第38話 残っていた映像

資源探査船<イカロス>は資源探査船<エベレスト>を曳航しながら

低速で航行していた。


<イカロス>の操縦室のモニターには、ガイドロープに命綱をかけて

<エベレスト>のほうに向かうテオ・リヒテンベルガーと、ガスパル・

ルグランの宇宙スーツ姿が映っている。


2人は海賊団に攻撃され損傷している<エベレスト>の状態を

確認しに行ったのだ。ガスパル・ルグランは、自分達の愛機が再び動く

のであれば、宇宙のゴミにはしたくないという強い希望をもっていた。


モニターを見ながら、ブリジット・ルグランがファビオに質問する。

「居住区が半分無くなって、操縦系が完全にダウンしているんですよね

 本当に動くようになるのかしら」


「操縦室自体はなんとか無傷ですからね。

 テオは核融合エンジンは生きているし、機関制御系統モニターも動いて

 いると言ってました。つまり、機関系は全く損傷が無いみたいです。

 操縦系に行く電路が修理できれば、船が動く可能性は有ると、 

 思っているんじゃないでしょうか」


「そんな修理が自分達だけで可能なんでしょうか?」


「さぁ、そこはあの2人のチェック結果を待たないと分かりません。

 先ほどカシオペアグループの宇宙ドック船と連絡を取ったのですが、

 一番近い場所にいる<カシオペア1>でも、この曳航状態の低速で

 向かうのは少ししんどい距離です。

 <エベレスト>に残っている燃料水や推進機が使えるだけでも、

 かなり航行が楽になりますからね。修理できることを祈りましょう」


ファビオはドリンクサーバーに行きながらブリジットに聞く。

「私はコーヒー党ですが、飲み物は何がいいですか?」


「ああ、すみません。ミルクティーでお願いします。

 カルデローニさん達は、何処に向かおうとしてたんですか?」


「ああ、どうぞファビオと呼んで下さい。

 探査をしながら小惑星ジュノーに向かってる途中でした」


「宇宙ドック<カシオペア1>まで行くと、かなり遠回りですね」


「別に構いませんよ。そんなに厳密に探査計画を立てているわけでは

 無かったので」

 

そこに、ガスパル・ルグランから通信が入る。


『こちらガスパル。 ファビオさん聞こえますか?』


「はい、聞こえます。奥様もここにいますよ」


『あ、ブリジットも一緒ですか良かった。

 テオさんが操縦室をチェックしてくれてるけど、電気が来ていない

 だけで、操縦室の機能はほぼ無事らしい。直せるかもしれないぞ」


「こちらブリジット。 それは良かったわ。船を捨てないでいいのね」


『えーと。テオです。お二人をあんまりぬか喜びさせてはいけないので

 先に言っておきますが、操縦室への電路を修理できて、航行できた

 としても、居住区の回転機構はここでは直せません。

 回転アーム部分が曲がっていますから』


『宇宙ドックまでの数日間なら、無重力でもかまいませんよ。

 この船を手に入れるのに、ほとんどの財産を注ぎこんだんです。

 これが私たちの家だと言ってもいい』とガスパル。


「ファビオです。 ガスパルさん。全財産を注ぎこんだというのは

 私たちも全く同じです。 お気持ちは良く分かります」


 ***


ガスパルとテオは、数時間後に<イカロス>に戻って来たが、

ガスパルの表情には、航行できる所まで修理できそうだという

希望の色があらわれていた。


そしてガスパルは損傷チェックで疲れたから、少し休むと言って

ブリジットと共に予備室へと向かった。


一方、操縦室に戻って来たテオは少し複雑な表情だ。


「何かあったのか?」

ファビオがテオの表情に気が付いて聞いた。


「ああ、すごいものが有った」

とテオがメモリーチップをファビオに投げた。


「ガスパルに了解を得て、<エベレスト>の各所のカメラの映像をコピー

 させてもらった。 海賊団メデューサの宇宙機群がバッチリ写ってる。

 あのバカでかい移動基地もだ」


「電源が落ちてもカメラは動いていたのか?」


「電源が落ちたのは、居住区部分だけだ。主船体に付いているカメラは

 すべて一部始終を記録してたんだ」


「それで、何でそんなに浮かない顔をしてるんだよ」


「その映像を見ればわかるが、移動基地自身が凄いなんだ。

 俺達が囮になって攻撃機をおびき出したとしても、海賊団レッドウルフ

 がこの移動基地を落とせるかどうかは微妙だ」


「なんてこった。 その情報は……海賊団レッドウルフのファングに

 送って、移動基地の攻め方を考えてもらわないといけないな」


「移動基地というよりも重武装の宇宙空母だぞ。 

 レッドウルフは攻めるのをためらうかもしれないぞ」


「そんなにすごいのか……」

ファビオはテオがコピーしてきた映像を一通り 確認してから

言った。


「そうだ。GSAのエルネスト・レスタンクールや、小惑星帯の

 各地方政府の保安部隊に手当たり次第に情報を送信しておこう」


「レスタンクールの兄貴だけじゃなくて?」


「あちこち送るのは、確実に世界政府に警告を伝えるためだ。

 確かにレスタンクールさんは頼りになるが、GSAの本部内に

 ブラックラットの手先がいる可能性がある。

 送った情報を隠蔽されてしまうと意味が無いんだ。


 宇宙海賊団の重武装の移動基地が映った動画を送られた小惑星帯の

 保安部隊は、自分たちがいつ小惑星プシケのように襲われるか

 不安になって、大騒ぎが始まるはずだ。そうなれば、世界政府が

 メデューサ討伐にすぐ腰を上げてくれるかもしれないぞ」


「相変わらず、艦長さんはが働くな」


は余計だ。 俺達だけで太刀打ちできないなら、

 味方に付けられるものは、全て味方にしたいだけだよ」


 ***


翌日は、テオ、ガスパル、ブリジットの3人が協力して

<エベレスト>の修理に当たった。


テオが<イカロス>の貨物室に有った予備の長い電源ケーブルを持って

行き、<エベレスト>の主船体から操縦室まで配線していく。


回転アームが曲がっているので、居住区の回転機構は動かせない。

だからアームの中を配線する必要は無く、外に露出した状態でアーム構造

に配線を固定して行けばいいので、修理作業は意外と早く進んだ。


約半日で主船体の核融合発電機から操縦室へ電気が送られて、

操縦室の操縦系統コンソールが機能を復活した。


「テオさんすごい! 修理のプロみたいに手際がいいのね」

とブリジット。


「ええ、以前、整備チームに所属していましたから、

 一応はプロのつもりですから」


午後は、推進機を正常に動かせるかなどのチェック作業に費やした。


 ***


他の3人が修理作業に没頭する中、ファビオも忙しかった。


テオがコピーして来た海賊団メデューサの映像を、乗員はなんとか

無事に救助したが、資源探査船<エベレスト>が航行できなくなって

いるなどのメッセージを添えて、あちこちに送信しているのだ。


エルネスト・レスタンクールからは、すぐに返信が入る。


彼が見ても、海賊団メデューサの移動基地は軍艦並みの重武装で、

ミサイルの発射装置や、高出力のビーム砲などがいくつもついて

おり、保有するスペース・ホークなどの宇宙機の数も駐機できる

ようになっている。


電磁パルス砲しか持たない保安部隊の保安艇だけでは、

太刀打ちできないように見えるとのメッセージがついていた。


そして、エルネストはこのメデューサの映像をGSA本部にも送り、

世界政府に対応方法の指示を貰うことにするとの返事が有った。


またエルネストの方からは、ブラックラットの常連客らしい『ミラノ』と

いうニックネームのプレイヤーの情報を送って来た。


ある情報源からの情報として、『ミラノ』は宇宙機レース関連の賭博に

何度も優勝しており、5年前の耐久レース事件の時のレース賭博でも

優勝し大儲けしているという。


そして、その『ミラノ』は、カラカス・テクノロジー社(CT社)の

宇宙機が出艇するレースの賭博にだけ参加している状況から、

『ミラノ』はCT社をかなり贔屓しているか、もしくはCT社の内情を

良く知る関係者なのかもしれないとの推測が述べられていた。


その『ミラノ』は通信タイムラグから考え、地球圏にいるらしい

という情報も添えてあった。


—— カラカス。テクノロジー社の関係者かもしれない男が

   耐久レース事件の賭博で大儲けしている? 

   間違いなく、その『ミラノ』は俺達の復讐すべき相手だ ——


修理から帰って来たテオに、そのエルネストのメッセージを見せると

テオは、スパナを投げ捨て、ブルブルと震えながら言う。

「そいつを見つけて、親父や仲間の命を奪った償いをさせてやる!」


『ミラノ』が何者かは分からないが、復讐相手のニックネームが判明

したというだけで、ターゲットが明確に見えてきたという感覚に

なったのは確かだった。


 ***


「本当に、一緒に行かなくて大丈夫ですか?」

テオが心配そうにガスパルに問いかけた。


「<エベレスト>の推進機のテストも良好でしたから、ほぼ最高速が

 出せます。宇宙ドック<カシオペア1>までは3日でいけるでしょう。

 そのぐらいの日数なら、疑似重力なしでも大丈夫ですよ。

 もうこれ以上、ファビオさんとテオさんにご迷惑をおかけできません」


ガスパル・ルグランは、<イカロス>に曳航もしくは、

並走してもらわないでも、<エベレスト>の単独航行で、宇宙ドック

<カシオペア1>まで行けると胸を張った。


ブリジット・ルグランも丁重にお礼を言う。

「本当に何から何までお世話になって、すみません。

 操縦室に入れてもらった予備の寝具や、予備フードプロセッサーの

 機械や、その食材の液体材料まで分けていただいてしまって。

 いくら感謝してもしきれません」


テオがニコニコしながら答える。

「いえ、広い宇宙空間で出会った仲間が困っていれば、 助けるのは

 当たり前です。逆の立場になることも有るのでお互い様ですよ。

 それに俺は、GS社の資源探査船をいじれて少し面白かったですし」


「まぁ、テオさんって本当に機械いじりが好きなんですね」


「こいつのようなのを、っていうんです」

とファビオがからかう。


「そういうお前はが働く飛ばし屋だろ?」

テオがやり返す。


「おい!は余計だ!」


2人のそんなやり取りを見て、ガスパルとブリジットは大笑いしながら

手を振って<エベレスト>へと向かった。


 ***


<エベレスト>が順調に航行を始めたのを見届けて、

ファビオが言う。

「さて、また頑張って、資源探査だぞ」


「そうだな。『ミラノ』をやっつけるための軍資金を稼がないとな」

操縦室の中で、テオは地球圏の方向に拳を突き出して、

そこにいるであろう『ミラノ』を打ちのめす仕草をした。







次のエピソード>「第39話 大統領の苦悩」へ続く

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