいワインとチーズは有るし、お腹がすいたらルームサービスも

 頼めるよ」


「わぁいいの? 私、スィートルームって入ったこと無いの」


—— ん? パープルには自分はスィートルームに

   宿泊しているなんて、一言も言っていなかったが…… 

   事前に俺の部屋を調べていたのか? ——


ケレスでチンピラに襲われて、落ち着かなかったので、エルネストは

ここでも人の出入りの少ない高層階にあるスィートルームに宿泊を

していた。 GSAは単独での潜入捜査も有り、経費を結構使っても

あまり文句は言われないのだ。


「じゃぁ、そろそろ行こうか。 忘れ物が無いようによく見て」

(※男の行動をよく見ておいて)


エルネストは部屋のICカードキーをバーテンダーの出した通信機に

タッチして支払いをルームチャージで済ませる。


奥のテーブルの男が、慌てて集音機をセカンドバックにしまって、

自分も店を出ようと準備をしているのが、横目に入った。


2人でBARの出口に向かう。

スライド式の自動ドアがサッと開き、2人が通り抜けるとサッと閉まる。


2人はまるで事前にすり合わせたわけではないが、両側にパっと別れ

自動ドアの両脇に戻って男が出て来るのを待った。


ドアの向こう側では、パープルがエルネストに向かってウィンクを

してニコニコしている。

—— あいつ、この状況を楽しんでやがる ——


自動ドアが開いたとたん、パープルは店の中に駆け込もうとして

出て来る所だった男にぶつかる。男はセカンドバッグを落とした。


「あ、すみません。私、ハンカチを店に忘れたみたいで」

パープルはそのまま、足早にカウンター席のほうに行く。


男がセカンドバッグを拾い上げて、体を起こしたとき、

エルネストは男の利き腕を横からグイっと掴んで捕まえた。


「お前は何者だ。なぜ俺の後を尾行する?」


男はエルネストに掴まれている腕を振りほどこうとしてもがいたが、

力はそれほど強くないので、振りほどけなかった。

「痛ててて、す、すみません放してください」


エルネストと男が揉み合っている後ろで、パープルの声がした。


「えーっと。 

 クレメンテ・スアレスさんよ。プシケ電子ニュースの記者さんだわ」


「えっ?」「えっ?」

男とエルネストが、驚いて同時にパープルのほうを向いた。


パープルは、男の身分証を持っていて、エルネストに見えるように

得意げに差し出した。


「この女! いつの間に私のサイフを! 返せ泥棒!」

男がエルネストに掴まれていないほうの腕で、パープルが左手に持って

いるサイフを取り返そうとしてジタバタした。


—— さっき、ぶつかったあの一瞬で、この男のサイフをすったのか? 

   こいつスリの腕前も一流じゃないか! ——


「ホントに失礼ね。盗んだりしないわよ。せっかくのデートの会話を

 盗聴して録音なんかするから、誰なのかを知りたかっただけよ。ハイ」


パープルがサイフを差し出すと、クレメンテ・スアレスという記者は、

それを、もぎ取るように取り返した。


「電子ニュースの記者が、何で俺を尾行した? 何が狙いだ?」


「は……話すから、腕を放してくれ、頼む!

 と…特ダネが欲しかっただけだ。 メデユー…ムゴグゴッ」


男が大声で海賊団の名前を言おうとしたので、エルネストは慌てて

男の口を手で塞いだのだ。


「それ以上、ここで何も言うな」


海賊団メデューサの宇宙空母の件は、まだ一般市民には広くは知られて

いない。民間企業などに海賊警報が出されてはいるが、

映像は一般市民には出ておらず、『重武装した海賊団が資源探査船を襲った』

としか伝えられてないはずだ。


ここ小惑星プシケの宇宙港はメデューサに襲われて死傷者が出たばかりだ。

すでに一般市民もみな、海賊団の怖さを十分に知っている。

一般市民に必要以上に不安を撒き散らしても、パニックを起こすだけで、

何も良いことは無い。


そのような情報は、地方政府のコントロール下で発表されるべきだと

エルネストは考えていた。


「この人、どうするの?」パープルが聞く。


「ここでは話はできないから、フロントに行ってミーティングルームを

 借りよう」


 ***


エルネストはホテルのミーティングルームにスアレスという記者を

連行する。記者はもう逃げようとはせず、エルネストから取材できる

可能性にかけて、大人しくついてきた。


「俺のことを知っているんだな」


「ええ、GSA捜査員のエルネスト・レスタンクールさんです。

 プシケ宇宙港を襲った海賊団の調査に来ているんですよね」


「なぜ、尾行をした?」


「あちこちのルートから、海賊団メデューサの『重武装した宇宙機』の

 ニュースが聞こえて来ているんですが、保有部隊はその映像などを

 公開していません。 あなたなら、その宇宙機のことを知っていると

 思って取材申し込みをしたかったんです」


「嘘よ。BARであたし達の会話を、集音録音機で録音していたじゃ

 ないの。どこがなのよ。

 あなたのせいで、楽しみにしていたデートが台無しよ」


エルネストは、パープルが『楽しみにしていたデート』と言ったので、

パープルの顔をちらっと見る。

パープルは美しい紫色の目でエルネストにウィンクをした。


—— いかん。その眼は魔性だ。 虜にされる ——


「クレメンテ・スアレスさん。確かにあなたのおっしゃるように、

 保安部隊は海賊団メデューサの宇宙機の映像を入手しています。

 ご存じのように、その映像には重武装の宇宙機が映っていて

 民間の旅行会社などにも海賊警報が出されています。


 ただし、私は世界政府の直属組織の人間です。


 プシケ地方政府の統治下のここで、あなたにその映像のお話しを

 する権限を持っていません。小惑星プシケ地方政府の公の情報公開が

 されるまで何もお話しできませんよ」


「そんな権限云々の話はどうでもいい。

 市民に危険が有る情報なら、包み隠さず公開するのが正当でしょう」


「まぁ。デートの会話をすることがでも言うのかしら?

 まったく、自分のやっていることを棚に上げて、良く言えたもんだわ」


パープルが頬を膨らまして憤慨しているのを制止ながら、

エルネストが話す。


「スアレスさん。少しアドバイスしてあげましょう。

 もうお察しのように、今回発覚した情報は小惑星帯の民間人にとって

 だけでなく、世界政府をも揺るがす情報です。

 プシケにいる私なんかよりも、地球圏のお友達に状況を聞いたほうが

 いい記事が書けると思いますよ」


「えっ? もしかして海賊団の討伐隊が出るとか、

 それに近い話が有るんですか?」


「いえ、そんなことは言ってません。 私はここにいるので、

 地球圏の動きについては、あなたと同じぐらいしか知りません。

 ただ、 。単なる推測ですが」


「そうか…それもそうですね。 ありがとうございます。

 地球圏の知人に通信してみます」

クレメンテ・スアレス記者は、慌ただしくミーティングルームを

出て行った。


「ああ、これで付け狙われなくてすむな。

 パープルさん。もう一回、BARで飲み直しますか?」

エルネストがほっとした声で言う。


「エルネストさん。メリッサと呼んで下さい。 

 仕事ではなく、ちゃんとデートのやり直しをしましょうよ。

 あなたのお部屋で、ね」





次のエピソード>「第42話 ダフネへ急げ」へ続く

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