揺れ動く世界

第39話 大統領の苦悩

月のアースサイド。

世界政府大統領の公邸ニューホワイトハウスの会議室。


ジャック・ウィルソン大統領が各部からの報告を聞いて頭を抱えていた。

すでに小惑星帯の各地方政府から、続々と海賊団メデューサに対抗する

ための軍備増強を容認して欲しいとの嘆願書が届いている。


小惑星プシケの宇宙港が海賊団の宇宙機群に襲われた時から、対有人機

攻撃を容認して欲しいとの地方政府の圧力が高まり、止むを得ず、

世界政府の直轄組織である宇宙防衛隊(SG)には、各部隊の司令官の

判断で対有人機攻撃を許可するという大統領令を出した。


しかしその後、各地方政府からは地方政府の組織である保安部隊にも

電磁パルス砲以外に、SG部隊のようにビーム砲やミサイル発射装置を

備えた宇宙機を配備することを容認すべきだとの意見が多数寄せられて

きている。


さらに宇宙ステーション、コロニー、そして地上設備にも対有人機

攻撃の設備を設けることを許可すべきとの要望もあった。


しかし、それら地方政府に『軍備』を許可するのことは、かつての

大規模な宇宙紛争の反省から、世界政府が頑なに拒んで来たことであり、

大統領の一任で大統領令は出せないと、ウィルソン大統領はその要望を

抑え込んでいたのだ。


しかし今回、資源探査船<エベレスト>が海賊団メデューサに襲われた

時の海賊団の『宇宙空母』の映像は、人々を驚愕させ、自衛のために

自分達も武装をしたいとの声を一層高めるのに十分な効果が有った。


大統領自身もその映像を見て、もう軍備増強を希望する世論を抑え込む

ことが不可能だと思わざるを得ないインパクトだと思わざるを得なかった。


会議室に同席してる宇宙防衛隊(SG)の総司令官である

カルロス・ブランコが発言した。


「大統領。小惑星帯のSGMBからは今回のメデューサの映像を見ると、

 各小惑星に分散しているSGMBの中隊規模では、とても太刀打ち

 できないとの報告が来ています。

 彼らに、対有人機攻撃を許可したとはいえ、通常は隕石防衛の訓練しか

 行っていない部隊が、あの映像の軍隊レベルの海賊団と戦えるとは

 私も思えません。 何らかの対応を考える必要があります」

 

大統領は頷いて同意した。

「ブランコ総司令官。SGMBには追って応援部隊の派遣が必要だろう。

 この会議の後、地球圏のSG部隊からの応援を至急検討してくれないか。

 それと、通常時から対有人機攻撃を意識した訓練が必要というのも

 理解ができる。訓練プログラムの見直しは君に任せるから考えて欲しい」


「承知しました」


横で聞いていたヴィヴィアンヌ・ル・メール副大統領がポツリと言う。

「前大統領までの地球圏中心の政治が、辺境の貧しい市民の不満を

 買って、宇宙海賊団なんかできてしまったのよ」


「ヴィヴィ。それが真実なのかもしれない……しかし……

 今は我々が考えなければいけない問題なんだ。残念ながらね」

とジャック・ウィルソン大統領。


前の大統領エマ・ガイヤールは、世界共和党のバリバリの保守派である。


彼が行ってきた政治は、まさに地球圏中心の政治で、地球圏から遠い

小惑星帯に至っては、無法地帯と化しているのが現状だ。


地球-月系のラグランジュポイントL4,L5に造られたコロニー群

の宇宙域であるムーン・イースト、ムーン・ウエストと、月面の移住都市を

合わせた『地球圏』の人口は、太陽系に住む全人口の92%以上を占める。


地球圏に次いで人口の多い火星と、太陽-地球系のラグランジュポイント

L4,L5にある宇宙域のトロヤ・イーストとトロヤ・ウェストを

合わせた人口が約7%。


そして、小惑星帯(メインベルト)の小さな地方政府に至っては

全ての小惑星に暮らす人口を合わせても、世界人口の0.5%に満たない

『辺境』の地である。


世界政府の支援が少ないだけでなく、海賊行為などの取締りは、

全くと言っていいほど手付かずで、無人輸送船や大型旅客船が襲われる

被害は年々増えて来ていた。


民主主義という名の元に、公平な選挙が行われてはいたが、

過去全ての大統領や、世界政府議会の議員多くは地球圏から選出されて、

地球圏中心の政治がおこなわれて来ている。


二大政党と言われて来た世界共和党と、民主太陽党から選出された

歴代の大統領は、地球圏から外に出向くことは無く、常に地球圏の

繁栄を一番に考えた政治を重視していた。


宇宙平和党のジャック・ウィルソン大統領は、前回の大統領選挙で

『かつての宇宙紛争のような悲惨な歴史を繰り返さないためには

 地球圏中心の政治を改革しなければいけない』と訴え、

その訴えが、民主太陽党を支持する市民にも多く受け入れられて、

二大政党以外から選出された、初の大統領である。


しかし、彼の平和への願いとは逆に、

地方の人々の不満は、すでに限界まで達していたのである。


つい数ケ月前も、トロヤ・イーストでの大規模なテロ組織による

『反乱』が起き、ウィルソン大統領が、火星のSG組織であるSG4の

協力を得て、その反乱を収めたばかりだ。


会議室では、リサ・デイビス補佐官が、淡々と事務的な報告を続けている。

「世界政府議会の臨時招集を希望する声が、世界共和党の議員を中心に

 出ていて、ドミニクス・ファン・ビューレン議長が、

 明日から、3日間の臨時議会を招集する方向で動いています」


「まずいわね。 すぐにでも地方政府が自衛のために武装するのを

 許可するという法律が可決してしまうかもしれない。

 もちろん、それは地球圏の各政府にも武装の許可を出す前提でね。

 地方をねじ伏せるように、力づくで統括すべきただというタカ派の

 議員達の思うつぼだわ」

とヴィヴィアンヌ・ル・メール副大統領


リサ・デイビス補佐官は、副大統領に同意するように頷いて話を続けた。


「武装を希望しているのは地方政府だけでは有りません。

 資源開発局からは、今回、資源探査船が襲われたことから、

 資源探査船が自衛するための武装許可を求める要望書が届いています。


 そのほか、民間からも、大手の旅行会社数社、輸送業務を行う企業など

 から大型長距離旅客船や輸送船にも自衛のための武装の許可を求める

 声があります」


ジャック・ウィルソン大統領は、額に左手を添えながら質問した。

「もう民間企業にまで、あの海賊団の映像が出回っているのかね?」


GSAのヘルベルト・ライヤー長官が答えた。

「映像そのものは出ていなくとも、情報は伝わっています。

 今回の映像は、襲われた資源探査船<エベレスト>の乗員を救助した

 別の資源探査船の乗員から、多方面の保安部隊に送信されています。


 それは、凶悪な海賊団がいることを連絡し、何とか安全に資源探査が

 できるようにしてもらいたいという、最もな理由でした。


 その情報を受けた小惑星ジュノーやダフネなど、今回の襲撃現場に

 近い星の保安部隊が、周辺を航行する旅客船や資源探査船に海賊警報を

 出したため、すでに民間にも広く話が伝わってしまっています」


ウィルソン大統領は、わかったと言うように右手を上げて応えた。

そして、ゆっくりと話した。


「諸君。慎重に考えて欲しい。 

 明日の臨時議会では、世界共和党の強硬派によって、間違いなく

 各政府に自衛のための武装を許可する法案が出され、

 それは2日以内に可決してしまうだろう。


 また民間の長距離旅客船や、資源探査船の全てを、地方政府や

 SG部隊が護衛するのは物理的に不可能だ。

 海賊団が横行する中では、それらの宇宙機への武器搭載も

 許可せざるを得なくなるだろう。


 海賊団が旅客船や資源探査船、または無人輸送機を襲って、

 得られた金品や資源を、活動の資金源にしていることは

 分かっている。


 その意味では、それらの民間船が自衛できることは

 海賊団の資金源を断つという意味でも重要になる」


デイビス補佐官、ル・メール副大統領、ライヤーGSA長官、

そしてブランコSG総司令官が揃って頷いた。


大統領は話を続けた。


「かつての地球時代に、市民が銃を持つことを許可していた国々は

 最後まで銃の所持を禁止できなかった。

 それは、他者が武器を持って襲って来るという不安の中では、

 人々は自らが持つ自衛の武器を手放そうとはしないからだ。


 各地方政府、あるいは多くの民間人が、一部でも武装を始めると

 もう後戻りのできないレールに乗ることだと私は感じている。


 だが、我々はもう、残念ながらそのレールに乗ることを

 阻止できない状況に陥っているんだ。


 ここから重要なのは、その『自衛のため』の武器が、

 自らの権益を増強するための、自己中心的な考えにより、

 他者を攻撃する『武器』として使われることが無いように、

 何処まで手を打てるかだ。


 武器所持の許可制度や、武器の登録制度を急いで構築する必要が有る。


 世界政府あるいは地方政府が、きちんと管理する下で武器の所持を

 許可し、それらの武器が許可した範囲を超えて使われることが

 無いように、所在を登録して管理してくことが大事だ。


 リサ。大至急、識者を集めてその法案整備の準備を進めてくれないか」


 「承知しました」

 リサ・デイビス補佐官が答える。


 「ブランコ君はSGMBの応援部隊の検討をお願いしたい。

 そして、ライヤー君はGSAと地方政府の保安部隊の情報を集めて

 海賊団メデューサの『宇宙空母』の現在位置や、次の移動先を

 突き止めてくれないか」


「わかりました」 

各メンバーが、返事をして足早に会議室を出て行く。


皆を見送ったあと、ジャック・ウィルソン大統領は、会議室に残って

いたヴィヴィアンヌ・ル・メール副大統領に向かって嘆いた。


「ヴィヴィ。 

 私はこの数百年続いた『戦争の無い』宇宙移住時代を終わらせてしまう

 世界政府大統領になってしまうかもしれないね」





次のエピソード>「第40話 大株主」へ続く

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